違和感
side セシリア
「姫様、あのルイという少年に、何かお感じになることがありましたか?」
会食を終え、迎賓館に与えられた部屋でセシリアが椅子に座って窓の外を眺めていると、爺――アルバートがテーブルに飲み物を置き、話しかけてきた。
「……そうね」
セシリアは、視線を外すことなく外を見ている。
夜も更けてきたこの時間だが、セシリアは気にすることなく窓を開けていた。
迎賓館はスタシーの街を一望できる高台に建てられていることもあり、美しい夜景が広がっている。
「――爺は、どう感じたかしら?」
「何を隠しているのかは分かりませぬが、ただの庭師でないことは確かなことかと思われますな」
「爺も、そう思ったのね……」
静かな夜だ。聞こえるのは、夜鳥の「ホーホー」という鳴き声ぐらいだ。
憂うようなセシリアの瞳には、街並みの灯りが映っていた。
「私も……話していて分かったわ。少しおどおどした感じがあったけれど、あれが彼の本当の姿ではない、と」
「そうですな。死の気配を纏った巨大な魔物が何頭も現れて、しかもそれが目の前で突然はじけたら、普通なら気絶しているところでしょう」
「そうね」
「しかし、少年は気絶するどころか、先ほどの会食の際には、倒れそうになった姫様を支えたと答えておりました」
セシリアは、視線を窓の外からアルバートへと向けた。
「ええ。そうね。爺は、認めているようね、ルイのことを」
そう、先ほどからアルバートがルイのことを話す様子は、どこか嬉しそうな感じを見せている。セシリアが目覚めた時も同じような雰囲気を醸し出していた。
「そうですか? いや……そうかもしれませぬな。認めているのかもしれません。姫様は、お気づきになられましたかな?」
「何を、かしら?」
「姫様が、誰がバトルシープを倒したのだろうと口にしたとき、少年が、姫様が勇者が持つ特別な力で倒したのではないか、と言ったときの表情です」
「表情? どうだったかしら? ……よく覚えていないわね」
「もしも、もしも本当に姫様がバトルシープを倒したと考えているなら、その目には多少なりとも賞賛の色が浮かんでいてもおかしくはありませぬ。ですが、あの時少年は、姫様を観察しておるように見えました」
「私を観察?」
「そうです。少年は自分が言った言葉に、姫様がどのような反応を見せられるのかを確認していたように見えましたな。自分でも覚えのない力を揮ったことを、どう答えるのかと」
「そう?」
「いえ、確信があるわけではありませぬ。ただ、あの時の少年の目には賞賛よりも、観察の色が浮かんでおったように思えたのです」
「だから、爺はあの少年を認めたと?」
「そうかもしれませぬ…………ですが、それは姫様も同じではないでしょうか?」
そう話すアルバートの目が笑っているのを見たセシリアはフッと微笑んだ。
「私も認めている、ね……でも、ちょっと違うかも」
「違う、ですか?」
「ええ。どういったらいいのかしら? 私の中の何かがルイのことをしっかり掴まえておこうとしている、といった感じかしら」
「ほう。では、姫様は少年に好意をもたれた、ということですかな?」
一瞬、ポカンとなったセシリア。
そして、アルバオートの言葉が何を示しているのかが分かったセシリアは、顔を真っ赤にさせた。
「え?え?……そ、そうじゃなくて――――」
「いえいえいえ、よいのですぞ、姫様。爺は、姫様のそのような表情を見れる日が来たことを本当に喜ばしく思っております」
「…………」
「少年は、姫様がこれからも一緒に行動して欲しいという呼びかけに、戸惑うことなく頷いておりました。『勇者様のお手伝いをさせていただきます』と」
アルバートが表情を引き締めた。
「姫様。今回、発生するスタンピードはアルファクラスです」
「ええ、そうね」
「静かに7日間が過ぎていくのを見守るしかないスタンピードに付き合わせることが、何を意味するのか……姫様はご存じかと思います」
「……分かっているわ」
「ですが、姫様は少年に、これからも調査に付き合うように依頼された。それは――なぜですかな?」
「それは――」
何かを言いかけたセシリアだったが、口をつぐんだ。
確かに言われてみれば、死地に等しいアルファクラスのスタンピードに少年をつき合わせる必要などどこにもない。
もちろん、スタンピードが始まる前に少年はスタシーから避難させるつもりだった。
だが…………
今回、バトルシープが迷宮からアウトブレイクしたことで、今回のスタンピードが過去に経験のない特別なスタンピードであることが分かった。
今のところ、聖女の予知でスタンピードが発生するのは約3か月後であることが分かっている。
だが、聖女は、事前に魔獣が迷宮の外に溢れてくることを予知していなかった。
ということは、明日、明後日、突然、スタンピードが発生する恐れもあるということだ。
もちろん、アルファクラスのスタンピードであれば、セシリアを含めて真正面でそれを出迎えた者は誰も生き残ることができない。
――でも……
昨日、ルイと話をしている中で、そういった予測外の危険が発生することに目を向ける必要性を感じることはなかった。まるで、今回のスタンピードはアルファクラスではなく、セシリアがどうとでも対応が可能な最弱のイプシロンクラスであるかのように…………
だが、そのセシリアからの本当なら非常識ともいえる依頼をルイはあっさりと受諾してくれた。
さらに、セシリアもそれが当然の結論のように受け止めていた。
「姫様……先ほども言いましたが、彼はただの庭師ではありませぬぞ」
「そう……でも、【鑑定】の結果は、ごく普通の少年だったわ」
アルバートの進言もあったので、【鑑定】のスキルを持つ者をサービススタッフの中に配置、会食の最中にルイを鑑定してもらったが、変わったところはなかったと報告を受けている。
【鑑定】のスキルは、もちろん絶対ではない。それをくぐり抜けるスキルを持つ者もいるが、今回、【鑑定】スキルを使ったのは、勇者小隊の一人だ。
各ステータスは、凡人の域をはるかに超える4桁の数値を示しているし、使った【鑑定】のスキルも★3だ。
くぐり抜けるためには、数千の精神力と魔力にプラスして、★が4つ以上はついてくる【偽装】のようなスキルが必要になる。
もっとも、セシリアもルイが、本当にただの普通の少年とは思えていなかった。
だからこそ会食の最後に、今後の調査の協力を求めたのかもしれない。
――不思議ね……
特別な力を持っているわけではない、ただの庭師の少年。
見た目も、セシリアの周りにいる貴族たちのような華やかさはない。
可愛らしい顔立ちだが高貴さは感じられないはずなのに、セシリアは違和感を覚えていた。
――違和感……か
セシリアにはその違和感が何なのかが全く分からない。
ただ、今回のスタンピードに向かう際に感じた「運命の扉」のような何かに、あの少年が関わるように思えてならなかった――――




