建物の地下へ
「よし、入ろう。誰もいない」
壁からそっと顔を出して様子を伺った俺が、後ろにいる二人に手を前に振る。
建物の入り口は解放されているが、街からつながるゲートも含めて、見渡せる範囲に人の姿はなかった。
これは、この中にある迷宮が「特級」だからだ。
ここ、ダークエルフ族の国であるスヴァルタルにおいて、「特級迷宮」に入場するためには、ステータスのどれか一つでも5,000以上あることが必要だ。
ステータスレベルで言うと200~300以上は必要になる。冒険者ランクで言うとSSランク以上か。
つまり、ダークエルフたちの中でこの特級迷宮に入場する資格を有する者は、いても数百名だろう。いや、もしかすると100名もいないかもしれない。
何より、この特級迷宮で出現する魔獣は、最高難度がSSSランク。ステータスは10,000を越えることになるから、よほど有用なスキルを持たない限り、5,000のステータスでは戦えない。ということは、より入場できる者が選ばれるということになる。
もちろん、ダークエルフ族以外は事前に国の許可を得ていることが必要になるから、この迷宮は事実上、過疎っている迷宮ということだ。
まあ、だからこそ俺はここを選んだんだけれどね。
人が混雑している迷宮では、隠れてレベリングすることは難しい。
とにかく、このエァフズマイズ迷宮は、俺の記憶していた通りの状況のままであることが分かって、少しホッとした。
「ねえ、ルイ」
「何?」
「ルイのスキルで私たちは、誰にも見られることがないのよね?」
「うん」
「こんな風に、こそこそ身を隠しながら移動する必要なんてないんじゃない?」
「まあね」
でも、これは大切なことだ。
たぶん、セシリアは分かっていない。
誰かの視界に入りながら、気づかれずに動くことがどれだけ大変なのかを。
それに……
「じゃあ、一応、これから堂々と歩こうと思うけれど、一つだけ意識しておいて欲しい」
「何を?」
「誰かの視線がこっちを向いていると思っても、絶対に声を出さないこと。できれば急に動くのもやめた方がいい」
「……わかった」
シヴァニは黙って頷いている。
まあ、一回経験しておけば、こっそり動く方が精神的に楽なことが分かってもらえるだろう。
「ここからは、喋らないように気を付けて」
そして俺たちは、建物に入った。
■□■□
「ごめんなさい、ルイ。隠れて移動するわけが分かったわ」
セシリアが少しシュンとしている。
「オレも……」
シヴァニも同じ意見のようだ。
まあ、それも仕方がない。
建物に入って、地下への階段を降りようとしたとき、階段を上がってくる人と出会った。
階段を上がる時、多くの人は下を見ずに上を見るだろう。剣を腰に差していたところをみると、たぶん警備関係の人だ。上を見ながら階段を上ってくるその人の視線の先に自分の姿があったら、どうなるのか?
セシリアもシヴァニも完全に固まってしまっていた。
『【転移】!』
無言のまま、二人の肩に手を置いてから【転移】スキルをこっそりと発動させる。
「あっ!」
警備員が歩いていた場所の先、階段の踊り場に転移するとシヴァニが小さく声を上げて慌てて口を手で塞いでいた。だが、どうやら警備の人のコツコツという足音に紛れたようで気づかれなかった。よかった。
でもどうやらこれで、実体験で、【かくれる】のリスクは分かってもらえただろう。
人の視線の先に自分の姿があれば、どうしても自分を見ているという感覚に捉われてしまう。そして、見つかってはダメだという意識がそこにあれば、多くの人はその視線を受けて「見つかってしまった!」という感覚を覚える。
それが、二人が身を固まらせてしまった理由だ。
俺たちがお互いの姿を視認できていなければ、視線の先に自分がいても「見られていない」という自覚が得られやすいのだが……
まあ、致命的な失敗をせずに学習できたことは良しとしておこう。
「じゃあ、分かってもらえたということで、ここからは身を隠しながらいこう」
「「はい」」
小声の素直な返事が返って来た。
よしよし。
■□■□
「随分と深いところにあるのね」
「まあね」
「ここが火口の一番下なのかしら?」
「うん、火口底、だったかな。確か」
階段を降りたところで、セシリアが囁いた。俺も小声で答える。
この建物は、迷宮の入り口を囲うように作られている。入り口は、火口の底にできた穴の中にあった。そこを塞ぐように建てられている。
階段を降りたのは5階分。
幸い、あれから誰も階段を上ってきていない。もちろん、降りる人も。
ゴースト系の魔獣が溢れる迷宮のせいか、ヒュー、ゴォーといった微かな音が辺りに響いていた。まあ、そのおかげで俺たちの足音も小声も打ち消されているのだけどね。
階段を降り切った先は、50メートル四方はあろうかという広い部屋だった。
高さも10メートルはあるだろう。
中央には岩型の入り口がポツンとある。
高さが5メートルほどある岩に幅が2メートル、高さが3メートルほどの穴が開いており、そこから地下に向かう階段がチラリと見えた。
穴の両脇には警備員がこちらを向いて立っている。
そして、階段を降りた右側には人の気配が感じられる部屋があった。警備員の部屋だ。【まっぷ】で確認すると、5名の人員がいる。
俺たちは、そっと左側のロッカーのようなものが何列かに並んでいる場所へと向かった。
盾や武器も並べられているから、スタンピードが起きた時や非常時の対策なのだろう。
俺たちは、そのロッカーの裏側に潜む。警備員のいる部屋からは、視界も遮られているから落ち着いていられる。
「師匠、あれが、迷宮の入り口?」
「そう」
シヴァニに俺は頷いた。
迷宮の多くは、地下型だ。
そのため、入り口は岩をくり抜かれたような感じのことが多い。
不思議なのは、スタンピードの時に、その入り口の大きさよりもサイズが大きい魔獣が現れることだが…………入り口が破壊されることがないことは、迷宮自体が異次元のようなものだから、深く考えない方が良いのかもしれない。
「入り口は、誰かが入ると何かが反応するような仕掛けはないから、ここは頑張って堂々と入ろう」
シヴァニの顔が少しだけ引きつった。
さっきの階段のことを思い出したのだろう。
「たぶん、動きづらいと思うから、先頭で俺が歩くよ。俺の後ろがヴァニ、最後方はセシリアの順番で」
二人が頷く。
「迷宮の中に入れば、俺がスキルを使って誰がどこにいるのかを調べるから」
迷宮の外から中の様子は、俺がスキルを使っても探ることはできない。だからいったん中に入ってしまえば、何をしようと外からは誰にも気がつかれない。あとは自由だ。
そしてこの迷宮は、昔、攻略したことがあるから【まっぷ】が使える。どこに人がいるのかはすぐに分かるから、会わないように避けることもできる。
「師匠、何階層まで行くんですか?」
「そうだな……最初は2階層で。慣れてきたら、だいたい20階層までの間で、前後の階層を含めて人がいないところを目指そうかな」
「は、はい」
今のシヴァニのレベルだと2階層でも厳しいが、半日も頑張れば、下の階層へ潜れる力はつけられるはず。
「よし、向かおうか」
「「はい」」
俺は二人を後ろに連れて、ゆっくりと、そして堂々と、迷宮の入口へ向かうために足を踏み出した。




