追憶(46)天女
是、否、留を伴わない、いつもとは違う【かんぱ】の強い口調の言葉に俺は戸惑っていた。
「か、【かんぱ】……?」
『……是、まずは、スキルの内容を確認すべきではないでしょうか?』
いつもの調子に戻った【かんぱ】の口調は、俺に優しく問いかけていた。
「確認?」
『是、【質問】を使って確認することを推奨します』
そうだった。俺は、「てんせい」という言葉を勝手に「転生」に置き換え、さらにその意味も決定したものとして考えてしまっていた。
違う言葉の可能もあるし、「転生」だったとしても、俺が考える「転生」と違うかもしれない。
「わかった。【かんぱ】、ありがとう」
俺は、【かんぱ】に礼を言ってから、目の前に浮かんでいるボードの【質問】の項目に触れた。
《制限時間 4時間45分22秒 質問を受け付けます。口頭で述べてください》
半透明のボードの向こうには、魔草たちがゆっくりと風に揺れている。何百本の線が等間隔で魔草原を貫いているが、俺が【かそく】を使って通り抜けた道だ。
そして……三つの満月が、その魔草原を明るく照らしているのが分かった。
(美しい……)
俺は、月夜に広がる光景を心に焼き付けながら、ゆっくりと質問を口にした。
「【きかん】と【てんせい】のスキルがどういったスキルなのかを教えてくれ」
《【きかん】は、地球に帰還することができるスキルです。使用できる回数は一回限り、スキルを使用した人のみ有効です》
想像通りだ。一度限りの使い捨てスキル、ということだ。しかも、戻れるのはスキルを使う俺だけ。
《【てんせい】は、指定した対象の魂を、この世界内で転生させることができるスキルです。使用できる回数は一回限りです》
やはり「転生」という意味だったか。スキルの働きも想像していたのと大差はない。
あとは……
「【てんせい】を使える対象に制限はあるのか?」
例えば、今の師匠はステータスを見る限り【神樹】という、ヒトとは違う存在になっている。もしも、【てんせい】がヒトにしか使えないスキルとなると話にならない。
《【てんせい】のスキルを使える対象は魂を持つものとなります》
(よし! 大丈夫だ!)
「死んだ場合、魂が体から離れていない間は蘇生のスキルで蘇らせることが可能と聞いたが、この【てんせい】のスキルも同じと考えてよいのか?」
《構いません。魂が体から離れてしまった対象には、【てんせい】のスキルは効果を示しません》
「転生先は指定できるのか? あるいは転生先を知ることは可能か?」
この世界で転生させられることが分かったのは良かった。他の世界で転生した場合には、追いかけようがないからね。まあ、それでも他の世界で転生する場合でも、師匠がもう一度、生きることができることを歓迎すべきなのだろうけれど…………
できれば転生するタイミングや、誰に転生するのかが分かるのなら知りたい。
《いいえ。転生先、転生の時期はあらかじめ定めることができません。この世界の輪廻の中に組み込まれるだけです》
「これまでの記憶は?」
《記憶を維持することもありますし、封じられることもあります。決められてはいません》
「封じられる? 失う、じゃないのか?」
《魂に刻まれた記憶が失われることはありません》
転生したあと、記憶が封じられることがあっても、失われることはないということを聞いて、俺は少しホッとしていた。もっとも、魂が輪廻する中で記憶が失われないなら、膨大な記憶が積み重なることになるので、本当は封印されることが自然と考えた方がよさそうだ。
同時に心に苦さが滲んでくる。
どうやら俺は、自分と言う存在を師匠に認めてもらうことを望んでいるようだ。
もちろん俺の望みは、この世界で師匠に寄り添うこと。例え、師匠が俺を望まなくてもそれは構わない。師匠、いやラヴィンという存在を示すはずの魂の側にいることができればそれでいい――――と、俺は思おうとしていたようだ。
今、記憶が失われることがないと聞き安心したのは、師匠の魂から俺という存在が消去されることがないと知ったから。
だが、この俺の考えは――
『否、それは傲慢ではありません』
俺の心を読んだであろう【かんぱ】が、優しい声で俺に語りかけた。
「【かんぱ】…………」
『是、ルイがラヴィンと共に在りたいという願いと同等の願いを、ラヴィンも心の奥底で抱いています』
「【かんぱ】は、誰の心でも読むことができるのか?」
『否、ルイ以外の心を読むことはできません。ですが分かります』
「なぜ、そう言い切れる、【かんぱ】? 師匠が、俺と同じ願いを――――一緒に側にいたいという願いを持っている、と断言できるんだ!!!!!?」
俺は大声で絶叫していた。
「俺はラヴィンを失いたくない!! でも、それは俺の願いであって師匠の想いと相容れているのかは分からないんだ!」
俺はどうしていいのかが分からなくなっていた。
「【てんせい】って、本当に師匠のためになるスキルか!!?」
(わからない……)
「もしかすると、俺が自己満足のために使おうとしているだけじゃないのか!!?」
(わからない……)
「俺は……師匠に嫌われたくない。でも、師匠から離れたくない。師匠がもしも転生するなら、追いかけたい。でも、師匠からストーカーと思われたくない。師匠が俺に微笑んでくれるときは、寒い日に浴びる柔らかな陽射し以上に俺の心を温めてくれる。でも、師匠は誰にでもあの陽だまりのような笑みを向けているのかもしれなくて俺が受け止めているような特別なものじゃないかのかもしれない。俺は、俺は、俺は、俺は…………」
涙が頬を伝うのが分かる。
『…………』
沈黙が――【かんぱ】の心が俺の心を満たそうとしているのが分かった。
温かな心だ。迷い傷ついた俺の心を癒そうと満たしている。
俺の我儘な言葉も【かんぱ】はしっかり受け止めてくれている。
分かっている。さっき、俺が「なぜ、そう言い切れる?」と言ったことも、アカシックレコードに接続できる【かんぱ】なら、その答えが分かるのだろう。
たぶん【かんぱ】は、優しい笑みを浮かべて俺の引き裂かれそうな心を撫でてくれていたんじゃないだろうか?
その時――――
「ルイ」
突然、俺が待ち望んでいた声が聞こえ、俺は体をビクンと震わせた。
そして――
ゆっくりと振り向いた
「し……師匠――」
三つの満月の光が交差する中、まるで天女のように師匠が浮かんでいた。




