迷宮の20階層
「ふぅ……」
俺は、一人でアンラビフォン迷宮の20階層に来ていた。
夕焼けに染まる空、そして延々と広がる砂漠。
ここが地下にあるとはとても思えない景色が広がっている。
バトルシープの騒動が起きたばかりなので、迷宮自体は封鎖されているから冒険者たちの姿もない。
俺は、【かくれる】のひらがなスキルを持っているので、迷宮内への侵入は簡単にできるけれど。
■【かくれる】使用魔力:1
隠れることができる。視覚、嗅覚、聴覚の情報を遮断できる。時間制限はなし。魔力を1消費する。
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これまで、各大陸で幾度もスタンピードに立ち会ってきたが、スタンピード開始前に、魔獣が迷宮の外に氾濫したケースは、初めてだった。
(いや、待てよ?)
実はスタンビードがすでに始まった、という可能性はないだろうか?
だが俺は、思いついた考えを首を振って消し去った。
この前【かんぱ】に尋ねた時、この迷宮のスタンビード開始は88日後と言っていた。
【かんぱ】の見立ては、もちろん常に絶対ということはない。未来の出来事は予知ではなくアカシックレコードを参照しながら予測で答えているし。その予測は、ごく当たり前に外れることもある。「未来は確約されていない」というのが、この世界の常識だと考えてよいだろう。
それでも、スタンビードは定期的に発生しているから、経験則を考えればその見立てが誤る可能性は非常に低いはずだ。
それに、もしもスタンビードが発生済みなら、迷宮内がこんなに静かなはずがない。
やはり、今回はイレギュラーか。
現れたバトルシープは、この国の人々――いや、各ステータスが10,000に届こうかという勇者セシリアにとっても脅威だっただろうが、俺にはどうってことなかった。
【しゅうのう】に保管している、【かそく】のスキルを使って光速の1,000分の1の速度に加速させたミスリル製の弾丸であっさり討伐できたし。
討伐の様子は誰も気がついていないはずだ。
弾丸の直系は1ミリにしているし、速度は時速108万キロ。秒速で300キロだから、視認できる者はごくわずかしかいない。
その威力は、地球のときのエネルギーで示すと約2億ジュール。
この世界は、スキルで物理的な法則をある程度歪めることも可能だが、それも限界がある。
地球でいうと、20トントラックが時速250キロで直撃したに等しい、それも面ではなく点でぶつかる威力は、【無効】のスキルでも持たない限り、SSランクの魔物であろうとも瞬殺される。
まあ、いずれにしても、なぜバトルシープが爆発したのかを正しく理解できた者は誰もいないことは確かだった。なんせ、みんなバトルシープの【フォーススリープ】で強制睡眠させられていたからね。
なんとか耐えていたセシリアも、認識できる特別なスキルは持っていなかったし、何が起きたのかは理解できていないはずだ。
とにかく、討伐は成功した。
ただ、本来この迷宮に存在しないはずのバトルシープが、スタンピードの発生が疑われている迷宮に、スタンビード前に出現したことは普通ではなかった。
そこで、その現れた理由――イレギュラーが発生した理由は調べておいた方がよいだろうと思い、俺は調査のために迷宮の中に来た。
この迷宮は階層は20階層と浅いが、一階層一階層はだだ広い。
それこそ、縦横数十キロぐらいの広さがあるだろう。
とはいえ俺は、三日前、事前に20階層まで踏破しておいたお陰で、迷宮に潜り込んだ後は【転移】のスキルを使って、あっさりとここまでくることができた。
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最下層であるここ20階層は、見渡す一面の範囲に見えるのは、砂だけ。
ところどころ、砂丘が形成されている。地平線に見える部分まで砂以外、本当に何も見えない。階層内に魔物や魔獣は数多いはずだが、いずれも砂の中に潜むタイプだ。
そして先ほどから一向に変わることがない夕焼けの空は、この階層が常にこの光景を保っていることを示している。
迷宮内は、異次元だから広さも環境も自由自在だ。
実際、このアンラビフォン迷宮も、階層ごとに山や森、平野、海といった異なる世界が広がっている。他にも、氷の階層もあるし、マグマが溢れる階層もある。夜の階層もあるし、昼の階層もある。中には、夜と昼の時間経過を見ることができる階層もある。
そして、階層ごとにその環境にあった魔物や魔獣がいるので、20階層しかない小規模な迷宮にも関わらず、財産的な価値はこの大陸内でもトップクラスと言って良かった。
ちなみにこのアンラビフォン迷宮のラスボスは黒龍だ。
この20階層の奥地にいる。ランクは、いつもならバトルシープと同じSSランクだから大したことはない。
スタンピードが始まれば、迷宮内の魔素を急激に取り込みながら地上に向かうし、今回のスタンビードはアルファクラスが予想されているから、SSSランクに昇格することは確実だ。それでも各ステータスは高くても10万前後だろう。【かんぱ】の見立てでも、そうなっている。
ラスボスの「黒龍」は、迷宮の最深部、この大陸では「最奥の間」と呼ばれる部屋にいるので、20階層に到達しても、まだ【まっぷ】には表示されない。
今日は単なる調査が目的で、黒龍を倒することが目的じゃないから「最奥の間」はスルーでいい。スタンピード前に、呑気にラスボスを倒したら、何か異変が起きるかもしれないからね。
俺は【しゅうのう】から剣を取り出し、20階層を、ぐるりと円を描きながら走り始めた。
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バシュッ!
砂から飛び出してきたサンドワームを切り伏せる。真っ二つに切り裂かれたサンドワームが粉が散るように霧散する。そして、地面には黄色い魔石が残される。
この階層に現れるのは、ワームかスコルピオンかゴーレムがほとんどだ。
レベルはいずれも200前後あるが、バトルシープと比べれば雑魚に等しい魔獣ばかりだ。
アンラビフォン迷宮は、全階層のマッピングが完了しているので、出現する魔物や魔獣たちもリスト化されている。ラスボスの黒龍も、過去に幾度か討伐されたことがある。
少なくとも、そのリストに掲載されいている以外の魔物や魔獣は今のところ現れていない。
ちなみに、バトルシープはアンラビフォン迷宮では確認されたことがない魔獣だ。いるとするなら、この砂地の階層よりも上層にある草原の階層だと思うが、あのレベルは異常だった。
俺は、これまで数多くのスタンピードを経験した。中には、スタンピードが始まったタイミングを迷宮内で迎えたこともある。
スタンピードが発生するまで、迷宮の外では少しずつ魔素だまりが増え、魔素や魔力が増えてることがある。だが、迷宮内は、発生前はそういった状況が見られることがない。
同時に、スタンピードが発生すれば、どの迷宮でも迷宮内の魔力は急激に上昇する。
スタンピードは、最深部から魔物や魔獣を押し上げる形で進行するから、スタンピードがもしもすでに発生しているとするなら、この20階層は魔力が上昇し始めていなければならない。
だが、その様子は見られない。
出現する魔獣たちも、取り立てて強化されたり特殊個体に進化していることもない。
スタンピード90日前の迷宮の姿、と言われれば、ごくごく自然にその通りの状態なのだが……
俺は、少し小高い丘の上で立ち止まると、今の状況をおさらいしてみることにした。




