追憶(45)喝!
だが、そんな俺の想いを無視しながらメッセージは進む。
《お好きな「ひらがなスキル」をお選びください。
選択肢は次の二つです。
1.きかん 2.てんせい。
選択の制限時間は5時間です。なお、制限時間までに選択しなかった場合には、自動的に「2.てんせい」が選ばれます。
途中で質問があれば、【質問】を押してください》
「…………」
《只今より、スタートします。制限時間 4時間59分59秒
選択肢 1.きかん 2.てんせい 【質問】》
そして、カウントダウンが進む。
俺は何も言うことができずに、タイマーが減り続けるのをただ、見つめていた。
『……是、選択の検討を推奨します』
【かんぱ】の声が、脳裏に聞こえた。
「【かんぱ】か。今の状況を説明できるか?」
『是、先ほど「運」の使用について尋ねられ30億の「運」のステータスを使いました』
「ああ」
『その結果、今回の「きかん」か「てんせい」の二つの選択肢が提示されました』
「それは分かる。だが、なぜ俺には記憶が蘇らなかったんだ? 過去、この『選択の時』を艇じされた異世人の中で、同じように記憶が蘇らなかった事例はあるのか?」
『否、記憶が蘇らなかったケースはありません』
「じゃあ、なぜ?」
いつしか、俺は【かんぱ】のスキルを使う際に必要な、冒頭に「【かんぱ】」と呼びかけることをせずに尋ねていたが、【かんぱ】はその形式を守らなかったことを厭うことなく答えてくれていた。
『留、「運」のステータスを30億使用したからと推測します』
「運のステータスを使ったから、記憶が蘇らなかった、と言っているのか?」
『是、そうです』
「それはなぜだ? なぜ、俺の記憶が蘇ることなく『選択の時』が現れたんだ!?」
『留、記憶が蘇ることをこの世界が恐れたと考えます』
「世界が恐れただって?」
こんな時にも関わらず、俺は笑いが込み上げてくるのを止めることができなくなっていた。
「ははははは…………何を言っているんだ、【かんぱ】! 俺の記憶が蘇ると、どうこの世界がまずくなるというんだ!」
『是、分かりませんか?』
「…………」
俺は宙を睨みつけた。
【かんぱ】が言うところの、「この世界が恐れた」という意味を、俺はすでに気がついていた。だが、それを口にしてはいけなかった。考えてもいけなかった。
なぜなら……
それは、俺が「きかん」を選択しなければならい理由に等しかったのだから……
『是、その通りです。この世界が、ルイを失うことを恐れたということです』
そう、答えは簡単だった。
俺が、提示された中でもっとも高い数値の「運」のステータスを捧げたことで、この世界は俺が「きかん」を選択することを防いだ、ということだ。
どんな事情が、元の地球にあったのか分からない。
だが、その理由を俺がしれば、選択肢が「きかん」になることをこの世界は知り、そして、俺が「きかん」を選ばぬように記憶を取り戻させなかった、ということだ。
『否、違います。そうではありません』
「何が違うというんだ、【かんぱ】!!」
俺は叫んでいた。
『是、世界は、記憶を取り戻してもルイが「きかん」ではない選択肢を選ぶことが分かっていました。ただ、その記憶を知ればルイは、「きかん」の選択肢に手を伸ばさなかったことをこの後、ずっと苦悩し続けることになります。だから、世界はその苦悩をやわらげることを目的に地球での記憶を提示しなかったのです。「運」のステータスと引き換えにして……』
最後は、【かんぱ】の声が心なしか小さくなったように聞こえた。
「…………」
さっき、【かんぱ】は「世界が恐れた」と答えた。俺は、その意味を俺が「きかん」することをこの世界が恐れたと解釈した。
だが…………
どうやらそれは違ったようだ。
どのような記憶が蘇ろうとも、俺が選択するのは師匠をこの手に取り戻すことであって、そして、その選択は、地球の記憶を事実上封印することになる。俺が自ら記憶を封印することは、俺にとって大いなる苦悩を生むことになるから、そうならないよう、「運」のステータス――――この世界との関わりの深さを示す値を使って、記憶が蘇るのを抑えた、ということだ。
ということは、この世界は俺が苦悩することを悲しんでくれるのか? いや、憐れんでいるのかもしれない。
ようやく、停止した俺の頭が動き始めてくれたように思う。
(そうだ!)
そう、二つ目の課題が訪れなかったのに、なぜ「選択の時」が提示されたのかを考え過ぎていた!
よく考えてみれば、考えていた二つ目の課題がなかったことは、俺にとってプラスではあってもマイナスではないはずだ。
俺は自分の頬をピシャリと叩いた。
(よし!)
それよりも、師匠がまもなく目覚めるまでの間に、提示された選択肢をしっかりと確認しておかないと…………
もう一度、目の前に浮かぶ半透明のボードを見つめる。
まず……
制限時間は考えなくてよい。師匠がこの世界に留まれるのは日付が変わるまで。すでに19時は過ぎているのだから、5時間という時間があれば十分だ。
あとは、提示された選択できるスキルの内容だけれど……
「きかん」は、帰還だな。これはまあいい。
もう一つの選択肢は「てんせい」か……これは「転生」を意味していると思うのだけれど……
そこまで考えたとき、俺はあることに気がついた。
(そうか……もしも、これが「転生」を意味しているのなら…………)
「転生」。つまり、一度、その存在がこの世界から失われることを意味しているんじゃないだろうか?
異世界の小説では、元の人格や記憶を引き継いでというパターンが多かったから、「転生」でも師匠は師匠であることに変わりがないと考えていた。
だが……
俺はどうだ?
俺は記憶を失って、この世界に転生してきた。
元の世界の知人が、この世界に転移してきても、おそらく俺が気がつくことはない。
師匠がそういった形で転生することは、俺が望んだことなのか?
(あ……)
思わず頭を何かに殴られたような衝撃を覚えた。
(そうか…………)
転生とは、いわば「魂」の生まれ変わりを意味する。
だが俺は、俺のことを知る師匠を望んでいるのであって、俺のことを知らない師匠は望んでいない?
いや――違う!!
俺は、師匠という魂の側にいることを望んだんだ。
例え、俺のことを忘れた師匠であっても、師匠は師匠だ!
でも……
それで俺は納得できるのか?
でも……
師匠はそれを望んでくれるのだろうか?
でも……
でも……
いつの間にか、俺は堂々巡りの中に迷い込んでいたようだ。
『ルイ! しっかりするのです!』
俺は【かんぱ】に喝を入れられていた。




