追憶(2)科学と魔法
この世界がファンタジーに溢れていることを知った俺は、心が浮き立つのを感じていた。
召喚士ブリュノが語ってくれたのは「其方たち、異世人の言葉で表現すると、この世界では『カガク』を『魔法』で代用している、らしいぞ」ということだった。
この世界では、「科学」という存在が認識されていない。
召喚により、異世界の人々を招いているので(いや、それは誘拐だろう、と思ったが何も言わない)、「科学」という言葉がが何を意味するのかは分かっていると言っていたが、それを実現する手段がどうやらないらしい。
代わりに、地球では「科学」を使ってできていたことが、この世界では「魔法」により実現できている。
地球では、石油や石炭などの化石燃料から生活資源の基盤が作られていた。
直近半世紀内では、太陽光や風力など再生可能エネルギーも加わったが、それらのエネルギーが地球の文明を発達させたのではない。エネルギーにより作られた「電気」が、地球の文明を発達、発展させてきたことは確かだろう。
だがこの世界では、人々の生活を「電気」で支えていない。支えているのは「魔力(魔素)」だ。「電気」が「魔力」に置き換わった、と考えれば良い。
明かりも「魔力」により作られるし、暖房や冷房も同じ。移動手段の特別な動力も「魔力」だという。
どうやら石油や石炭がこの世界では見つかっておらず、「魔素」から作られる「魔力」というエネルギーを基盤とした文明が構築されたようだ。
「魔素」が石油や原子力といった燃料で、「魔力」が燃料から作られた電気のようなイメージになるのだろうか? いや、「魔力」は人や魔物、魔獣の中にもあるようだから、「電気」とは少し違うか。
ただ、この世界の文明を支えているのが「魔力」であることは確かだと思う。
こんな感じの話を、召喚士ブリュノが教えてくれた。
たぶん、石油や石炭がなかったとしても、太陽光や風力なんかの「再生可能エネルギー」ならば、この世界でも利用できるはずだ。
太陽や月はあると言っていたし(月は3つあるようだが……)。
それに、石油や石炭に似た燃料も探せばあるんじゃないかな。もしかすると、ウランのような原子力エネルギーとして利用できる物質なんかも。
でも、生活を支えるエネルギーの基盤を、今さら魔力から他のものに置き換えることは、大いなる労力が必要になるから意味がないということなんだと思う。
地球でも、突然、「魔力」という新しいエネルギーが認識されたとしても、それを「電気」に置き換えて利用するためには、長い年月が必要になることは容易に想像できる。
それこそ、「魔力」が電線を通ってくれない限り、電柱、電線というインフラを全てとっかえる必要があるということだし、電気製品も全て交換しなければならない。不可能ではないが、無理だ。
それに魔物や魔獣も存在するこの世界では、その魔物たちに対抗するため、どうしても「魔法」が発達する必要があったようだ。
なおさら、「科学」が日の目を浴びることはない。
さっきの大陸間の移動が簡単ではないという理由も、距離だけじゃなく、海中や空中に存在している強い魔獣、ドラゴンとかの影響もあるらしい。
実際、「物理攻撃が無効となるドラゴンには、この世界に召喚された異世人により作られた銃やミサイルという武器が全く利かなかった」と言われればその強さも理解できる。
(というか、ドラゴン、いるんだ……)
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魔法が使えるなら「転移」で簡単に大陸間の移動ができそう、と思ったが、それができるのは極々限られた人だけで、文明の交流を常時行うレベルでは実現ができないとのことだった。「転移」の魔法は扱える人も少ないし、発動させる魔力も距離に比例して増えるから、日常使いはとてもできないそう。
なるほど。
確かに、電気が発達する以前の地球で考えれば、大陸間の移動は限られた中でしか行えていなかったはず。
大航海の時代だったっけ?
それも、たった数千キロでそうなのだから、月よりも遠い場所にある他の大陸との行き来は、たった一人か二人が「転移」の魔法でそれができたとしても、交流というレベルに落とし込むことは容易ではない、ということなのだろう。
さて、話は戻って――――
ここボクゥゲンス大陸の各国にある都市は、資源を排出してくれるダンジョンのそばに作られることが多く、ここルウェスト王国の王都も、近くに「西の白虎」というダンジョンがある。
ルウェスト王国は、ボクゥゲンス大陸の西に位置する王国。そして白い虎のような魔獣がボスとして鎮座しているダンジョンなので「西の白虎」という名前がついた。
ちなみに、ダンジョンの名前には、ボスの魔獣の種類とその地を示す言葉が使われることが多いようで、方角が使われているダンジョンは特に強力なダンジョンを示しているらしい。
他の有名ダンジョンの名前を尋ねたら、「東の青竜」「北の黒亀」「南の赤鳥」だった。
白虎、青龍、玄武、朱雀か……地球人が関わっているようにしか聞こえないのは考え過ぎか?
とりあえず、ダンジョンの名前は置いておくとして、各ダンジョン内の魔素が過剰滞留、一定の閾値を越えると、大量の魔獣を生成、それがダンジョン外に氾濫することをスタンピードと呼ぶ。
イメージ通りだ。
大陸内のダンジョンは、順繰りにスタンピードを発生させているのだが、今年は「西の白虎」ダンジョンがスタンピードを発生させてしまうようだ。
スタンピードはその規模により5段階に分かれるが、今回発生するのは上から二番目のレベルということが分かっている。レベルの名称は上から「アルファ」「ベータ」「ガンマ」「デルタ」「イプシロン」。
うん、間違いない。名付けたのは異世人――いや、地球人だな。
ちなみに、スタンピードが発生する時期や場所、レベルが分かる理由は、「予知」のスキルを持つ賢者や聖女などの助言によるものということだった。「予知」というスキルが、実際の生活の中でしっかり根付いているって、さすがファンタジー。
最強レベルの「アルファ」クラスのスタンピードは、魔獣たちの自然消滅を待つしかない災害だが、上から二番目レベルの「ベータ」クラスのスタンピードならまだ人が対応できるらしい。
スタンピードの自然消滅は発生から7日目。ただし、自然消滅の場合、魔獣たちは瘴気を残すことになる。瘴気は超強力な毒のようなもので分解されるまで発生した地は封印されることになるそうだ。
(瘴気とは放射性物質のようなもの? 半減期が数十年の……)
だから、スタンピードは自然消滅を待つのではなく、ダンジョンの外に出た魔物や魔獣たちを討伐する必要がある。討伐された魔物は瘴気は放出せずに、魔石を残してくれるので、討伐できるなら恩恵があるそうだ。
とはいえ、ベータレベルのスタンピードでも、この世界の人々の力では相当な脅威となるため、異能の力を有する異世人を異世界から招き、魔獣の退治を依頼しているという話だった。
さっきの、蝗害の話だな。
しかし、知らないうちに勝手に召喚される異世人からすれば、迷惑極まりない話ではある。
だが異世人は、この世界の人が持たない特殊なスキルを持っている。たぶん転移か転生の特典なのだろう。
そのスキルを使うことで、この世界のほぼ誰よりも、効果的、効率的な魔物や魔獣の討伐が行えるそうだ。
その異世人特有のスキルを使って、スタンピードを防いで欲しいというのが、召喚士ブリュノからの依頼だった。
いや違うか。正しく言えば命令だろう。
ブリュノはもっともらしく「依頼」と言っているけれど、召喚された俺たちからすれば、誘拐、監禁、強要で有罪が間違いない状況なので、どう考えても「依頼」ではなく「命令」、いや「脅迫」にしか聞こえない。
とはいえ、異世界が好きな者たちにとっては、「依頼」や「命令」「脅迫」ではなく、「チャンス」にしか聞こえないのも確かなようだ。
俺も――――「チャンス」に聞こえた一人だった。




