追憶(20)心に刺さった針を握りしめて……
145日後。間もなく、5か月が過ぎようとしている。この世界は、一年が360日で12か月だから、一か月の日数は30日ちょうどだ。
あれから、順調に、そして平穏にステータスアップを続けている。
現在のレベルは15。
ようやく、一本の魔草を10日で抜けるようになった!
……まあ、まだ10日かかるのだけれど。
当初の予定よりも遅いが、 それでも、間違いなく進歩している。
そして、レベル10で得られたスキルは、やっぱり「剣術」だった。
そのつもりで訓練もしてきたのだが、あっさりし過ぎて面白味がない、と感じていたら……
なんと、剣術スキルの★も、魔草を一本抜くごとに一つずつ上がっていたのだ!
さすが「ぷらすわん」!
レベル14で、すでに剣術スキルの★は、マックスの5になった。
師匠は、スキルは★4で「名人」そして★5のマックスになると「神」「極」のようなもの、と言っていたが、今はその意味が良くわかる。
とにかく、意識することなく勝手に体が動いてくれる。
それこそ上下左右、前後に、剣技の死角が一切ない。
目隠しをした状態で、離れた場所から投げた師匠のナイフを、両断できたことは驚いた。スキルを使う、というイメージだけで動いてくれる。
もっとも、俺の魔力は15しかないから、剣術スキルの★5は、全力で使えないのだけれどね。
全力で使うには、魔力が最低でも1,000は必要らしい。その代わり、1,000の魔力で揮った★5の「剣術」スキルは、斬撃のように不可視の刃を飛ばすことができるそうだ。
★5の剣術スキルを全力で揮えば、Sクラスのドラゴンでも切り飛ばせるし、SSSクラスの魔獣でも傷ぐらいは負わせることができるらしい。
それに、魔力を10だけ使った★5の剣術スキルでも、師匠のナイフが両断できたぐらいだから、どれだけ優秀なのかが分かる。
ちなみに、「剣術」で放つ技に名前はない。そのスキルを使う人が勝手につけているそう。異世人が持ち込んだ「壱の型、●●●●」や、「霞切り」「空覇斬」とか、それっぽい名前をつける人が多いらしい。
まあ、まだ魔力が15しかない俺には、縁がない話か。
そして、俺の今のステータスは、こう。
名前:ルイ
種別:人族(異世人)
年齢:7歳
性別:男
職業:■■■■
レベル:15
攻撃力:15
魔力 :15
防御力:15
精神力:15
運 :15
スキル:ぷらすわん、剣術(★★★★★)
ふむ。
スキルが二つになったし、★が並んでいるので、それなりに見栄えが良くなったように感じるのは気のせいだろうか?
まあ、ステータスは全部15だから、本当はカスのようなものだけれど……ぐっすん
とにかく、泣いてばかりはいられない。
目標レベル1,000まで、残り985だ!
■□■□
師匠の修練は、とにかく厳しい。
修練を行っている場所は祠の前。
いつもは、俺を可愛がるように相手をしてくれる師匠だが、修練のときに限っては、一切甘えを見せることはないし、常に俺を限界に追い込んでくる。
おかげで、毎日の修練が終了後、俺はボロボロになっている。ホント文字通り、ボロボロ。
剣術の修練では、衣類は避け、体は裂かれて打たれて血まみれで、修練直後は事故にあったのか? というぐらいだ。
まあ、師匠は「治癒」のスキルを使えるし、いざとなればひらがなスキルの「なおす」というスキルも持っているそうで、腕や足がもげても治せるから平気と言われている。
まだステータスはゴミのような数値だが、俺の剣術スキルの成長が早いお陰なのか、今のところ腕や足をもがれたことはないが……
今日は、素手で格闘の修練を行った。格闘のスキルはまだ生えていない。次のレベル20のときに生えてくることを期待している。
師匠は、職業が芸術家で、見た目も麗しいのだが、戦闘スキルはいくつも持っていて、最低が★4.そして★5も多い。
格闘スキルも、師匠は★5だから、俺はボコボコにされている。
元の世界だったら、7歳児がこんな修練を受けていれば、間違いなく通報されているだろう。
「今日は、これぐらいにしておきましょう」
「あ、ありがとうございました」
何とか頑張って一礼した俺は、そのまま地面に倒れ込んだ。
殴られたのは、顔、体、一切関係なし。顔は赤く腫れあがっているし、腕は上がらない。たぶん折れている。体のそこら中が痛い。
仰向けになると、薄く茜色に染まった空が見えた。もう夕方の時間だ。黒く染まった雲がぽっかり浮かんでいる。
体は痛いが、それでも不思議と俺は満足感に満ちていた。
そんな俺の側にやってきた師匠が、「なおす」のひらがなスキルを使ってくれた。
師匠のスキルに反応した俺の体が、白く輝いて光が消えたら、ほら元通り。うん、凄いね。スキルの力って。痣だけでなく、痛みもきれいに消えている。
「今日は、随分と頑張ったわね」
「そ、そうですか?」
体は元に戻ったが、まだ、息が整わない。
「師匠が言ったじゃないですか。『この世界では、自分が守りたいものは自分で守らないとダメだ』って。だからです」
「そういえば、言ったわね、そんなこと」
少し遠くを見ながら師匠が小さく笑った。
「そうですよ」
日本なら、警察が行政が、個人の権利をある程度、守ったりしてくれていた。もちろん全てとはいかないけれど。
でも、この世界の「自己責任」という言葉は、文字通り「自分が行う全ては、自己の責任で」という意味になる。第三者が助けてくれることを期待してはいけない。
地球の西側諸国のような、選挙などで選ばれた人が導く共和制の国は、この世界ではごく僅かしか存在していない。
ほとんどの国が、国王や皇帝が全権を握る君主制で成り立っている。それも日本やイギリスのような、実権を君主ではなく議会が持つ、立憲君主制ではなく、法律よりも君主の意思が優先される絶対君主制だ。
だから、この世界では、より「自己責任」の意味合いが重くなる。
力が全てではないが、力がないと奪われることを防げないことがある。力があっても、力を使うことを躊躇うことで失うことがある。
力を持っていた師匠だが、地球にいた考え方で、力を揮わずにいたせいで何かを失ったらしい。
師匠が何を失ったのか聞いていないが、力を持つことも、そして力を揮うことも大切であることを俺に教えたいと言っていた。
そんな師匠の考えを聞いた上で、力を与えてもらえる修練に対して、辛いなんて言葉を使うのは、ただの愚か者だろう。
地面に倒れ込んでいる俺の横に、師匠が座った。
俺は起き上がった。
気持ちの良い風が、祠と木を通り過ぎていくのが分かる。
遠くを見ている師匠の髪が、その風に靡いていた。
どこか寂しく、そしてどこか愁いを含んだその表情は、俺の心をざわつかせる。たぶん師匠は、俺に告げていない何かを隠している。でも、俺はそれを聞くことができない。
もしかするとそれは、力を揮えずに失ってしまった何かを憂いているのだろうか……
チクリ
心に浅く刺さった針を、俺は心の中でギュッと握りしめ、そして女神か天女にしか見えない師匠のほんの僅かな翳りを帯びた表情を、黙ったままいつまでも見つめていた――――




