細い山道
「結構、登るな。大丈夫か、ルイ?」
「はい。平気です、セシリア様」
少し息を切らしながら、ルイはセシリアと並んで山道を登っていた。
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ここ、アンラビフォン迷宮は、訪れる冒険者たちが大勢いるので、行き交う街道はしっかり整備されている。
だが、山頂に入り口がある迷宮までの道は、麓から5キロほどの急な細い坂道が延々と続く。
麓までは定期便の馬車も出ていたが、細い上り坂は徒歩で進むしかなく、整備されているとはいえ、慣れていないと一苦労だ。
坂道の途中は、2か所に広い宿場町が設けられていて、迷宮の入り口には迷宮街アンラビがあった。
迷宮で探索を続ける冒険者たちは、毎日スタシーまで戻ることはせずに、金がある冒険者はアンラビで、そうでない冒険者たちは坂道の途中にある宿場町を利用することになる。
それら多くの冒険者と同じくルイは、セシリアと勇者小隊の10名に同行、麓まで馬車を使いそこからは徒歩で登り始めた。
各ステータスが10,000近いセシリアや、数千はある勇者小隊の面々は、これくらいの坂道はどうってことない。全力で5キロの山道を走れ、と言われれば平然と駆け抜けるのだから。
だが、同行している一般人(と思われている)のルイを気遣い、セシリアを含む勇者小隊一行は、坂道をゆっくりしたペースで登り続けていた。
ちなみに、ルイも上り坂を歩いて息が切れるようなステータスではないから、それは単にポーズでしかない。
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山道を登りながら、セシリアはなぜかルイを構うかのように隣にいた。
勇者小隊は、まるで従者か供人が主人を追うかのように、少し離れた二人の後ろを黙って歩いている。
「水を飲むか?」
「あ、ありがとうございます」
ルイが頷くと、セシリアが手を上げて停まる。
後ろについてきている勇者小隊も、そのまま停止したようだ。
そしてセシリアは、腰に巻いたキドニーポーチのような袋から小さな黒い筒を取り出し、渡してくれた。
ポーチと筒のサイズが一致しないから、たぶんマジックバッグなのだろう。
「それはマジックボトルだ。入れた飲み物の温度を一定時間維持してくれる。時々、魔石を交換しなければならないが、それは予備だからルイにあげよう。中身は、こんな日にちょうど良い飲み物が入っているぞ」
「セシリア様、よろしいのですか?」
魔石で温度維持を行えるマジックボトルは、決して安価な道具でないことをルイは知っていた。それでも、この好意は受けておいた方がよいか、とルイは思っていた。
「ああ構わない。それよりも水分をしっかりとった方がよい」
「ありがとうございます」
もう一度礼を言ってから、ルイは水筒の蓋を開ける。
フワッとミント系のハーブの香りが漂ってきた。
(暑い日には、気持ちよい香りだな)
ゆっくりと水筒に口をつけると、爽やかな感じが口の中に広がったのがわかった。
回復効果をもたらす成分も含まれているようだ。暑さが幾分和らいだだけでなく、体力が回復したように感じる。
ルイがホッと息をついたのを見たのだろう、セシリアが微笑んだのが分かった。
(なんで、こんなに俺に構うんだ?)
ルイは、小隊に急遽招聘された作業員のようなものだ。本当なら、列の最後尾を目立たないように一人で歩いているはずだったのに……
なぜか、馬車の中からセシリアはルイを隣に座らせ、いろいろと話しかけてきた。
――庭師の仕事とは何をしているのか?
――出身は? 兄弟はいるのか?
――ルイは何歳なんだ?
――何か趣味はあるのか?
魔素が植物に与える影響とか魔草のこととかを尋ねられると思っていたら、聞かれるのはルイのことばかり。まるで個人面談されているかのようだ。いや、趣味まで尋ねられると、何というか……お見合いのようにも思える。
少し恥ずかしくなりながらも、なんとか無難に答えていたのだが、馬車を降りて坂道を登り始めてからもセシリアはルイから離れようとしなかった。
ルイ自身、多少なりとも親密さを得たいと考えていたのだが、まさかセシリアの方から積極的に歩み寄ってくるとは思っていなかったので、少し戸惑いを覚えていたのだが……
「セシリア様は勇者なんですよね?」
「ああ。まだ勇者としての実績はないがな」
「でも、凄いです。スタンピードの討伐を命じられるなんて」
「討伐か……いやどちらかと言えば、討伐よりも鎮圧、防衛といった方が正しいかもしれん」
「討伐じゃなく、鎮圧、防衛、ですか?」
「そうだ。今回のスタンピードは、私ひとりじゃ少々、荷が重いからな」
「スタンピードの対応に当たる勇者様は、セシリア様以外に何名ほどおられるのですか?」
「他国への要請は行っていないから、私一人だな」
「え? たった一人で?」
「まあ、頑張るしかない」
ルイは【かんぱ】から聞き、知っている。今回のスタンピードがアルファクラスであることを。
この国の勇者はセシリアしかいないのかもしれないが、この大陸の各国に要請すれば、数名、上手くいけば十数名の勇者を集めることもできるかもしれない。
アルファクラスのスタンピードに勇者と言えど一人で向かうことは、自殺行為に等しい。
だが……
セシリアの言葉に、特に悲壮感はなく、何かを期待しているかのような雰囲気さえ感じることをルイは不思議に思っていた。
「王国の軍は、来るんですよね? まさか、セシリア様の部隊だけで対応されるのですか?」
「さあ、どうだろうな?」
少し寂しそうにセシリアが呟く。
「私は、フローレス家にとって厄介者なんだ」
「勇者様が?」
「女なのに勇者の職業を得たことで剣ばかり振る私を、父は疎ましく思っていたようだ」
「国を守れる力を持つ方を疎ましく、ですか……」
「仕方がない。小さいころから、女子の役目は子を成し家を継ぐことと口を酸っぱくして言われ続けてきたのに、私はそのことに背を向けて剣の道を歩み続けてきたのだから」
「ですが、勇者様ならそれも当然なのではないでしょうか?」
「どうだろう……?」
微笑むセシリアを見たルイは、(ああ、なるほど……)と思っていた。
この人は自分の信念を持っている。例え家族にそれを受け入れてもらえなくても、自分が信じる道をまっすぐに歩み続けることができる人だ。
セピア色の記憶が浮かびあがる。
『――――ルイ。望むものが手から零れ落ちる、という思いを抱えないよう頑張るのよ』
あの日、ルイを抱きしめた師匠が――ラヴィンが言った言葉に含んだ寂しさと同じ感覚が、今のセシリアの言葉に含まれているのが分かる。
セシリアが望んだのは、勇者としての誇りか、あるいは家族に認めてもらえることか、それが何かは分からないが、剣の修行に明け暮れていたというぐらいなのだから、自分が何かを成さねばならないという思いと、それを成すために失った大切な何かがあるように思える。
きっと、セシリアも矛盾を抱えながら、それでもその矛盾に向き合って今を生きているんじゃないだろうか?
「そろそろ、出発するか?」
ちょっとしたセシリアとの会話だったが、立ち止まったことで自然と休憩のようになっていたようだ。
セシリアが手を上げると、後ろで立ち止まっていた勇者小隊の面々が動き始めたのが分かった。
「はい、ありがとうございます。セシリア様」
ルイは渡された黒い筒をしっかりと手に握ったまま、歩き始めたセシリアの隣に並ぶ。
それからしばらくの間、二人は黙ったまま肩を並べて、細い山道を登り続けた。




