【まっぷ】に示された白点
「まあいいわ。どうせ、アルファクラスのスタンピードは、勇者一人で鎮めることができるランクじゃないしね。でも、どうしてだか、私は今回のスタンピードに向かうことで、何かに出会えるような気がしていたの」
何に出会えると思ったのだろう?
まさか……俺?
いや、それは都合が良すぎる展開だ。
もしもセシリアが師匠の転生体だったなら、運命の導きのようなものを俺も考えたかもしれないが、まだそれが決まったわけじゃない。
セシリアのスキル欄にあった【■■■■】の伏字。
もしも、セシリアが師匠の転生体なら、あの伏字は師匠のギブスキル、【おんがく】のはずだ。
でも…………
迎賓館の庭で見上げた窓に立っていたセシリアを見た時、俺は確かに雷に打たれたように、何かが降りたことが分かった。
あれから何度も考えたが、セシリアは師匠に似ていないし、その纏う気配も師匠とは違う。
だが、何かが師匠を思い起こさせる。
言ってしまえば、それは「魂」とでもいうべきものか。いや違うか。セシリアに師匠の魂を感じたのではなく、師匠の魂に呼ばれたと言った方が良いのかもしれない。
分からない。分からない。分からない…………
どうやら俺は自分の思考にはまり込んでいたようだ。
「どうしてかしら? まだ会って間もないルイにこんな話をするなんて……」
ふとセシリアが呟いた。
しかし、セシリアの視線は「分かっているでしょ? ルイ」と言っている。「あなたなら迷路に迷い込んだ私を、しっかり出口へと導いてくれるはずよ?」と言っている。
もちろん、それは俺の妄想だが……
分からない。分からない。分からない…………
俺の意識が、弄ばれるように堂々巡りをし始めた時――――
コンコン
馬車の仕切り窓が叩かれた。
「どうしたの、爺?」
仕切り窓を少しだけ開けて、セシリアが問いかけると……
「前方に、敵がおります」
執事の声が聞こえると、馬車が止まった。
(敵?)
しまった。俺は、パッシブで【まっぷ】のスキルを発動させて、敵がいれば通知するようにしている。だが俺にとって脅威になり得ない敵は、通知の対象外にしていた。
【まっぷ】を見ると空白だった。何も指定されていない。
慌てて【まっぷ】の指定を変更する。対象は強い敵意を持った人で指定。すると、500メートルほど先にある林の中に、数十の白点が示された。
俺の【まっぷ】で示される白点は、俺にとって脅威ではないことを示している。ただ、とりあえず強い敵意を持つ者としか指定しなかったから、誰の敵なのかは分からない。
問題は、その敵が俺の敵なのか、セシリアの敵なのか、あるいは執事の敵なのかだが……
しかしこの国にきてから、ここ数日を除いて俺は、目立つ行動を避けてきた。俺に敵意を向ける者が、それも集団で現れることは考えづらい。
どちからと言えば、この白点はセシリアの――勇者の敵を意味しているはずだ。
「爺。どの国かしら?」
どうやらセシリアには目星がついているようだ。
「今、スタンピードによりシュドリー王国が衰退することを望んでいるのは、ペイドレストか、エストルアでしょうな」
「ペイドレストは、今回のスタンピードに何かの間違いが発生すればその矛先が自分たちに向きかねないことを知っているでしょう?」
「そうですな」
「だとすれば、エストルアでしょう」
「私もそう考えます。どうされますか、姫様」
「エストルアの目的は、私を迷宮に近づけさせないことかしら?」
「それは違いますな。できれば亡き者に、失敗しても活動を大きく阻害させようと考えているのでしょう」
「舐められたものね」
その「舐められた」という意味合いが、セシリアが舐められたのではなく、勇者という立場が舐められたことを示しているのを俺は分かっていた。
「どうしましょうか?」
「私がヤルわ」
おお……セシリアの「ヤルわ」には、殺意が込められていたような気がする。ちょっと怖い。
「承知いたしました」
「ルイ、話を聞いて分かったと思うけれど、私の敵が待ち構えっているようなの」
「セシリア様ではなく、勇者様の敵ですよね?」
「ああ、そうね。私ではなく勇者の敵の方が正しいわね。これから戦闘になるから少しガタガタするけれど、心配しなくても良いわ」
「平気、なのですか?」
「ええ、もちろん」
そしてセシリアは、腰のポーチから何かの魔道具を取り出した。懐中時計のような魔道具だ。
「数は……58ね。私一人で十分」
どうやらこの魔道具は、【まっぷ】のように近くに存在する敵を示すようだ。この世界は魔法が使えるから、「敵意」のような目に見えないあやふやな意識も感知することができる。
魔道具を手にしたままセシリアは立ち上がり、馬車のドアを開けて乗降口に手をかけた。
一応、【まっぷ】に表示された白点――敵のレベルを確認すると……ほぼ100前後だ。最高でも200には達していないし、ステータスも最高の攻撃力を持つ者で3,000に足りていない。スキルも、戦闘系と魔法系のスキルの★2~★3が並んでいるからたいしたことはない。
セシリアがさっき口にした「エストルア」と「ペイドレスト」は、どちらもシュドリー王国の東に位置する小国だ。いずれも、かなり昔にシュドリー王国の姫が降嫁しており、いわば親戚であるのだが、国力の差も大きく仲は良くなかった。
小さな紛争は、年中、行われている。とはいえ、国力は圧倒的にシュドリー王国が上なのだが。
どうやら、今回のスタンピードを嗅ぎ付け、その対応に向かったセシリアを害することで、スタンピードの大氾濫の被害をワンランク上にあげたいようだ。
(これは、セシリアの圧勝だな)
さっき、セシリアは敵の数を58人と言っていたが、確認したステータスを考えれば、完全に瞬殺できる力差がある。
こういう場合、セシリアが敵を無力化させるだけなのか、抹殺するのかは分からない。だが、そのどちらの方法を選択したとしても、かかる時間は長くてせいぜい数分だ。
それでも…………
一応、おどおどしておいた方が良いだろうと思った俺は、怯えた表情を作った。
「せ、セシリア様、お一人で向かわれるのですか?」
「ええ。爺はこの馬車の警護をしておいてもらうから安心してよいわよ。もっとも――ルイに、警護が必要かは分からないけれど?」
これから戦いに向かうとは思えない、明るい笑顔を向けるセシリア。
その表情に、俺は思わず反応できずにいた。
「…………」
「すぐに終わらせてくるから」
そして、仕切り窓からこちらをチラリと見ている執事に目配せしたセシリアは、馬車の乗降口を開けると何かを探り始めた。おそらく敵の気配を探っているのだろう。
そして、スラリと剣を抜くと――たぶん、聖剣かな?――俺に小さく手を上げて、次の瞬間、その姿が消えた。
セシリアの【縮地】のスキルだ。
そして――――
すぐ【まっぷ】の白点に、セシリアが接触したのが分かった。




