見知らぬ誰かの声
俺は、【まっぷ】を見ていた。
次々と表示された白点が点滅し始める。点滅に変化したのは対象が気絶したからだろう。表示された点が死亡した場合には灰色に変わるように設定しているから、セシリアは殲滅ではなく無力化に舵を切ったみたいだ。
ちなみに、セシリアは緑点で表示中。緑の色に、特に意味はない。
それにしても――
さっきから、執事が小窓から横目で俺を見ている。
(甘いな)
馬車から飛び出す前にセシリアが目配せしたのは、俺が何かを始めないかを確認させるためだったようだ。そんなことは、お見通しだ。俺はたまに思い違いをすることもあるけれど、執事の探るような視線を見れば間違っていないはずだ。
ただ、あまり虚空を見上げていたら変な風に見えるかもしれない。
俺は窓から外をチラチラと見ることにした。
これなら、外の様子を気になっている風に見えるはずだ。たぶん。
【まっぷ】に表示された道の右側部分の20の白点が全て点滅に変わったとき、セシリアを示す緑点がゆっくりと点滅をし始めた。
(え?)
早い点滅になれば、それは意識を失ったか、動けなくなったかを示す。このゆっくりとした点滅は、その状況に陥る前段階だ。
(状態異常?)
たぶん、そうだ。
敵は、バトルシープとの戦闘で、セシリアが【フォーススリープ】のスキルの影響を受けたことを知ったのだろう。
セシリアの敵は、同じ状態異常なら効果があると考えたのではないだろうか。
確か、セシリアは★三つの【耐性】のスキルがあったはず。セシリアの精神力を考えれば、そこそこ強力なはずだが、敵はそれを上回る何かで状態異常に陥らせたようだ。
たぶん、スキルじゃなくて、アイテムだな。きっと。
その時――
「姫様!!!!!」
叫び声を上げた執事が、御者席から飛び出した。
セシリアの異常に気がつき、救出に向かうようだ。
もちろん、俺がセシリアの異常状態を放置しておくはずがない。いや許すはずがない!
「【なおす】」
【まっぷ】に示されたセシリアの緑点に、【なおす】のひらがなスキルをかける。病気や怪我、異常状態などを治して正常な体に戻すためのスキルだ。
同時に念のため【まもる】のひらがなスキルもかけておく。
これでしばらくの間、状態異常のスキルや魔道具の影響を受けることはない。
【まっぷ】で確認していると、右側に示されていたセシリアの緑点は点灯した状態に変わり、そして道の左側の森に瞬時に移動したのが分かった。
状態異常が治ったの同時に、行動に出たセシリアの精神力はたいしたものだと思う。
セシリアは【縮地】のスキルを使ったようだ。
セシリアに並んだもう一つの緑点は、アルバートだな。
どうやら我慢ができなくなったみたい。
左側の白点が、次々と点滅をし始め、そしてすぐに戦闘が終了した。
20秒? 30秒?
身もふたもないようだけれど、二人にとってこの戦闘集団は敵ではなかった、ということだ。
俺は、セシリアの身におよびそうなった危険を防げたことを少しホッとしながら、【まっぷ】のスキルを使って、他に敵が現れないかを確認し始めることにした。
▼▽▼▽
side セシリア
セシリアは、唐突に体が軽くなったのが分かった。
朦朧としていた意識も瞬時に覚醒した。
――治った!?
何が起きたのか、分からない。だが、状態異常にかかりそうになっていたのが、防げたようだ。
馬車からこちらに向かって物凄いスピードで誰が向かってくるのが分かる。
爺だ。
おそらく、セシリアに異変が生じたことを察知したのだろう。
――こうしちゃいられないわね!
セシリアは、爺が来る前に事態を終わらせようと、道の反対方向に向けて【縮地】のスキルを発動させた。
ドゴ、ボゴ、ドゴ……
再び、剣を揮い始めるセシリア。そして、追いついた爺も手にした鞭で敵を嬲り始めた。
「ギャッ」
「グェッ」
「グボッ」
血が舞い、そしてちょっと可哀そうな声が聞こえるが、殺されていないだけ喜んで欲しい。
その時――
「なぜ効かない!!」
少し離れたところにいる兵士が叫んだ。その手には、円筒状の魔道具のようなものが握られてセシリアに向けられている。
――なるほど。あれを使って、状態異常にかけようとしたのね
どうやら、再びその魔道具を起動させたが、セシリアに効果がなかったことを驚いている。
「神の思し召しかもしれないわね!」
心にも思っていないセリフを吐きながら、セシリアは剣を揮っていた――――
■□■□
敵を全て倒し終えて、馬車に戻ると、ルイが出迎えてくれた。
「セシリア様! 大丈夫でしたか!」
「ええ大丈夫よ。応援してくれていたのかしら?」
「はい! 敵をセシリア様が倒せるように祈っていました!」
「ありがとう、ルイ。たぶん、ルイの祈りが天に届いたのね。ちょっと一瞬だけピンチがあったけれど、無事に全員を倒せたわ」
「こ……殺したのですか?」
「いいえ。気絶させただけよ。ちょっと強めに殴ったから、数日は目を覚まさなそうだけれど。全員縛って、今は爺が見張っているわ。連絡したからまもなく捕縛要員が来るから、それまで待っていましょう」
「はい」
素直にセシリアの言葉にルイが頷いていた。
「さっき、ピンチがあったとお話しされていましたが……何があったのですか?」
「たぶん、睡眠系の状態異常にかけることができるアイテムを敵が使ったの。バトルシープのことがあったから、状態異常を防げるアイテムは依頼してたのだけれど、到着まで時間がかかるからまだ手にしていなかったの。それで――」
「眠らされそうになったんですね?」
「ええ。でも、なぜか突然、状態異常が解除されたのよ」
そしてセシリアは、訳アリっぽい視線をルイに向ける。
「ルイは何か知っているかしら?」
「え、僕ですか?」
その慌てた表情に、思い過ごしだったかしらとセシリアは思ったのだが……
『はい、先生!』
突然、セシリアの脳裏に見知らぬ誰かの声が聞こえた。
――え? 何?
子どもの声だ。
利発そうな明るいその声は――セシリアには聞き覚えのないその声は、目の前にいるルイの声にどこか似ているように思えた。




