【閑話】宰相の問い
side リッカル宰相(王城の宰相の執務室)
コンコン
「報告いたします」
「入れ」
大きな机の上に、何冊もの書物を広げて何かを調べていたリッカル宰相がノックの音に応えると、宰相の部下である男性が入室してきた。
「何があった?」
リッカル宰相は、ページをめくっていた書物から手を放し、椅子に深く座り直す。
「エストルアが、セシリア様への襲撃を試みました」
「なに? どこでだ?」
「スタシーから、アンラビフォン迷宮に向かう街道の途中です」
「勇者小隊が対応したのか?」
「いえ、セシリア様は、アルバート公とマヌエル樹木屋の庭師と共に、単独で迷宮の調査に向かわれる途中でした。勇者小隊は、避難計画立案のため、別行動をしておりました」
「何かトラブルは?」
どうやら、リッカル宰相にとって、襲撃そのものはトラブルに当たらないようだ。
それが、勇者への信頼なのか、襲撃程度は困難に当たらないと考えているのか、どちらかは分からないが……
「58名のエストルア兵士たちは、全員、セシリア様とアルバート公が捕縛いたしました。お二人に怪我はありません」
「そうか……報告はそれだけか?」
リッカル宰相は、58名もの敵との会敵も勇者の障害にはならないことを、ごく当たり前のこととして受け止めている。
「はっ。それと、エストルア兵士は襲撃の際に、睡眠誘導の魔道具を複数、所持していたそうです」
「睡眠誘導? なぜ、そんな装置を勇者に使おうとしたんだ?」
「おそらく、迷宮前広場における、先日のバトルシープとの戦闘の様子を入手したのではないでしょうか?」
「バトルシープとの戦闘ということ【フォーススリープ】のスキルか……だが、勇者はそのスキルをレジストしたはずだが?」
「はい。どうやらエストルア軍は、セシリア様が影響を受けかけたという情報をどこからか入手したものと思われます。もっとも、その装置によってセシリア様が、睡眠の状態異常を生じさせたということはありませんでした」
「待て? 影響を受けかけていたという情報? 聞いていないぞ、それは」
リッカル宰相が、片方の目をグイっと上げる。
「まさか、勇者は【フォーススリープ】のスキルの影響を受けたのか? バトルシープの討伐は、勇者が行ったんじゃないのか?」
「はい、その通りです。バトルシープはセシリア様が討伐されました。ですが、【フォーススリープ】のスキルを完全に防ぎきることができなかったようです。現地で立ち会った勇者小隊の隊員たちは、全員が強制睡眠の異常状態を受けましたので、これは、現地に同行していた庭師の聞き取りから明らかになりました。その庭師は、仕事柄、毒草などからの影響を防ぐために薬草を常用していたため【フォーススリープ】の強制睡眠にかからずに済んだようです」
「……その、庭師から聞き取りを行った者をあとで呼んでくれ。いくつか確認しておきたい」
「承知しました」
「それと――その、今日勇者に同行していたという庭師は、そのバトルシープのときに勇者と共に立ち会った庭師なのか?」
「はい。魔草などの知識に優れていることを確認したセシリア様が、庭師が所属しているマヌエル樹木屋にしばらくの間、助力を求めたようです」
「そうか……」
リッカル宰相は、再び椅子に深く座り直した。何かを考え始める。
「…………まあ良い。エストルアは他に動きを示しているか?」
「現状、エストルアとの国境付近における越境行為などの侵略行為は確認されておりません。引き続き監視を務めてまいります」
「何か異常が確認されたら、すぐに報告をしろ。それと、スタンピードに合わせて本格的な侵攻を行うかもしれん。この後、騎士団総長に来るように伝えてくれ。第二騎士団の派兵準備の打ち合わせがしたい」
「承知いたしました」
「聖女にも、明日の面会を申し込んでおいてくれ。スタンピードとそれ以外の状況に変化が起きていないかを確認したい」
「時間帯はいつにいたしましょうか?」
「午前中だ」
「承知いたしました」
「あとは……」
リッカル宰相は目を閉じて、他に忘れていることがないかを考えていた。
「…………勇者は、スタシーに戻ったのか?」
「いえ。セシリア様は、スタシーの衛兵に襲撃者を引き渡した後、そのまま迷宮に向かいました。これまで前例がない、スタンピード前の魔獣の氾濫が、スタンピードそのものに影響を与えていないかを調べるそうです」
「もしかすると、スタシーやアンラビフォン迷宮の付近で、他に何か異常な兆候が現れているという報告があるのか?」
「いえ、特にありません。バトルシープ討伐後は、迷宮内の魔素量の増加も見れらていませんし、魔物の出現頻度も特に増加しておりません。ただ、念のため、見落としがないかを調べておくそうです」
「そうか。まあ確かに、今回はアルファクラスのスタンピードが予想されているからな。もしもイレギュラーが発生するなら、少しでも早く知る必要はあるだろう」
「避難計画については、予定通り進める形でよろしいでしょうか?」
「ああ構わない。いや、待て……もしも、勇者の足止めが短時間で終わった場合のことも考えておく必要があるな」
「この王都の避難計画も立案させる、ということでしょうか?」
「いや、それは間に合わないだろう。それに恐らくその上意を出すことはできない。だが、王都のスタンピードはやはり考えておかねばならぬか」
リッカル宰相は、ブツブツと呟いている。
「…………いずれにしろ、王都のスタンピード対策は勇者小隊の仕事ではない。このあと来る騎士団総長と詰めておこう。よし、勇者小隊は、このまま引き続き、避難計画を進めるように指示をしておいてくれ」
「承知いたしました」
「頼んだぞ」
一礼した男性が部屋を出ていくと、リッカル宰相は立ち上がり、背後の窓から外を眺めた。窓は室内の灯りを反射して、鏡のように宰相の姿を映し出している。
「どうやら王は、今回のスタンピードを黙して過ごそうとされておられる節がある。だがスタンピードで勇者が失われれば、それを機としようとする国は多い。さて、どうするのがもっとも正しい答えか……」
だが、リッカル宰相は自分に問いかけた質問の答えを見つけられなかったようだ。
「――まあ仕方がない。とにかく、今は手遅れを防ぐことに尽くすしかないか……」
リッカル宰相は、窓に映る自身に問いかけた答えを、いつまでも探すかのように考えていた。




