追憶(32)作戦
空がぼんやりと青い色を示し始めた明け方。
まだ、陽は昇っておらず、薄っすらとした肌寒さを感じる。
師匠が消えてから、俺は両ひざを抱えるようにして地面に座り、ずっと魔草原を見ていた。
気がつくと、昨日抜いたはずの魔草が元の高さで生えていた。
いつ生えたのか、どのように生えたのかを俺は見ていないが、ここはダンジョンだから、生えるのは一瞬だったのかもしれない。
俺は、ぼんやりとしながら、ただひたすら魔草原を見ていた。
(一晩をかけて、俺は何を考えていたのだろうか?)
いや、何かを考えていたんじゃないな。たぶん、長い長い夢を見ていたんじゃないだろうか?
しかし、俺の心が「それは違う」とその考えを強く否定していた。
(……分かっている)
起きたことは夢なんかじゃない。師匠が、一か月後に最後の時を迎えると告げたことも。
受け入れ難いことを分かった上で、俺は前に進むべきだ。いや、進まなきゃいけない。
何より起きたことを否定するだけでは、良い形で前に進むことは難しい。
その起きたことに対して、最善の方法を取るためには、肯定した上で検討する必要がある。
きっと、失うことの、いや喪うことの哀しさが俺の中で渦巻いていたのだろう。
だが、こうしていても、ただ時間が過ぎるだけであることを俺は分かっていた。そして、前に進むために何を考えなきゃいけないのかも。
(何ができる?)
そう、今必要なのは、俺に何ができるかを考えることだ。
正しく前に進むためには、辛いことも受け入れなければならない。
何より、まだ終わったわけじゃない。
そう、まだ始まったばかりだ。
俺は、明け方の冷たい風を浴びながら、頭をしっかり振った。
急激に意識が覚醒し始めたのが分かる。
(ふぅ……)
小さく息を吐くと、ゆっくりと、地平線の彼方に光の筋が走ったのが見えた。
日の出だ。
まぶしい少し黄色い光が、辺りを照らし始める。
陽光の熱が、冷たい風を吹き払うかのように俺の体にまとわりついたのが分かった。
身動きすることなく、俺はその目覚めの感覚に身を委ねていた――――
■□■□
俺は、昨夜からの出来事を反芻することにした。
まずは現状を把握して、そこから解決策を導き出すことが必要だろう。
最初に考えなければならないのは、師匠のこと。
師匠が「消滅する」と言ったのは、師匠の残る魔力が0になってしまったから。
師匠は姿が消える前に言っていた。
『一か月後の三つの月が満月で揃う夜に、私は目覚めるわ。残された時間は数時間になるけれど、その時間で、最後のレクチャーをするわね』と。
昨夜、一つの月が満月を迎えていた。この世界では、ちょうど30日ごとに一つずつ満月が増えるという話は、師匠に教えてもらった。
たぶん、一つの月の新月と満月の間隔が15日で、あとはその間隔が30日、45日と別れているのだろう。だから、三か月に一度だけ満月が揃う、ってことでいいのかな?
その三つの満月が揃う夜を迎える日、ちょうど一か月が師匠に残された時間。
その満月の夜に、師匠は休眠から目覚めて、俺に最後の授業をするつもりだ。そして、転移石で俺を「ユヌフェ大陸」に送り出してから、夜中にひっそりとこの世界に別れを告げようとしているのだろう。
そこまで考えた俺の心に、何かがムクムクと大きくなり始めた。
……じゃあ、俺はその30日間を、師匠を喪う哀しみにくれたまま過ごすのか?
チクリと心に何かが突き刺さった。
――否!!!!
違う! それだけは、絶対に違う!!
そうだ、逆に考えなきゃいけない。
あと30日しかないんじゃない。まだ、30日残されている、と考えるべきだ。時間にすれば約700時間以上ある。
(よし!)
その30日を使って、師匠をこの世界に留めておくための方法を探そう!!!
もちろん、その方法が何なのかは分からないし、その方法が存在するのかも分からない。
結局のところ、何をどうあがいても、師匠がこの世界から退場することは避けられないのかもしれないが、少なくともそれはまだ確定した事項として俺に突き付けられたわけじゃない。
だったら、それが存在することを信じて俺は突き進むべきだ。
(何をすべきなのか?)
すでに俺の中に腹案はあるが、他に何かないかを考えながら俺は立ち上がった。
■□■□
丘を上がると、頂上にはいつものように静かに木が立っていた。太陽の光に照らされた葉たちが、朝露を煌めかせている。
(トネリコの木、って師匠が言っていたっけ?)
俺の中の知識をさぐると、それは実際に地球で存在していた木ということが分かった。
日本でも、収穫した稲を天日干しするためにあぜ道に植えられていた樹木で、北欧神話においては、世界樹のモデルともなった「聖なる木」だ。
もっとも、地球のトネリコの木は、せいぜい高さは15メートルしかないし、幹もこんなに太くはない。
それでも、俺は目の前のトネリコの木に、確かに師匠の面影を感じることができた。
師匠が側にいるときは、そんなことを感じたことは一度もないが、いなくなって師匠の木に面影を感じたということは、それだけ俺は師匠に依存していたのかもしれない。
そっと、幹に手を触れる。
「師匠……」
目を閉じると、優しく爽やかな風が俺の体を吹き抜けていったように感じた。
やはり、師匠はここにいる。間違いなく。
(よし!)
俺がしようとしている「作戦」を見たら、師匠は怒るだろうか?
いつもなら100年間休眠していると言っていたけれど、その期間は周囲の出来事を認知することはなかったのだろうか?
分からない。
それでも俺は、休眠中、もしも俺の作戦を師匠が見たなら、「仕方ないわね、もう」と言って笑ってくれるように思えていた。
師匠が俺を大切に思うのと同じぐらい、いや、それ以上に俺が師匠を思っていることも分かってくれているはず。
俺が何を望んで作戦を始めたのかは、師匠なら分かってくれる。
俺は、作戦を実行するための準備を始めることにした。




