主導権
「今日はこれくらいにしておきましょうか?」
このアンラビフォン迷宮の歴史は古い。発見されてから数百年は経過しているので、すでに全階層、マッピングは済んでいて、冒険者たちに一般販売されている。
セシリアもその地図を持っている。地図を見ながら、道なき道を辿ってまっすぐに二階層へ降りる階段を目指すことになっていた。
今回の探索は最大三日を予定している。
二階層へ降りる階段まで探索したら、あとは来た道とは別の道から帰る予定だ。
現時点では平和な探索が続いている。
太陽が天頂から動かないから明るいままだが、気にせずセシリアは、収納袋から野営のアイテムを取り出し始めた。
セシリアが持つ収納袋は、腰に巻くポーチタイプ。ポーチ自体は小さいのだけれど、中から、にょきっと大きなテントが出てくる様子は見ていて面白い。
勇者の所持品だから当たり前なのだろうけれど、かなり高性能の収納袋のようだ。
「手伝いますが?」
「ふふふ。大丈夫よ。テントとトイレを出すだけだから。座って待っててちょうだい」
そして、セシリアは収納袋から小さな椅子を取り出すと俺に渡してくれた。
「分かりました。何かあれば声をかけてください」
俺は冒険者でもない、ただの庭師だから、あまりなんでも手を出さない方が良い。
素直に椅子に座っておくことにする。
(きっと、俺って子ども扱いなんだろうな……)
本当ならこんな雑用を貴族であるセシリアにさせるなんて、この世界ではとんでもない話だ。ちょっとうるさい国なら、不敬罪で投獄されていてもおかしくはない。
だが、セシリアは何も気にしてない。
トイレも、魔道具で排泄物はその場で処理されて消えるのだが、俺にも使わせてくれている。俺が知る貴族は、雑用が使うためのトイレを準備してくれる者はいたが、貴族が使う携帯用のトイレを雑用の同行者に気軽に使わせてくれる者はいなかった。
一度セシリアに、「キジ打ちに……」と言ったら、「え? キジ? どこどこ」とキョロキョロされた。
女性がいうところの「お花摘み」であることを話すと、きょとんして、「ああだったら、これを使って」とテント型のトイレを収納袋から取り出して、ごく当たり前のように渡してくれた
俺が、「セシリア様のものを私が使うわけには……」と言って手を振ると、「平気よ。魔道具で完全に処理しているから、匂いも残らないわよ」とあっさり使うようにと言ってくれて少し嬉しかった。
貴族制度が当たり前のこの大陸において、平民である俺をまったく厭わないその姿勢は、セシリアの人柄を示すように思えたからね。
この世界では、大陸ごとに集まる種族が違うけれど、この人族が中心のボクゥゲンス大陸で俺が過ごした時間は200年ほど。
6回ほど【かいしゅん】のスキルを使って若返りをしたが、その中で2回は、排他的な貴族の影響を避けるために老齢に達していなかったにも関わらず、やり直したぐらいだ。
とにかく、俺にとってセシリアと過ごす時間は、一緒に過ごすことが全く苦にならない、いや、楽しいと感じられるぐらい大切なものであることは確かだった。
■□■□
食事も、セシリアが収納袋に用意してくれていたものを食べさせてもらっている。感謝。
丸いパンに野菜と焼いた肉を挟んだバーガーのようなスタイルの食べ物はとても美味しかった。
挟まれた肉は熱かったから、収納袋は時間停止もついている。やっぱり高級品だ。
「セシリア様は、野営に慣れていらっしゃいますね」
「私? そうね。ほら、私の職業は勇者でしょう? 騎士団でも相手が難しい敵とかと戦うこともあるから、どうしても一人で行動することが多いのよ」
「パーティは組まないんですか?」
「そうね……」
少しだけ、寂しそうに笑うセシリア。
「何度かパーティも組んだけれど、仲間となってくる人は、たいてい思惑を持っているのがわかっちゃうから……」
「……いろいろ、辛いこともあったんですね」
「辛い、ってわけじゃないけれど、本音で私を心配してくれるのは爺ぐらいよ。他の人が心配してくれるのは『勇者』なのよね」
ああ、なるほど。
セシリアの側に来る人は、セシリアと言う個人を尊重してくれるのではなく、勇者という肩書を尊重しているということか。
「ルイ、はどう?」
「僕、ですか?」
「そう。不思議なんだけれど、あなたは私を、勇者じゃなく、セシリアとして見ているように思うの」
「……もしもそう感じるなら、勇者の方と会うのが初めてなので、どう接して良いのか分かっていないからだと思います」
「そうかしら?」
そして、セシリアは俺の顔を覗き込むようにじっと見つめてきた。
(…………)
止めて欲しい。俺の心は鋼で出来ているわけじゃない。もしかすると師匠かも、と思っている人にそんな目で見つめられたら平常心を保てない。
俺は、話題を変えることにした。
「そ、そういえば、セシリア様がお持ちの収納袋は、かなり高級品なんですね?」
「これ?」
セシリアが、腰のポーチをポンポンと叩いた。
「はい」
「これは、『勇者』として活動を求められたときに、国から支給されたものなの。時間停止もついているから、高級品かもしれないわね」
しれないわね、じゃなくて高級品だと思う。
たぶん、買おうとすると、王都の広い一軒家が簡単に手に入るぐらいの金額がするんじゃないかな?
俺の【しゅうのう】のスキルは、もちろんセシリアには見せていない。
ひらがなスキルじゃない、普通の【収納】のスキルも持っているけれど、★5だからこれも見せれない。
まあ、もしものときは、俺には【つうはん】のひらがなスキルもあるから、今、突然スタンピードが始まって、どこかに長期間避難しなけりゃいけなくなっても、何の問題もないんだけれどね。
ただ、今日一日、迷宮の中でセシリアとただ歩いていただけの時間だけれど、俺にとっては久しく覚えていなかった淡い感情が揺れ動かされたのが分かった。
■□■□
夕食後、片づけを済ますと、セシリアが俺の側に来て、足元に細い筒状の何かの魔道具を置いた。
「じっとしていてね」
そして、セシリアが魔道具のスイッチを押して起動すると――
魔道具を中心に立っている俺とセシリアを包みこむような風が舞う。
「これは?」
「体をきれいにする魔道具よ。迷宮内でお風呂は厳禁だから」
なるほど。俺はスキルで【洗浄】を持っているけれど、セシリアは体を洗うスキルを持っていなかったので、魔道具で対応しているようだ。
ちなみに、過去、仲間たちと迷宮内に潜ったことはあるけれど、「お風呂厳禁」というルールはなかった。「所変われば品変わる」というやつか。
「お風呂は厳禁?」
「そう。裸になっていたら、突然の襲撃に対応できないでしょう? それとも……ルイは、一緒に入りたかったのかしら?」
少しイタズラそうな目をするセシリア。
ふっ……俺の精神年齢は、この世界に来てからすでに1,000歳を越えている。
【かいしゅん】を使うたびにリセットされているから枯れてはいないけれど、性欲はまあ落ち着いたものだ。
そんな攻撃に堕ちる、やわな精神力ではない!
だが……顔が赤らむのが分かった。
(くっ!)
少し負けた気分だけれど、余計なことは言わない。
「そ、そうですね。魔物の襲撃は考えておいた方がよいですね!」
確かに、裸で魔物の襲撃を受けたら、一歩遅れることになるな。お風呂が厳禁という意味は分かる
「ふふふ」
俺が、目をぐるぐるさせていたのが分かったのか、セシリアは笑った。
「じゃあ――そろそろ、寝ましょうか」
「は、はい」
どうやら主導権は握られてしまっているようだ。




