追憶(15)ずっと一緒に……
就寝は、なぜか師匠と一緒だった。
リビングの奥に寝室があって、大きなベットが置かれていた。
ちなみに、お風呂もトイレも別にある。俺の知識にあるものと同じ。トイレには温水洗浄便座もついていた。
外から見ると、ただの太い木にしか見えないのに、中の異空間はどれくらいの広さがあるのだろうか? もしかすると体育館ほどの広さがあったりして……
寝室も居心地がいい。
ふかふかのベットは、これもどうやら「つうはん」を使って取り寄せたようだ。とても心地よい。何より、隣にいる師匠の春の陽射しのような香りが、俺の心をほんのりと温めてくれている。
ちょっとした銭湯ぐらいの広さがありそうな豪華なお風呂にも、師匠に入れてもらったけど、心は成人のはずなのに、幼児の体は何も反応しないから助かる。
「――お風呂は自分で入れます」
「ふふふ。遠慮しなくていいのよ」
俺にも羞恥心があるはずだが、自分自身でも不思議なことに意外と受け入れていた。
どうやら俺の精神は、肉体の状況に大きく影響されているとしか思えない。考え方も、少し幼くなっているように思うのは気のせいだろうか?
「ねえ、師匠」
大きな枕に二人で頭を並べて寝る体勢に入ってから俺が小さな声で尋ねた。夜は、ひそひそ話の方が雰囲気がある。
「何?」
「今の師匠って、この木なんでしょう?」
「そうよ」
「そして、師匠は本体――木が作り出した幻影のようなものですよね?」
「ええ」
「なぜ、俺は師匠に触れることができるんですか?」
「ああ、それはスキルの力よ。『じったい』というひらがなスキルを持っているから、それを使っているの。私もルイに触れることができるのは、とても嬉しいから」
「嬉しい?」
「ふふふ。私がスキルの誓約によって、この木になってからもう幾千年の年月が経ったわ」
「…………」
「この島は、人が訪れることができない島。もちろん、祠に誰かが転移してきたことは何度かあったけれど、どれだけ私が慎重にアプローチしても、私の姿を見た瞬間、全員が悲鳴を上げて魔草原に向けて走り出したわ」
それは仕方がない。どういう理由でこの島に転移してきたのかは、人それぞれだろうけれど、見知らぬ場所に飛ばされて、恐怖の中で突然、話しかけられたらびっくりする。しかも、師匠は空中に浮いていた。モノノ怪と思われても仕方がないんじゃないだろうか?
俺も、飛び上がってしまったし。あの時は、心臓が止まりそうだった。
俺が逃げ出さなかったのは、たまたまだ。腰を抜かしたわけではないが、動けなかったから逃げ出さなかっただけ。
「追いかけたりしたことはないんですか?」
「この私の体は魔力で作られた思念体のようなものだから、魔草原の中に入ると、あっという間に消えてしまうの」
そうか。魔力が乱される魔草原は、師匠が作る思念体でも超えることができないのか。
ただ……
ということは、師匠はこの島で幾千年の時間を孤独に過ごしてきた、ということだ。
俺の思いが表情に現れていたのかもしれない。そんな俺の考えを読んだかのように師匠は小さく首を横に振った。
「私はずっと独りぼっちだったけれど、ほとんどの時間は寝ていたのよ。ルイのイメージで言えば冬眠、休眠といった感じかしら。百年に一度目覚めて、一か月ぐらいを過ごしてまた寝る、という生活を続けていたの。だから実際に起きていた時間は、そうねトータルで10年ぐらいかしら?」
なるほど。10年しか起きていないなら師匠は、本当は若いのかもしれない。
(いや? ちょっと待てよ!)
俺は、師匠が今言った言葉に、戸惑いを覚えていた。
「え? じゃあ……あと一か月しか師匠と一緒にいれないの?」
「大丈夫よ、ルイ。あなたが独り立ちできるまでは、もう休眠しないから。あ、夜は一緒に寝るけれどね。ちゃんと朝になったら起きるわ」
優しく笑う師匠を見た俺は、反射的に縋り付いてしまった。
心に温かな何かがしみ込んでくるのが分かる。
この世界に来てまだ一日が終わっていないけれど、目まぐるしく幸不幸が入れ替わる経験をした。そして、俺は師匠に会えて本当に幸運だった。この幸運には深く感謝して、俺から離れないように願っておかなければ。
師匠が俺の頭を優しく撫でてくれた。
「――ルイが私を受け入れてくれたことは、あなたが想像している以上に私にとっても嬉しいことなのよ」
師匠の言葉に、俺は顔をぐりぐりと師匠の体に埋めた。
嬉しい、と言いたいのは俺の方だ。
「私もルイから温もりをもらっている。この温もりはもう二度と手にすることができないと諦めていたわ。私がこの世界に来た時から……いえ、昔の話は今はやめておきましょう。ルイ。だから、これからも一緒に頑張りましょうね」
「ずっと?」
「ええ。ずっとよ。ルイがこの世界で暮らせるようになるまで、ちゃんと私が面倒を見てあげるわよ」
「……うん」
そして頭を撫でてくれる師匠の手から伝わる温かさを感じながら、俺はいつしか眠りについてた――
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二日目。
朝食を摂りながら、師匠と話し合って、これからの修行のパターンを決めた。
師匠は、ステータスのアップだけでなく、この世界で生きていくための知識も俺に持って欲しいようだ。朝は2クール、そして午後から3クールの「魔草抜きチャンレジ」を行い、他の時間は学校のように授業を行ってくれる、ということになった。
魔草抜きチャレンジの当初の目標は1クールにつき一時間で20回。クール間のインターバルは30分。1日の合計で100回を目指すことになった。
授業はこの世界のことを教えてくれるだけでなく、この世界で戦うために必要な、剣術や格闘の修行も行ってくれるそう。
そして午前中。
まずは1クール目の「魔草抜き」。
昨日、赤い輪をつけた魔草を見ると、特に弱った様子はない。
風に揺れている姿が、心なしか、俺をあざ笑っているかのように思える。
くそっ
「ふふふ。男の子ね、ルイは。ほら、一回目よ」
どうやら師匠には、俺が何を思ったのかお見通しのようだ。
ちょっと恥ずかしい。
これ以上、顔には出さないように気を付けながら、短く「ルイ、行きます!」と、知識の中にあったアニメの主人公のように叫んでから、俺は駆け出した。




