追憶(3)元の世界に帰る?
「――――話は分かりました。じゃあ、そのスタンピードを防げれば、元の世界に帰してもらえるんですか?」
召喚士ブリュノの説明を聞き終えると、少女が尋ねた。
男女二人は友人なのか恋人なのか、あるいは兄弟姉妹なのか分からないが、知り合いのようだ。
そして、どうやら少女の方が主導権を握っているように見える。
「スタンピードを防げれば、元の世界に帰れるスキルが手に入る可能性がある」
(!? 待て待て待て!)
俺は目を大きく見開いた。
今の話は、勝手に呼んでおいて、自力で帰れと言っている。
少女も「なんですって!」と怒っている。
「じゃあ、スキルが手に入らなければ? 帰れないって、ことなの!!」
「手に入らなければな。だが、異世人は必要なスキルは自力で手に入れやすい。それに、今回発生するのは、上から二番目のベータランクのスタンピードだ。防ぐことができれば、異世人の其方たちなら、レベルも一気に200近くまで到達できるだろう。そこまでレベルが上がれば、スキルを手にするチャンスが10回近くあることになる。最初のスキルはレベル10に到達時、以降はレベル20ごとに一つのスキルが手に入るチャンスが生まれるからな。帰るスキルはほぼ間違いなく手に入れられるだろう」
少女はしばらくの間、召喚士ブリュノを睨んでいた。
「……なぜ、元の世界に帰ることができるスキルが間違いなく手に入ると言い切れるの?」
「それは、私が知る限りにおいて、過去の召喚で招いた異世人は、いずれも元の世界に帰ることができるスキルを手に入れる状況が生まれたからだ。だが、元の世界に帰った異世人は一人もいないことだけは教えておこう」
「それって……スキルを手にいれたけど、それを使う前に死んじゃった、ということじゃないんでしょうね?」
「まさか! そんなつまらぬ欺瞞で欺くことはせぬ。もちろん招いた異世人の中には目的を達する前に亡くなった者もおる。だが、目的を果たしてくれた異世人は、全員がこの世界で生きていくことを望んだのだ」
「でも、帰った人が一人もいないって、ちょっと変じゃない?」
「それは……おそらく、『魔素』が其方たちがいた世界にあるのかが分からないからだ。一部のスキルはまだしも、魔法は『魔素』がないと発動しないからな」
「使えるようになった魔法が、元の世界に戻ったら使えなくなるかもしれないから、戻らなかったってこと? 全員が全員?」
「その通り」
さらに――
「ちなみに、こうした召喚の儀式はこの大陸では定期的に行っておる。スタンピードは毎年、どこかで発生しているからな。だが、召喚した異世人の中で、こうした儀式で呼ばれたことを疑問に思った者は誰一人としておらん。どうやって自分たちを異世界に招いたのか、という疑問をぶつけてきた異世人の話は聞いたことがない。普通なら、いろいろ疑問を感じるものだと思うがな。其方はどうだ?」
少女はしばらくの間、唇を嚙んでいたが、やがて「分かったわ」と引き下がった。
(なるほど。帰れるスキルは、この世界に呼ばれた皆が手に入れたのか)
誰も帰らなかった理由については、今の話を聞けばなんとなく分かる。
この世界に呼ばれた人々の共通点として、異世界への転生や転移を望んでいる人、魔法やスキルが大好きな人ばかりが選ばれたのじゃないだろうか?
元の世界に強い執着心があるような人は、呼ばれないのだと思う。
もっとも、多くのシチュエーションを考えた場合、一人も帰ろうとしない、というのはどう考えてもおかしいように思うが……
例えば、元の世界に家族がいた場合、老いて死ぬ前に最後に息子や娘たちに会いたい、と願う人が一人ぐらいいてもいいように思う。
そう考えると、元の世界に戻れるスキルは手に入れたけれど、発動させるための魔力が足りないとか、数年に一度だけ特定の場所でしか発動しないとか、何かの条件が満たされていないから使いたくても使えなかったんじゃないかな?
そして、今、帰れるのかを尋ねたこの少女の様子を伺うと、帰れないことに対する怒りはすでに引っ込んでいるように見える。
たぶん、帰ることを希望していないんじゃないだろうか? 全員が帰らなかったことも、納得しているようだし。
異世界での生活に憧れることになるのか、あるいは一緒にいる男子が異世界に留まることを望んで一緒に残ることを決めるのかは分からないが、最終的に元の世界に戻る選択肢を選ばないから、彼女たちはこの世界に呼ばれたのだろう、と俺は思う。
ただおそらく少女は気がついていないようだが、さっきブリュノは「それは、私が知る限りにおいて、過去の召喚で招いた異世人は、いずれも元の世界に帰ることができるスキルを手に入れる状況が生まれたからだ」と言っていた。
必ずスキルが手に入った、のではなく、必ずスキルが手に入る状況が生まれたという言葉からは、元の世界に帰ることができるスキルを手に入れなかった異世人もいる、ということを現わしているのではないだろうか?
俺には、『嘘は言っていない。だが本当のことは伝えていない』という不都合な真実を隠すための方便にしか聞こえない。
とはいえ、必ず元の世界に帰ることができるスキルを手に入れる状況が生まれることは確かなようだ。
じゃあ、俺はどうなんだろう?
…………
…………
うん、少し考えてみたけれど、自分が誰なのかも思い出せない俺は、よほどのことがない限り、元の世界に戻るよりもこの世界で暮らすことを選択するような気がする。
なんせ、この世界の人が持たないような力が手に入れられる、という話だったし。
どんな力が手に入るのかは分からないが、異世界に興味があったり、憧れを持っていたりすれば、その力は魅力的と言える。
この世界の人たちでは手に負えないスタンピードを防げる特別な力だ。
だったら、底辺の暮らしということにはならないはずだ。
「では、他に質問はないかな? なければまずは、其方たちの力を確認させてもらおう」
力を確認?って、血を一滴、水晶に垂らすとかかな?という俺の考えは、甘かった。




