追憶(44)表示されたメッセージ
(なぜ、帰還を促す地球での記憶が蘇らずに、こんな意味不明なメッセージが現れるんだ? 「運」のステータスを使用するか、だって? いったい、何に「運」を使用するというんだ?)
俺は固まっていた。
(さっきはダンジョンボスを倒すのに「運」のステータスを変換した。まさか、ボスはもう一度、現れるのか?)
だが、このメッセージを読む限り、そうとも思えない。
訳がわからない。
「【かんぱ】、これはなんだ!?」
『留、アカシックレコードに記載がありませんが、「選択の時」で提示される条件に関わる項目のようです』
(条件に関わる項目?)
【かんぱ】の答えはピンとくるものがない。いや、言っている意味は分かる。「運」のステータスを使うか使わないかで、「選択の時」で提示される条件が異なる、という意味合いか。だが、その条件の内容が分からないと答えようがない。
(選択の時で提示される条件に関わる項目って、いったい何を示している??)
残り時間が減っていく。42秒。
「【かんぱ】、選択肢のどちらを選ぶのが正解だ?」
『否、事例が存在しないため分かりません』
残り時間は35秒。
(くそっ!)
俺は震える手をボードに伸ばす。
(YesかNoか……どうする? どうすれば良い???)
残り時間は21秒。
月明りだけの静かな夜だが、俺の激しく打つ鼓動は、確かにその静けさを打ち破っていた。
俺は必死に考える。
――「選択の時」で提示される条件とは何か?
(……わからない)
――条件をよくするために必要なのは、運を使用すること? 使用しないこと?
(!! そうか……)
俺は、一瞬目を閉じ、そしてゆっくりとボードに手を伸ばした。
残り5秒。
震えながら俺が触れたのは……「Yes」の項目。
運を使うかどうかを聞かれたことを考えれば、そして「運」のステータスが示す意味合いが、この世界にどれだけの深度で関わることを意味しているのか、ということを考えるなら、使わないよりも使った方が、俺がこの世界に存在する意義を強く示すことになるはずだ。
あとは……この選択が正解だったことを祈るのみ。
(どうだ!)
だが……
正解かどうかの答えが表示されることはなかった。
すぐ次の表示が現れる。
《使用する「運」のステータスは? 10,000 2,000,000 3,000,000,000 ▽残り時間60秒》
今度は、どれだけのステータスをつぎ込むのかを聞いている。
(いったい、何を聞きたいんだ!!)
俺はボードを掴もうとした。
いや、「運」のステータスが何かに関わっているのは確かなのだろう。だが、その意味合いを示さずに選択だけを迫ってくるのは、それ自体が悪意にしか感じられない。
だが、もちろんボードを掴むことはできなかった。というか、誤ってどれかの数値に触れたら、それで決定されてしまう。
俺は慌てて手を引っ込めた。
「か、【かんぱ】、アドバイスを」
『否、前例がないためできません』
前例がない?
(【かんぱ】は、何を言っているんだ??)
心にむくむくと黒い塊が湧いてくる。怒りとは違うが、理不尽な何かに対抗しようとする苛立ちのようなものか。
「【かんぱ】、その前提とは運の―――――」
それは、運のステータスをつぎ込む前例がなかったのか、それとも【かんぱ】にアドバイスを求めるような質問の前例がなかったのか?
まるで【かんぱ】を責めるかのような強い口調で言葉を口にしようとした俺は、済んでのところでそれを止めることができた。
(くそっ!)
俺は自分の頬を叩いた。
こんなことを考えても何もならない。
何より、こんな【かんぱ】を責めるような考えは、俺の考えが読める【かんぱ】にもしも意思のようなものが備わっているなら困惑させるだけだ。
俺は【かんぱ】に依存し過ぎているようだ。例え、【かんぱ】自身がそれを望んでくれたとしても、それを十分に理解したならなおさら、【かんぱ】にあたるようなことをすることは間違っている!
「…………【かんぱ】、すまなかった。今の質問は忘れてくれ」
『是、問題ありません』
心なしか、しっかりと答えてくれたその【かんぱ】の声が、柔らかい言葉で脳裏に響いた。
(ふぅ)
俺は、何とか心を落ち着かせた。しっかりと自分の考えをまとめる。
そうこうしているうちに、表示された残り時間は15秒になった。
俺は、大きく息を吐いて、今度はしっかりと指を伸ばした。
そして、そのまま迷うことなくボードに触れた。
触れたのは30億。
わざわざ「運」のステータスを求められたのなら、最大限使用するべきだ。これがこの世界の理に少しでも関わる部分があるのなら多くて困ることはないはず、いや多くなければ俺が望むものには手が届かないんじゃないか、と俺は考えた。
そして今、俺が待ち構えているのは、地球での記憶が蘇ったときに備えて。
俺が、この世界にどれだけ深く関われるのを「運」の数値で示したとしたなら、今回提示した「30億」は決して少ない数値ではない、と思う。
なぜなら、この世界の人々が持つ「運」の数値は100を超えることすら珍しいという話だったのだから。
ということは、俺に蘇るはずの記憶が、この世界に俺がどれだけ深く関われるのかどうかを示せば、地球への帰還の意思を少しでも反らせるかもしれない。
そう……正直俺は、分かっていた。
―――――――自分が怖がっていることを。
それでも……俺は自分の考えを曲げずに進むしかない。
(どうだ!!)
次の瞬間、何かが大きく抜けた感覚が身を襲った。
チラリとステータスを確認すると、運のステータスが30億減ったのが確認できた。
(どうだ……?)
《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》
大きく目を見開いてボードを見つめると、ボードに考え中のような黒点が横に流れ始めた。
(どうだ!!!!!)
俺は、訪れるであろう地球での記憶に翻弄されないように意識を強く持った。
――やがて
ピコンという機械音のような音が脳裏に聞こえると、ボードにメッセージが現れた。
《選択の時を開始します》
「え!?」
俺は、自分が想像していなかったメッセージに、思わず変な声を上げていた――――
――なぜ、俺の地球での記憶が蘇らない!?
――なぜ、突然、選択の時が始まるんだ!!!




