セシリアの油断
side セシリア
馬車のドアを開けたセシリアは、数百メートル先の道を囲むように繁っている森へと向けて魔力を流した。
すでに、探知の魔道具を使って敵の位置は把握できている。
道を挟んで右側に20名、左側に38名。
潜んでいる数に、右と左とでは倍以上の差があることは少し気になるが、それだけ。
セシリアには【鑑定】のようなスキルはない。だが、剣聖までいたった剣技により、相手の強さを感じ取ることができる。
そういえば……
ルイを、真剣に感知しようとしたことはないが、対峙したイメージからは脅威を感じることはない。ごく普通の少年だ。
だがセシリアは、ルイのことを考えると、自分の心がざわつくことに気がついていた。
その理由が分からない。
爺は、それを「ようやく訪れた春ですな」と茶化すが、ときめきのような感覚でないことは確かだ。
まあいい。
それよりも、道の両側に広がる林に向けて、魔力で何かを感じ取れないかを探るが、やはり脅威は感じない。
勇者小隊の面々よりも、明らかに脅威度が低い。
セシリアは、剣を抜いた。
もう長年の連れ合いのように手に馴染んだその剣は聖剣だ。ルイが、セシリアの手にした剣をじっと見ている。
その視線は、庭師なのに、まるで熟練の剣士の目であるように見えた。
――まあ、いいわ
今、考えなければならないのはどうやって敵に向かうか、ということ。
まずは、人数が少ない方を殲滅させよう。
簡単なのは首を刎ねることだが、これをきっかけに国同士の紛争に至るリスクも考えておく必要がある。爺からも、よほどのことがない限り、敵は無力化して欲しいと言われている。
とりあえず、剣の腹で打ち付けて、全員気絶させてしまおう。
作戦が決まったセシリアは、ルイに軽く手を上げてから【縮地】のスキルを発動させた。
▼▽▼▽
side アルバート
馬車を停止させてアルバートは、小窓から横目でルイを見ていた。
視線が向けられていることをルイは気がついているが、それで構わない。
目的は、ルイが何をするのかを見極めること。同時に、アルバートが何かを見極めようとしていることをルイに伝えること。
もっともルイは、そんなアルバートの視線に目を向けることなく、窓から外を見ている。
不安そうにキョロキョロしているが、それがワザとらしく見えることに気がついていないのが、年齢相応に見えて、アルバートには微笑ましく感じる。
やはり、この少年は何かを隠している。それが何なのかが分からない。少なくとも、その何かは、セシリアに敵意となって向けられているものでないことだけは確かなようだが……
――まあ、いい
今のところ、ルイに動きは見られない。【鑑定】の結果から、ルイには、この場所から何かが実行できるスキルがないことも分かっている。
ルイが、ただ外を見ているだけであることを確認したアルバートは、今度はセシリアが向かった先に目を向けた。
セシリアが向かったエストルアの敵勢は、どう考えてもセシリアの敵でないことは承知している。
というか、スタンピードが間近に迫った今、その対応に訪れた勇者を狙うエストルアの真意がいまいち掴み切れないぐらいだ。
まあ、昔から不仲だった国であることを考えると、これも仕方がないのかもしれないが。
敵勢をただ殲滅するだけならアルバートが向かうのだが、今はスタンピード前でもある。
エストルアに、「誰に手を出したのか」を知ってもらった方がその後の対応も柔軟さが出てくることは確かだったから、今回はセシリアに任せることにした。
殺めてしまえば誰にどうやって殺されたのかは目撃者がいなければ分からない。だが、無力化させられたなら、本人が誰にヤラれたのかを周囲に喧伝してくれるだろう。
もっとも、セシリアの育ての親として接してきたアルバートにとって、「我が娘」に人を殺めて欲しくなかったことも確かだったし、そのことは目配せで彼女に伝わっているはずだ。
その時――
ゾワッ!
アルバートの背筋に、嫌な何かが走った。
右側の20名ほどの敵はすでに無力化されたのか、気配が消えているが、左側の敵からは逆に気配が強まっている。
何より……
セシリアの気配に異常があることを確認したアルバートは「姫様!!!!!」と叫んで、【縮地】のスキルを使って飛び出していた。
▼▽▼▽
side セシリア
道を挟んで右側の森に突っ込んだセシリアは、敵意を目安にして察知しながら剣を揮った。
ドゴ、ボゴ、ドゴ……
次々と剣のフラットを使って敵を打ち据える。
一人一秒未満。まるで踊るように剣を操るセシリアの剣技は洗練されており、20人の敵を全て打倒すのに30秒もかからない。
おそらく兵士なのだろう、鎧を着た兵士は、「うっ」「ぐっ」とくぐもった声を上げながら倒れていく。叫び声を上げないところを見ると、優秀なのかもしれない。
まあ、優秀だとしても、セシリアにとって大した敵ではない。
――残りは反対側ね
左側は人数が倍近くいるが、この程度の敵ならば3倍でも、いや10倍でも問題ない。
そして、セシリアが再び【縮地】で、道の向こうに向かおうとしたとき――
――え!?
突然、ガクンと膝が落ちる。同時に、目の前が白くなり始めた。
――これは!
つい最近、この状況は経験した。そう――【フォーススリープ】、強制睡眠のスキルを受けた時と似ている!
――まさか!
すぐにセシリアには自分が置かれた状況を把握した。
どうやら、エストルアは状態異常のスキルか魔道具を使ったようだ。先日のバトルシープでセシリアが状態異常に陥ったという情報を掴んでいたのかもしれない。
意識が完全に落ちたわけではないが、それでも朦朧とし始めたのが分かる。
セシリアは、自分の失態が分かった。
これは、敵がセシリアに状態異常を仕掛けてきたことを意味している。左側に倍の人数がいたのは、仕掛けてきたのが単独ではなく複数人だったということだ。おそらく仕掛けたのはスキルではなく魔道具だ。大勢で狙えば、複数の魔道具でキャッチできる可能性が高まるから、効果もより高まる。それを狙ったのだろう。
つい先日、セシリアは状態異常にかけられてしまった。例え、その相手がSSランクの魔獣であったとしても、それは「仕方がない」という理由に繋がることはない。
状態異常に罹ったなら、それに対抗する処置を取らなければ、いや準備しなければならなかった。
それを怠っていたのは、セシリアの油断だ。
もちろん、状態異常を防げるアイテムは、優秀なものほど簡単に手に入らないことは分かっている。実際、アイテムの入手はすでに依頼していた。
それでも、依頼して済んだわけではない。手に入れて、初めて準備が整ったことになる。そして、その準備は何よりも優先すべきことだった。
特にセシリアは、これからスタンピードに向かう立ち位置にいたのだから。
道の向こう側の気配が、突然濃厚になったのを感じる。
セシリアに状態異常がかかったことを察知したのだろう。
――くる!?
今すぐにでも倒れそうな状況の中、必死に剣を構えるセシリアの耳に、アルバートの「姫様!!!!!」という叫びが聞こえたように思えた時――――




