街道に生えている魔草
宿を出た俺は、まだ陽が顔を出していない中、気配を遮断しながら、城壁へと向かった。空には、月が一つだけ浮かんでいる。道灯りには十分だ。
城壁に辿り着いてから、【まっぷ】のひらがなスキルを使うことにした。
■【まっぷ】使用魔力:1
自分を中心とした任意の範囲に存在する対象物を表示する。一度の使用で魔力を1消費する。
対象の範囲は城壁上、左右2キロずつ、対象物は人を指定する。これで城壁上に人がいれば、赤点で表示されることになる。
「【まっぷ】」
小声で発動してしまったのは、ご愛敬。
うん、このあたりの城壁の上に、巡回する歩哨は見当たらないようだ。
アンラビフォン迷宮と隣接している都市、スタシーは周囲を高さ30メートルほどの高い城壁で囲われている。
スタシーの外周は200キロ以上。ほぼ真円に近い形だ。
高さ30メートル、長さ200キロの城壁で囲うことは途方もない時間がかかりそうだが、地球でも、万里の長城が自然の地形を利用した部分を含んでいるとはいえ、その長さは2万キロ以上あった。
科学文明が発達していないこの世界でも、科学の代わりに魔法やスキルが使えるので長さ200キロぐらいの城壁を作ることは難しくない。いや、魔法を使って作る方が、工期は遥かに速い。
ただ、魔法やスキルは万能ではない。使用する魔力を越えた行使はできないし、強力な力を操れる人は僅かしかいない。
200キロもの外周を警戒する歩哨の数は多くなく、夜間、一地点だけに注目すれば巡回できるのはせいぜい一回。二キロ範囲を探っても、歩哨の姿を【まっぷ】で捉えられないことは当然だったのかもしれない。
街中とは違い、魔物を引き寄せないよう城壁には魔力を使った灯りが灯されることもないので、明け方前のこの時間は、せいぜい風の音が聞こえるぐらいだ。
これが王都なら、城壁には魔物の侵入を警戒するための魔道具が設置されているが、いくら100万都市といえど、辺境のこの地に魔力を無駄食いする魔道具は置かれていない。
まあ、そんな魔道具があっても、俺は察知されることなく自由に出入りすることはできるんだけれどね。
俺は、【ひこう】のスキルを発動させて一瞬で城壁を飛び越えると、静かにアンラビフォン迷宮へと向かった。
▼▽▼▽
side セシリア
「隊長、これを見ろ」
「なんでしょう?」
鼻の下に固まった髭――スコッチを指で撫でながら、勇者小隊隊長のアメデは、セシリアが指さした地面を見た。
勇者小隊とは、勇者が軍事活動する際の部隊で隊長以下20名で構成されている。隊員は全員がレベル200を超える達人たちで構成されている強力な部隊だ。もっとも、隊員たちの攻撃力や魔力といったステータス自体は、セシリアの数分の1でしかなかったのだが……
それでも、自国の軍の中で、最も精鋭な部隊であることは間違いなかった。
まだ朝早い時間だが、スタシーからアンラビフォン迷宮へと続く街道はすでに大勢の冒険者が歩いており、武骨な鎧を着た「勇者小隊」が街道の脇に集まっている様子を、物珍しそうに見ながら追い越していく。
「ああ……魔草の若芽ですな」
アメデがしゃがみこんで、草の芽を手に取り答えるとセシリアが頷いた。
「そうだ。もしかすると魔草原が形成されるかもしれんな」
「魔草原、ですか?」
セシリアが辺りを見渡すと、アメデとアメデ以外の隊員たちも同じように周囲に視線を向けた。
確かに、目が届く範囲で何カ所か、魔草が集まってが生えているのが分かった。
魔草は、魔物の植物バージョンだが、基本的には単なる雑草に過ぎない。
背丈も50センチぐらいしかなく、子どもでも簡単に抜いて討伐ができる魔物の一種だ。もちろん、子どもでも討伐ができるぐらい弱いので、千本、一万本抜いてもレベルが上がることはない。
だが、魔草が集まる魔草原が形成されると話は別になる。
数百本、数万本程度が集まったぐらいなら、魔草一本と脅威度は変わらない。
だが、それが100万本を超えて魔草原が形成されると、話は変わってくる。
魔草そのものの高さも一メートルを超え、さらに魔草同士の魔力共鳴効果により、魔草原内では少しずつ魔力を奪われていくことになる。
魔草原が形成される場合の、魔草はきれいに50センチ間隔で生える。
100万本の魔草が集まる広さは、おおよそ25万平米。500メートル×500メートル、この国の標準単位ヤドで示せば、5ヤド×5ヤドに密集することになる。
そうなると、もう子どもたちや一般人では魔草を抜くことが困難になる。攻撃力のステータスが100を越えないと、1本抜くために一日がかりの作業になる。
さらに、魔草が生える範囲が広がるにつれて、副次的な影響が現れる。スキルが発動しなかったり、魔法が使えなくなったりする。
もっとも、それでも100万本程度なら、大人の冒険者たちが大勢集まれば、数か月をかけて駆除することもできるのだが……
なんでも、大海のどこかには数千キロの広さで魔草が生える島があるらしく、そこでは魔草の共鳴効果も格段に上がり、訪れた人を簡単に殺めて肥しとしているらしい。
もちろん、それは噂話でしかない。本当かどうかは、セシリアも知らないが、セシリア自身が持つ【限界突破】のような不思議なスキルの力を考えると、そういった場所がどこかに存在していても、ちっとも不思議ではなかった。
とにかく、都市部の周辺ではどれだけ魔草が生えようとも、数キロ範囲まで広がることを放置することはなかったので、深刻な影響を及ぼすことはないと言える。
問題は――
魔草原が形成される中には、その近隣のダンジョンでスタンピードが発生しかけているということを示す場合がある、ということだ。
「聖女の予知はやはり正しかった、ということか……」
「まだ、魔草たちの集まり方は、魔草原を形成するに至るほどの規模ではなさそうですが?」
「そうだな。しかし、見渡す範囲でいくつかのグループが形成されている。スタンピードの兆候を示しているのは間違いないだろう」
「どうしましょうか? しらみつぶしに一帯を調査しますか?」
聖女の予知では、スタンピードの発生は、今から計算すると三か月後にあたる。
魔草原は100万本単位ならどうってことないが、1億本を超えるような広さまで拡大することを放置すると、さすがにその影響は無視できないものとなる。
一辺が5キロまで広がった魔草原の魔草を苦なく抜いていくためには、攻撃力のステータスが500を超える必要がある。ステータスレベルではおおよそ50を超えなければならず、一般民衆では難しい作業だ。
かといって、スタンピードに対応するための勇者、冒険者が魔草抜きなどやっている暇などあるはずがない。
――難しいわね……
セシリアは対応を考えていた。
これがベータクラス以下のスタンピードならば、魔草原が形成されたことを確認してからの対応で十分だが、今回はアルファクラスのスタンピードが予想されている。
戦力に影響が出るかもしれない状況を、放置してはいけない。
その時――
道路の反対側に目を向けたセシリアは、しゃがんで道端の草を手にとる少年がいることに気がついた。
――あれは?
セシリアは、隊員たちに手を上げて「ここで待て」と指示をしてから、少年の元へと向かった。




