追憶(47)約束
「ルイ」
もう一度、俺の名を呼ぶ師匠は首を少し傾げて、いつもの優し気な笑みを浮かべていた。
「い、いつからそこにいたんですか……?」
【かんぱ】の声は俺にしか聞こえないけれど、俺は普通に喋っていた。
どこから、聞かれていたのか?
顔が赤くなるのが分かった。
(は、恥ずかしい……)
「ふふふ。『【きかん】と【てんせい】のスキルがどういったスキルなのかを教えてくれ』だったかしら?」
少しお茶目な感じを纏わせた目で俺を見つめる師匠。ペロッと舌を出しそうだ。
だが、師匠は逆にキリリとした表情で手を腰に当てた。
「『【てんせい】を使える対象に制限はあるのか?』」
「…………」
「『転生するタイミングは指定できるのか?』」
「…………」
俺の口調をまねし続ける師匠に、俺は黙って頭を下げることにした。
「…………す、すいません。もう、それぐらいで堪忍してください……」
「ふふふ。誰と喋っていたのかしら? かんぱ、という呼びかけが聞こえたようだけれど?」
どうやら、《選択の時》に質問していたときだけでなく、【かんぱ】と会話していたことも聞かれてしまったようだ。
俺は真っ赤になったまま、正直に説明することにした。
■□■□
「――――すごいわね、ルイ! アカシックレコードに接続できるスキルなんて、この世界の王族や皇帝が列を作って手を差し伸べるわよ?」
まあ、冗談で師匠が言っているのはわかる。目が笑っているし。
それに、王族や皇帝が手を差し伸べるはずがない。いや、手は出してくるか。捕縛するために。
(……それにしても)
俺の師匠と再会した感動のシチュエーションは、いったいどこにいってしまったのか、と首を横に傾げたくなったが、なんとか我慢した。
「――――で、あなたは『選択の時』を手にしたのね?」
突然師匠は、それまでの柔らかな笑みを引っ込めて、真面目な顔になって俺をまっすぐに見つめた。
「……はい」
「何を提示されたのかは、分かったわ。【きかん】と【てんせい】ね? 【てんせい】は魂が輪廻することを意味する転生でよかったかしら?」
俺は頷いた。
「それで……一応、確認したいのだけれど――ルイは、地球での記憶を取り戻して、なおかつ――――私をこの世界に留めるため、【てんせい】を選びたいと考えているのね?」
師匠の瞳は澄んでいた。全ての苦しみを引き受け、そしてその苦しみの中から俺を引っ張り上げてくれようとしている。
ただ……
「実は……記憶は取り戻さなかったんです」
「え? うそ……」
師匠の心底驚いたような顔を見るのは、初めてかもしれない。
「『選択の時』が示される前、俺の『運』のステータスを使うかどうかを聞かれ、俺は使うことにしました。【かんぱ】の説明では、運のステータスを献じたことで記憶を取り戻すことなく『選択の時』が提示されたのではないか、ということでした」
「そう……確かに『運』とは、幸運や不運を示す値ではなく、この世界とどれだけ関われるか、という数字だから、そういうこともあるのかもしれないわね」
どうやら師匠は、「運」の役割を知っていたようだ。
「ルイ、あなたはこの世界に認められた、いえ必要とされているようね」
「え?」
そして――
ふっと俺に近づいた師匠が、いきなり俺を抱きしめた。
「し、師匠?」
「ルイ。一つだけ言っておくわね」
「は、はい?」
「ルイは言っていたわね? 私がルイと同じ願い―――― 一緒にいたいという願いを持っているか分からないと」
「…………」
俺は少し青ざめ、次に頬が火照ったのがわかった。そういえば、あの時、テンパっていろんなことを言ってしまったんだ……
「ま、まさか……師匠?」
「ええ。ちゃんと聞かせてもらったわよ。『俺は……師匠に嫌われたくない。でも、師匠から離れたくない。師匠がもしも転生するなら、追いかけたい。でも、師匠からストーカーと思われたくない』えーっと、あとはなんだったっけ?……ふふふ」
抱きしめられたまま、師匠が笑い出したのがわかった俺は、なぜか涙が溢れてきた。
師匠が体を離して、正面から俺を見た。その目には大粒の涙が浮かんでいる。
「師匠……」
「馬鹿ね、ルイ。私も同じ。できうることなら、あなたと一緒にいたい、いえ一緒に暮らしたいと思っていた。でも、それを私が願うことが――あなたの前から消えることになる私がそれを願ってしまうと、あなたの心を決して切ることも触ることもできない透明な鎖で縛ることになると思っていたの。だから、この思いは胸にしまい込んでお別れするつもりだったのに…………」
そして――――
再び、師匠は俺をその胸にしっかりと抱きしめてくれた。
「ルイ。あなたが得られる【てんせい】のスキル、私に使ってちょうだい」
「師匠、それで……いいの?」
「ええ。あなたの言葉を聞いた、と言ったでしょう? 転生することで私の中からルイと過ごした日々の記憶が閉ざされるかもしれない。それでも、もう一度この世界でルイと共に生きることができるのなら…………この世界の神様はきっと、私の願いも聞き届けてくれるはず」
「師匠の願いって……」
だが、師匠は何も答えることはなかった。
でももちろん俺は、その答えが何なのかを知っていた……
師匠が優しく俺の頭を撫でてくれる。その手から、俺の中に温かな何かが流れ込んでくる。
俺は目を閉じた。
どれくらいの時間、師匠の温もりを感じ続けていたのだろうか?
ひとしきりの時間が過ぎた後、俺は小さな声で呟いた。
「師匠――――俺は必ず転生した師匠を見つける。もしも師匠の記憶が封印されていたなら、それも俺が必ず解いてみせる! 師匠、約束する!」
「ありがとう、ルイ」
気のせいか、師匠の声が僅かに震えているように感じた。
「ああ……こうして抱きしめるとあなたが大きく成長したのが分かる。たった一か月なのに……ルイ、きっと、あなたは無茶をしたのね」
「師匠?」
師匠は俺を抱きしめた手を離し、今度は宙へと浮かんだ。
「できれば、あなたの成長を確認したいところだけど、私にはもう魔力が残っていないのが残念だわ」
師匠を照らす月の光が、揺れたように見えた。
「ルイ。残された時間は多くはない。最後のレッスンを始めましょう」
「…………うん」
俺は、天女のような慈しみの笑みを浮かべる師匠を、ただ黙って見続けていた――――
■□■□
天頂に集まった三つの月が、ゆっくりと遠ざかり始めるころ――――
俺は、主が去ったトネリコの木に、跪いておでこを当てていた。
「うっ、うっ、うっ」
泣いてはいけない。
この別れは、永遠を示すものではない。いや、永遠を示させてはいけない!
師匠が――――ラヴィンが消えた島で俺は、ただトネリコの木に縋り付いていた…………




