追憶(14)俺って、雑魚だったのか…
「無理、無理、無理、絶対無理!!」
師匠の、涼やかな声で唱える30秒のカウントダウンを聞きながら魔草を引っ張り終えた俺は、急いで師匠の元へと走って戻る。そして、魔力ポーションを口にしてから倒れ込んだ。
ちらりと魔草原を見ると、目印で魔草にひっかけた赤い輪が、ゆらゆらと揺れている。
『ふっ……甘い!』
俺は、魔草にフン!と嘲笑われたような気がした。
師匠も少し笑っている。
「ほら、大変だったでしょう?」
大変、という言葉じゃ表現できない。
心臓がバクバクしてる。
息が切れている。
手に力が入らない。
なんで俺はさっき、1分簡に1回、休みなく魔草を引っ張り続けることができるなんて思ったのだろうか……
無理だ。無理。
魔草を引っ張ってみたが、あれは草じゃない。
俺の知識で、昔話の中に同じようなものがある。
それは――大きなカブ。
甘く大きく育ったカブを抜こうとしたおじいさん。でも根がしっかり張ったのか抜けない。そこで、今度はおばあさんが後ろからおじいさんを引っ張るけど抜けない。次に孫が、犬が、猫がと続いて、最後にネズミが猫を引っ張ってようやく抜けた、という話だ。
小学生の教科書に載っているという知識が浮かんでくる。
イメージは、そんな感じだろうか?
カブは創作の話だが、「抜くことができない」という部分は、魔草も同じだった。
とにかく、魔草は引っ張っても、ビクともしない。本当に抜けるのかが疑わしいぐらい、ビクともしない。
ぐるぐるしながら引っ張っても、根の部分が僅かでも緩くなることが一切なかった。
まるで、コンクリートに埋められた縄を引っ張っているような感じだ。
魔草が埋まった地面に力が伝わる感じが一切しない。
そして魔草が縄と違うのは、草自体が頑丈なこと。魔草の先端部分を握って引っ張ったのだけれど、千切れる様子もない。
草? 違うね、あれは。鎖だ。それも鉄で作られた鎖としか思えない。
30秒間、全力で引っ張ってみたが、肩が、腕が、手が、腰がボロボロになった感じしかしなかった。
しかも、たった10メートルとはいえ、7歳のこの体では全力疾走も疲れる。
甘く考えていた。
(一時間に20回?)
師匠の目標は、高かった。全然、低くなかった。
無理。
確かに、10分で1回、一時間で6回出来れば御の字に思える。
(一日12時間?)
間違いなく死ぬ。
7歳児に、こんな労力をかけさせるのは労働基準法に違反するはずだ。
と、どうでもいいことを考えながら、俺はスーハ―、スーハ―言いながら、必死に息を整えていた。
「どうするの? 諦める?」
「……が、頑張ります」
もちろん、諦めるという選択肢は俺にはない。
――――五分後。俺は再び走り出した。
■□■□
一日目が終了。
というか、今日の実践は2時間だけ。この島にやってきたのは、すでに午後だったからね。
2時間でチャレンジできた回数は、全部で21回。一時間に20回すら達成できなかった。
20回? 無理。6分間に一回しかできなかったが十分だったとしか思えない。
それでも師匠からは褒められた。頑張ったと。
(いったいどれくらいのダメージを与えられたのかな?)
疑問に思った俺が師匠に尋ねたら――
「そうね……1%ぐらい、かしら?」
当初の魔草討伐に至る師匠想定は、抜けるまでに1,400回だったから、21回÷1,400回で1.5%。想定通りか。
「そういえば、ダメージ量って分かるんですか?」
確か、ステータスを見たときに、HPのような数値はなかったはず。相手を倒すまでのダメージ量はどこで見ているのだろう?
「ああ、魔草は簡単なのよ。引っこ抜こうとしてダメージが加わると、魔草の場合、防御力が少しずつ減るから、それを見ているのよ」
防御力を見ているって、1,400回の攻撃でようやくゼロになると仮定すると、俺のダメージが1回につき1与えているとして、防御力は1,400か。
「魔草って、ずいぶんと防御力が高いんですね」
「え?」
「1,400回の攻撃で倒せるとしたら、俺が毎回1与えたとして、最低1,400ってことですよね。防御力は、強者と言われるレベルに達している、ということですよね?」
「違うわ」
「え?」
「魔草の防御力は、ステータスで見ると10ぐらいかしら」
「10しかないんですか? 俺の攻撃力は4あったと思うんですけれど……」
「攻撃力の数値が防御力の数値をそのまま減らすわけじゃないから。ルイが引っこ抜こうと頑張って与えているダメージだと、一度のチャレンジで魔草の防御力を0.0007ぐらい減らせるのかしら?」
「え? 小数点、ってあるんですか?」
「あるわ。私のひらがなスキルの『かんてい』なら100万分の1まで表示されるの」
0.0007のダメージって……俺って雑魚だったのか……
ふん。まあ、知ってたけど? それが何か?
■□■□
夜。
「さあ、ちゃんと食べないと大きくなれないわよ」
夕食は、師匠が「つうはん」のひらがなスキルで食事を用意して(買ってきて)くれた。
ちなみに師匠は、いわば思念体のようなものだから、食事はとらなくても良いそうだ。
「えーっと……」
「栄養バランスは、バッチリだから残さず食べてね」
俺の目の前に並んでいるのは、一言で言えば「定食」。
ご飯に味噌汁、アジの焼き物、ほうれん草のお浸し、そして漬物。和定食だ。
テーブルの反対側で、師匠がニコニコしながら俺を見ている。
この場所は、近くに水もないし、食べ物があるようには思えなかったから、食事はどうするのかと思っていたけれど、修行が終わって部屋に戻ると、師匠が「ご飯は地球から取り寄せるから大丈夫よ。リクエストは何かある?」と聞かれたので、「お任せします」と言ったことを少し後悔している。
いや、和食が嫌い、というわけではない。
だがこの、俺の知識で「昭和の食事」という言葉が出てくるような配膳は、俺の日常の中にはなかったようだ。
俺の食に関する知識は洋食の方が多かったし。
デリバリーで和食が登場するイメージはゼロ。そう思うと、成人はしていたはずだが、現代っ子だったのかもしれない。
肉が食いたい。
「――師匠、俺って子どもですよね?」
「見た目は、でしょう?」
ぐっ……
「まさか、オムライスやハンバーグ、あるいは旗が立ったお子様定食の方が良かったのかしら?」
ぐっ…………
「……いいえ」
「好き嫌いは――ダメよ」
「は、はい」
師匠から、妙な迫力を感じてしまった
もしかすると師匠は、俺がいた令和の時代ではなく、昭和や大正からこの世界に来たのかも……
すると――なぜか、師匠からの視線の温度が下がったように感じた。
俺の額に、冷たい汗の粒が現れた。
(まずい! 俺の表情に何か現れたのか?)
ツー
汗が頬に伝う。女性に、年齢に関わることは禁忌のようだ。
俺は、鉛のように重くなった腕を必死に持ち上げて、食事を始めた。
「ふふふ。偉いわね」
もぐもぐ
まあ……美味しいのは確かかも。




