会食
迷宮の最下層に籠って、いろいろと検証していた翌日。
俺は、迎賓館を訪れていた。
「――――いらっしゃい。よく来てくれたわ」
老齢だが姿勢が良い執事に付き添われて辿り着いた部屋を開けると、優しい声がかかった。
声の主に目を向けた俺は、一瞬、その姿に見惚れてしまった。
「お、お招きいただき、ありがとうございます。こんな格好で申し訳ありません」
汚れが少ない普段着で訪れた俺は、室内に入ると身を小さくした。
(なんだよ、ぜんぜん簡単な会食じゃないじゃないか。こんな場所で会食なら、もう少しいい服を着てきたのに……)
招待を受けたのは、昼前だった。
意識を失ったセシリアを支えてくれた礼に簡単な会食に招きたい、普段着で構わないから、と言われてきたのだが、まさか晩餐会が開催されるような広い場所で食事をするとは考えていなかった。
せいぜい小部屋だと思っていたのに……
天井からは立派な魔道具のシャンデリアが暖色系の温かな光で部屋を照らしている。数十メートル四方はある部屋の中央には、なぜか小さなテーブルが置かれ、座席は二つ。
壁際には10名以上のサービススタッフが控えており、黒い執事服と清潔そうなメイド服を着たスタッフを見ると、この会食が権威あることを示しているように思える。
この世界でもう千年以上、各大陸を、各国を渡り歩いてきた俺は、迎賓館のような国の施設で会食に出席したことは、もう覚えていないほどの経験がある。
だが、さすがに個人的な誘いを受けて、国の公的な施設で二人きりで会食をするのはそう滅多にはなかった。
もっとも、俺にとって「権威」とは単なる修飾語を意味していたので、それに畏怖を覚えることはなかったのだが……
問題があるとすれば、それは、目の前のセシリアの姿だ。大きく目を見張るものがあった。
長い金色の髪をまっすぐに降ろしたまま、細やかな刺繍が施された淡いサファイアブルーのシルクタフタドレスに身を包んだその姿は、呆けて見惚れておかしくはなかった。
一切の装飾品を身に着けていないが、それも彼女の美しさと高貴さを確かに周囲に明示していたのかもしれない。
(それにしても……)
「服装は気にしなくて大丈夫よ。今日は私たちだけだから。今日は急な誘いだったのに受けていただけて良かったわ。座ってちょうだい」
「あ、ありがとうございます?」
俺が不思議な顔をしたのが分かったのだろう、セシリアがクスッと笑った。可愛い。
「ふふふ。いつもは勇者の立場があるからぶっきらぼうな喋り方をしているの。こちらが本当の私よ。それとも――――」
セシリアが、目だけ笑いながら表情を変える。
「ルイは、こっちの話し方の方を好んでいるのか?」
「い、いいえ! 普通の話し方の方がいいです!」
どうやらセシリアは、俺の心をお見通しのようだ。
「ありがととう。じゃあ、そうさせてもらうわね」
もう一度、優し気な笑みを浮かべるセシリア。可愛い。
そこまで静かに見守っていた執事が、「どうぞ」と言って椅子を引いてくれた。
(ん?)
その時、俺は誰かが【鑑定】のスキルを発動させたことを感知した。
まあ、勇者との会食ということを考えれば、それも当然か。
それに、俺は【ぎそう】のひらがなスキルで、ステータスは偽装している。特に怪しまれることはないし、気にしなくても大丈夫。
(そんなことよりも……)
そう、これからの会食のことを考えなければならない。
「あ、ありがとうございます……」
俺は、決してフォーマルな場を苦手としているわけではないが、もしかすると師匠の転生した姿なのかもしれないと思っていたし、ドレスアップした正装の姿も、まっすぐに見つめられないぐらい美しかったので、どうしても押され気味だったのだろう、言葉が詰まり気味になる。
執事はそのまま、セシリアの後ろに控えた。
「――――ルイ、この前はありがとう。感謝しているわ」
「いえ」
「まずは、食事を楽しみましょう」
「はい」
セシリアの背後に立つ執事が右手を上げると、壁際に行儀よく立っていたサービススタッフが一斉に動き始めた。
■□■□
食後のティーを飲みながらセシリアが尋ねた。今、広い部屋にいるのは、俺とセシリア、そしてセシリア専属の執事のみ。サービススタッフは全員が席を外している。
「どう? お口にあったかしら?」
「はい、大変美味しかったです」
当たり障りのないセリフではあるが、実際、ここが迎賓館であることを考えてもその名に恥じない料理だった。
「ところで、ルイ」
「はい、なんでしょうか?」
少し改めた雰囲気を感じた俺は、姿勢を正した。
「あの時――バトルシープが倒れた時のことだけれど……」
「はい」
「残念なことに、私は朦朧としていたせいではっきり覚えていないの。ルイは、バトルシープがどうやって何に倒されたのか、見たのかしら?」
「すいません。あの巨大な魔獣が現れて、大声で鳴いたと思ったら爆散したのをチラリと見たのですが、あとは何が何だかよく覚えていません。気がついたら、セシリア様を支えていました」
「そうよね。覚えていなくても当たり前よね……確か、ルイは薬を飲んでいたから【フォーススリープ】のスキルを防げたのよね?」
「はい。僕は仕事のときは、庭師用の毒草対策の薬を使っていますので……」
「いったい、誰がバトルシープを倒したのかしら?」
「え? それは、セシリア様じゃなかったんですか?」
「アンラビ街の代官の人も、倒したのは私でしょ? っていうのよ。でも、私はそんな記憶がないのよね……」
ティーカップを手にしたまま、首を傾げて少し砕けた姿を見せるセシリア。可愛い。
バトルシープを倒したのは俺だが、そんなことを口にはできないし、するつもりもない。
セシリアも、俺が倒したとは夢にも思っていないだろう。単に、確認のために尋ねただけのようだ。
「きっと、勇者様が持つ特別な力が発動したのではないでしょうか?」
「同じことを代官の人からも言われたわ。『勇者の力では?』って。でも――――」
そして、少し考えるセシリア。たぶん、【限界突破】にそんな力があったのか、と考えているのだと思う。
ごめんなさい。【限界突破】は、全ステータスを一定時間、10倍に底上げするスキルなんです。倒したのは僕です……言えない。
まあ、もしもセシリアが【フォーススリープ】を受けずに、【限界突破】を発動できていれば、バトルシープを倒すことは難しくなかったと思う。
「まあ、いいわ。そんなことよりも――」
考え事を止めて真っすぐに俺を見つめるセシリア。
うん、可愛い。いや、美しい……か。
「――本格的な調査を始まる前に、こんなことになってしまったけれど……どうかしら、ルイ。この後も調査に協力してもらえるかしら? スタンピードの発生はほぼ確実になったから、避難計画も進める必要があるわ。それでも、SSクラスの魔獣が氾濫してきたのは普通じゃないし、しっかり調査しておきたいの」
俺はしっかりと頷いた。もちろん、それ俺の目的だし。
「はい。僕がお役に立てるのであれば喜んで」
「少し、いえかなり危険かもしれないわよ? 今回みたいに、いきなり強力な魔獣が現れるなんてこともあるかもしれないわ」
「構いません。勇者様のお手伝いをさせていただきます」
「ありがとう。もしも次に同じようなことがあっても、私が全力で守るわ」
「はい、ありがとうございます」
軽く俺が頭を下げると、セシリアが輝くような笑みを浮かべて「じゃあ、これからもよろしくね」と言ってくれた。
(うん、大丈夫。何があろうと、俺が必ず守るから……)
俺は、そっと心の中で呟いていた。




