追憶(27)手の震え
「ルイ! 帰ってらっしゃい!」
「うん。もう少しだけ」
背後からかけられた声に、魔草を土の上に置きながら俺は答えた。もうこれで1時間はここで頑張っている。せめてあと2時間は様子をみたい。
空には厚い雲が広がっている。いずれ、雨が落ちてきそうな空模様だけれど、まだしばらくは大丈夫なはず。
でも……
「ルイ? 早く帰ってこないと――――今夜は、ニンジンのフルコースにしちゃうわよ!」
「ちょ、ちょ、師匠!」
俺は慌てて振り返り、そして師匠の元へと駆け出した。
師匠が「つうはん」で取り寄せてくれる地球で作られたニンジンの料理は、食べられないことはないが、できれば避けたい。
ニンジン、嫌い。
魔草原との境界線上で、いつものように師匠がガーデンチェアに座っている。
怒ってはいないようだから、たぶんニンジンは避けられるはず……
■□■□
俺は11歳になった。
ステータスのレベルは当初の目標にしていた5万はすでに越え、もうすぐ5万5千になろうとしている。
今のステータスはこう。
名前:ルイ
種別:人族(異世人)
年齢:11歳
性別:男
職業:■■■■
レベル:54,293
攻撃力:54,293
魔力 :54,293
防御力:54,293
精神力:54,293
運 :54,293
ステータスが全て同じ数字のせいがあるのか、自分ではピンときていないのだけれど、師匠に言わせると、ドラゴンを除けばこの世界でトップ100入りしたのは間違いないだろうとのことだった。
この世界で生き抜いていくために必要な知識も、4年間でしっかり勉強させてもらった。
スキルの数は、千を超えてからは数えることもしなくなった。今もステータスのレベル20たびに一つのスキルが増えている。そして、現在の数は、2,715。
ひらがなスキル以外は同じスキルがいくつも生えてきたせいか、目新しさはもうない。
生活スキルは1,300個ぐらい。うち、4分の3は重なったスキル。いずれ「譲渡」の特殊スキルや「じょうと」のひらがなスキルも生えるチャンスがあるだろうから、それが手に入ったら重なったスキルは上手く使えばいい、と師匠からは言われている。
約400種類の生活スキルの中で困ったのは、「房中術」。その直前に「防虫術」というスキルが生えたから、しばらく同じスキルだと思っていた。
もちろん、実践はしていない。というか、できるはずがない……
戦闘スキルは100個ぐらい。重なっているのを除くと、23種類の戦闘に関わるスキルを手に入れたことになる。
生えてきた順番に……
【剣術】、【格闘】、【槍術】、【弓術】、【投擲】、【体術】、【斧術】、【鎌術】、【棒術】、【杖術】、【棍術】、【鞭術】、【暗器術】、【糸術】、【爪術】、【狙撃】、【魔剣術】、【神剣術】、【蹴術】、【打撃術】、【頭突】、【護身術】、【降下術】の23。
だいたい、読めば効果は分かる。
【降下術】が生えたのは3年前だけれど、以降は重なったスキルしか生えてきていない。
なぜ、戦闘系のスキルが生えづらいのか?
師匠は、「ひらがなスキル」のせいかもしれないと言っていた。
「ひらがなスキル」は特別なスキルなので、その性質に引きずられていると師匠は考えているみたい。ほとんどが「生活スキル」か「補助スキル」だし。攻撃系のスキルが生えづらいのも仕方がないのかも。
それに、主に訓練しているのは「剣術」と「体術」だけだから、この二つが使えれば十分だと思っている。
防御スキルは約700個。重なったのを抜くと、150個ぐらい。
似たスキルが多いけれど、特化している方が効果が高いから使い分けると良いわよ、と言われている。
例えば、【障壁】が最初に生えた防御スキルだけれど、その後、【物理防御】【魔法防御】【呪い防御】【神聖防御】【隕石防御】といった具合に、いろいろな種類の防御スキルが生えた。
いずれも、効果は【障壁】と似た効果なのだけれど、極端に言うと隕石が落ちてきたとき、【障壁】【物理防御】とかでは完全に防ぎきれなくても、【隕石防御】の★5スキルなら完全に防ぐことができるそう。
身の回りを安全にできるなら、大歓迎。
最初のころに生えた【無効】のスキルも、魔力が増えた今、ようやく常時発動させられるようになった。
ちょっと、嬉しい。
特殊スキルは全部で約600。重なったのを抜くと100個ちょっと。
昔、欲しいと思っていたスキルの中で、【鑑定】は生えたけれど、【転移】や【蘇生】はまだ生えていない。
師匠の「つうはん」のスキルで、地球のライトノベル小説も手に入れてもらった。異世界の話の中には、役に立ちそうな話もあるからね。
読んでいて欲しくなったのは【創造】のように、この世界にない何かを作るスキル。
師匠も、今まで見たことがないそう。
ただ、仮にあったとしても、スキルを発動させるコストは、今の俺の5万を越えた魔力でも足りないかもしれないわよ、と言われた。
だから、「ひらがなスキル」で生えてくれないかと考えている。「ひらがなスキル」の魔力消費量は最大で1だから。
最後に「ひらがなスキル」は、意外と数が増えていない。
今のところ11。重なってはおらず、11種類ということ。
【ぷらすわん】、【しゅうのう】、【ぎそう】、【かいてき】、【げんごりかい】、【うんどう】、【かいしゅん】、【へんかん】、【かそく】、【てんき】、【あかり】の11。
ステータスレベル1,200までに【ぷらすわん】、【しゅうのう】、【ぎそう】、【かいてき】の4つが生えていたけれど、そこから5万以上レベルは上がったのに新しい「ひらがなスキル」が生えたのは7つだけだった。
師匠も、もっと生えてくると考えていたようだけれど……
まあ、いいか。
まず【げんごりかい】。そのままんま。「言語理解」。
普通のスキルでいうところの「言語理解」は★5になれば、会話だけでなく文字も理解できるようになるそう。
そして、「ひらがなスキル」の【げんごりかい】は、さらに上をいく。
魔獣との意思疎通、古代文明の遺跡に書かれた文字を読み解ける、といった具合に、★5レベルの「言語理解」スキルよりもワンランク上のことができるそうだ。
ただ、ひらがなスキルの【げんごりかい】は、あの召喚されたときに召喚士から魔法を使ってかけられた「翻訳」のように、第三者にかけることができない。その効果は俺にしか働ない。
この自分にしか働かないひらがなスキルは他にもある。
【ぷらすわん】【しゅうのう】【うんどう】【かいしゅん】なんかがそう。一方、【ぎそう】【かいてき】なんかは、他人にもその効果を及ぼすことができる。
師匠曰く、「きょうゆう」のようなひらがなスキルが生えれば、自分にしか働かないひらがなスキルを他者に効果をもたらせることができるかもしれないそうだ。
次に【うんどう】は、文字通り「運動」のこと。体の動きが良くなったぐらい?
【鑑定】は特殊スキルで生えたけれど、★5になっても「ひらがなスキル」の内容は読み取ることができない。師匠に「うんどう、って何ができるんですか?」って聞いたら「ふふふ。もう少し大きくなったら、たぶん分かるわよ」と言われた。
……まあ、いいか。
【かいしゅん】は、「回春」だった。つまり若返りができるスキル。
「まさか、不死になった?」と心配したら、「不死じゃないから大丈夫よ。元の地球も、そしてこの世界も、『始まりと終わり』は必ずセットであるのだから」と師匠に言われた。
単に若返りができる、というだけのようだ。「不老不死」という意味に等しいようだが、単に「不老」というだけのこと。「不死」ではない。例えば首を刎ねられれば命を奪われる。
俺は、「不死」が必ずしも幸せを呼ぶことがないことを知識で知っていた。
例えば、自分だけが生き残って、他の生き物全てがいなくなったら?
真の意味での「ひとりぼっち」が永遠と続くことが幸せだと思えない。というか、永遠の時を刻む中で、いつか気が狂う自信がある。
とにかく、「不死」じゃなくて安心した。
【へんかん】は「変換」、【かそく】は「加速」、【てんき】は「天気」、【あかり】は「灯り」を意味しているそう。
その中で俺が欲しかったのは【かそく】。
「特殊スキル」だったら★5で使うと魔力を大量に使用するところだったけれど、「ひらがなスキル」で生えてくれたので大喜びした。
なぜなら……
【しゅうのう】の「ひらがなスキル」とセットで使うと、強力な攻撃手段になると思っていたから。
例えば、爪先ほどの石ころを【しゅうのう】で「収納」してから、その石ころを【かそく】させるとどうなるのか?
【かそく】は「ひらがなスキル」だから、限りなく光速に近い速度まで加速させられる。その最大速度は時速10億キロ。
ということは、1~2センチの直径しかない石ころを、メガトン級以上の核爆弾クラスに変貌させることができる。ぶつかった瞬間に、プラズマ化させて爆発するので、よほど特殊なスキルをもたない限り、この世界で最強の生物、ドラゴンでも耐えられないのではないかと思っている。
もちろん、都市に落とせば地図上から消え去ることになる。
というか、俺の持つ知識で言うと、下手をすると、この巨大な惑星であっても10億キロの速度ならば消滅しかねないかもしれない。確か、物体が光速に近づけば近づくほど、その運動量は無限大に近づくはずだったし。
とにかく、難しいことは抜くにしろ、最強兵器を持てるようになったと言って良いだろう。
最大速度は絶対にダメだけれど、速度を時速1千万キロまで落とせば使えるはず。
いずれ、旅立つ前に確認しておきたい。
■□■□
さて……
魔草原で、のんびりと実験をして怒られてしまった俺は、師匠の前で小さくなっている。もちろん正座だ。
「ルイ。油断はダメといつも言っているでしょう?」
「うん、分かっているけど……」
俺が実験していたのは、魔草原の中を一定の広さだけ抜いて、その中に抜いた魔草を置いた場合に、魔力が奪われる範囲に変化が起きないのか、ということ。
抜くと魔草は死んだことになるけれど、それでも魔力に対して何らかの影響を与えているのではないかと思ったからだ。
いずれ、この島から出るとしても、師匠に会うため帰ってこなければならない。だから、魔草原を平然と渡れる方法を俺は知りたかった。
ステータスが5万を越えた今の俺が、50本の魔草を抜くのにかかる時間は数分。というか全力ならば1分以内で余裕だ。スポスポ抜ける。
そして、5万のステータスがあれば、今いる魔草原の周辺部で魔力が完全に奪われるまでの時間は130時間以上。約5日以上は大丈夫ということになる。
それに、魔力を全回復できるだけのポーションも【しゅうのう】に入れている。
もちろん、油断などしていない。
「でも、影響があったかどうかを見るためには、しばらく時間を過ごさないと比較が難しいんだ」
俺は、小さな声で師匠に反論してみた。
「魔草原は、特別な場所。そしてここはダンジョンなの。ルイが試したことは分かるけれど、それはどうしても必要なのかしら?」
「…………」
師匠からしてみると、俺が今試していることは、絶対に必要なこととは思えないのだろう。
だがここに帰ってくる方法を知りたいからとは、どうしても師匠に言うことができなかった。
師匠は、万が一を考え、そして俺のために言ってくれているのだから。
「どうしても試したければ、そうね…………魔草原から離れずに過ごす時間は1時間以内にしなさい」
「分かった……ごめんなさい」
「…………」
無言で微笑みながら俺の頭を優しく撫でてくれる師匠の手は、なぜか少し震えているかのように感じられた。




