検証
空を見上げると、先ほどと同じ、いつまでも変わらない薄赤色の夕焼け空が広がっている。
俺は、通常のスタンピードでは起きないスタンピード発生前の魔獣のアウトブレイクが起きたこと、そしてそのアウトブレイクは、この迷宮では出現しないはずのバトルシープだったことの二つについて、考えてみることにした。
少し高さがある砂丘の頂上に立ち、周囲を【まっぷ】で確認して、手にした剣をぐさりと砂に刺す。この剣は、無名の剣だが随分と長く付き合ってもらっている。剣を通して魔力を多めに地面に流したから、しばらくの間、魔物や魔獣は近づかないだろう。
(あり得ないスタンピード発生前のアウトブレイクが、発生した理由だけれど……)
俺はその原因を二つ思いついていた。
一つは「スタンピード前に、誰かがスタンピードを装って発生させた」という人為的なケース、もう一つは「これから発生するスタンピードが前例のない規模になる前兆だった」という自然発生的なケースの二つだ。
ただ、人為的に誰かが発生させたケースは、少し考えづらい。
なぜなら、バトルシープがあまりにも強力すぎる魔獣だから。
あの場所にいた、この国の最高戦力である勇者セシリアが対抗できていなかったことを考えれば、もしも俺がいなければ、迷宮街アンラビはもちろん、スタンピード前に迷宮都市スタシーも壊滅していた恐れがある。
一見すると、眠らせて戦う、という単純な作戦しか使わないバトルシープだが、その「眠らせて」が強力すぎる。
強制睡眠を防ぐことができる防具やアイテムは存在するが、それらは稀少だ。実際、今回も迷宮街アンラビの代官とその護衛の一部のみが、アイテムで【フォーススリープ】を防ぐことができたが、代官たち以外は全滅だった。
それこそ、2キロほど離れた山道の途中にある宿場町にもバトルシープの声は届いたらしく、強制睡眠に陥った者が多かったらしい。
強制睡眠のスキルを受けて眠ってしまえば、覚醒できるまでの時間は、精神力のステータスが関わってくる。スキルにかかった精神力が1,000にも満たない多くの人たちは、起きれるまでに数日の時間が必要だろう。
そしてバトルシープの攻撃力が8,000前後だったことを考えると、例え眠らされなくても一般人では手も足も出ない。まして、眠らされたものは全員が瞬殺される。
それだけ強力な戦力を、迷宮内で人為的に発生させようとしたなら、絶対条件として必要なのが【召喚】のスキルだ。
今回、バトルシープが現れたのは迷宮の3階層であることが分かっている。
迷宮の外から、次元が異なる迷宮の中へ【転移】で移動することはできない。それは、迷宮の中から外も同じだ。
もしかするとひらがなスキルの【てんい】であれば、それが可能かもしれないけれど……残念ながら俺には普通の【転移】スキルは生えたけれど、【てんい】のひらがなスキルはまだ手にしていなかいから、本当はどうなのか分からない。
とにかく、迷宮の外から【転移】のスキルで、魔物を迷宮内に送り込む、ということができないということは確かだった。
では、【召喚】の場合はどうだろうか?
【召喚】のスキルで召喚できる魔物や魔獣は、【召喚】スキルの★の数で強さやランクが決まる。レベル500を超えていた今回のバトルシープを召喚するためには、★5の【召喚】スキルを全力で発動させることが必要だっただろう。
スキルを発動させるために必要な魔力は数千。ということは、★5の【召喚】スキルを全力5頭も召喚するとなると、最低でも5人の★5【召喚】スキル持ちを集める必要があると考えた方がよい。
つまり、5人の★5【召喚】スキル+数千の魔力持ちが必要だが…………一国で、それだけの【召喚】スキル持ちを所属させている国は聞いたことがない。
(うん、人為的な線は考えなくてもよさそうだな……)
じゃあ、次の自然発生的なケースだけれど……
俺は、師匠を見送ってから千年の間で、この世界の7つの大陸を一通り回った。さらに、4つの大陸では、それぞれ100年単位で過ごして、その地で発生したスタンピードも経験している。
この大陸の基準で言うところの「アルファ」クラスのスタンピードも全部で3度経験したが、俺にとってその脅威度は、一番下の「イプシロン」クラスと大差はなかった。
ただ、俺が経験したスタンピードは全部で14回しかない。
アルファクラスの一番直近で俺が経験したのは、50年ほど前にこのボクゥゲンス大陸、北の地で起きたスタンピードだ。
東の地にある別の迷宮に籠っていた俺が気がついたのは、発生後6日目だった。
迷宮から出た俺が、【転移】スキルで急いで向かい、100万を越える魔物や魔獣、そして100頭を超えるSSSランクの魔獣を全滅させたのは、すでに8つの都市や街が消滅した後だった。
生存者は見つからず、救命できた者もごく僅かしかいなかったが、俺が討伐に要した時間は10分もなかった。
当時、【しゅうのう】に保管してあった【かそく】済みの弾丸は数万しかなかったので、全てを瞬殺することはできなかったが、それでも討伐自体は簡単だった。
ちなみに今は、【しゅうのう】の中に用意している弾丸の数は1千万。複数のスタンピードを即座に壊滅するための準備はしている。
まあ、一部のレイスのような魔物は、物理攻撃無効だから、他の手段も用意しているんだけれどね。
とにかく、まだスタンピードを14回しか経験していない俺は、未知のスタンピードに出会う確率の方が高いことを承知していた。
考えなければならないのは、その未知のスタンピードの規模だろう。
前哨戦と言える、今回のバトルシープがSSランクならば、本番のスタンピードが発生した場合、出現する魔獣たちは、この世界の基準で言うところのSSSランクを、さらに越える可能性がある。
ただ……
【かんぱ】にも確認したことがあるので、この世界で、最高のステータスを持っているのは俺であることは分かっている。
俺以外で最高のステータスを示しているのはドラゴンで、攻撃力1,000万弱、だったっけ?
ということは、例えSSSランクを越える魔獣が主役のスタンピードが発生したとしても、その討伐を俺ができないということはないだろう。
問題は、やはり数か。
俺が他への被害を考えながら同時に攻撃できる数は、【しゅうのう】に保管しているバレットで対応できる数、1,000万体ということになる。
もちろん、他への被害を考えなければ、例え1,000万の防御力を持っていても、物理と魔法、両方の力でそれを無にする攻撃を与えることもできる。例え1億匹の魔物や魔獣でも討伐することは難しくない。
だが、100万都市――避難したとしても完全に0人にはできないはずだ――の近くで戦うなら、都市への被害を出してはいけない。
そう考えると、もしも今回のスタンピードが数千万の魔物や魔獣の数を迷宮から排出する規模だったら、その対応策をしっかり考えておく必要がある。
まあ、それでも幾つかのプランは、今すぐに思いつくから大丈夫だと思うけれど……
難しいのは、【かんぱ】に尋ねても、その規模のスタンビードが発生したことがないこと。
歴史上、初めてのことがこれから起きる可能性はどれくらいあるのだろうか?
もしも、歴史上初めて起きるスタンビードだった場合、【かんぱ】が想定できる範囲の規模を大きく超えていることはあり得ないのだろうか?
「大丈夫」と思った時には、「大丈夫じゃない」出来事が待っていると考える必要があることを、これまでの痛い経験で知る俺は、砂丘の丘に立ったまま、しばらくの間、思いを巡らしていた――――




