美学……?
火口を降りる斜面には、階段が設けられている。
東西南北の4カ所にあるその階段は、斜面に沿って削られて作られていた。
他の三カ所の階段にも人の姿は見えない。
階段を見下ろしながらセシリアが尋ねてきた。
「この階段って、あまり使われていないのかしら」
「うん。あの街には山肌をくり抜いたトンネルから入れるからね。この四カ所の階段は非常階段って感じかな」
「普段使われないから、こんな危なそうな感じなのね」
火口の四カ所に設けられている階段は、シースルー階段だから踏板しかない。手すりがついておらず階段の幅は一メートルほどだからよそ見をして歩いていると、落下しかねない。高所恐怖症の人なら降りるのは難しいだろう。
火口までの高さは3ヤド(300メートル)はある。垂直ではなく少し斜面にはなっているが、それでも高さがある中で落下したら、地面まで一直線だろう。俺とセシリアはステータスの関係で大丈夫だけれど、シヴァニはさすがに危ない。
「これから【かくれる】のスキルをかけるけれど、お互いの姿は見えるようにするから落ちないように気をつけて」
シヴァニが、うんうんと首を縦に振っている。
言葉が出ないのかな? 目もちょっと揺れ動いているから、もしかして高さが苦手?
【かくれる】のスキルをかけると、お互いの姿も確認できなくなるので、長い階段を降りるのには適さない。もちろん【まもる】は全員にかけておくけれど、余計なハプニングは避けた方が良い。
なので俺は、【さがす】のひらがなスキルも一緒に発動させておいた。このスキルを使えば、探したい何かがどこにあるのかを認識することができる。【かくれる】よりも強めにスキルを発動させたので、対象をしっかり視認できる。対象は、物や人など物体であれば何でもOK。
【ついせき】も相手の座標を認識するのだけれど、相手の姿までは視認できない。一方、【さがす】は原則として視認できる範囲が対象となるけれど、今回のように、複数人の仲間に【かくれる】を同時にかけた場合には便利に使える。
注意点があるとすれば、第三者と相対したときに、【かくれる】のスキルを発動中の者は見つからないことを意識しておく必要があることか。相手に見えていないのに、それを忘れて反射的に慌てて動くと、何かにぶつかったりするからね。
それと、シヴァニには【れいせい】のひらがなスキルをかけておこう。漢字で書くと「冷静」。たぶん、これで高さにも動じなくなるはず。
一通りのスキルを全員にかけてから、火口へ向かう階段を、先頭がセシリア、真ん中がシヴァニ、そして後方が俺と言う順番で降り始めた。
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「師匠、オレがエァフズマイズ迷宮に潜っても、本当に大丈夫ですか?」
階段を降りながら、シヴァニが一瞬ちらりと振り返り俺に尋ねてきた。
セシリアは勇者だけあって、もともと高さには平気なようだったけれど、シヴァニも落ち着きを取り戻している。【れいせい】のスキルが効果を発揮してくれたようだ。
俺はシヴァニに向かって手を横に振った。
「大丈夫、大丈夫」
「でもでも、低い階層から、SSランクの魔獣も現れると聞いています」
「うん。デスロードとかエルダーリッチとかいるよ」
「え?」
立ち止まったシヴァニの顔が引きつるのが分かった。
「大丈夫、大丈夫」
さっきと同じ言葉をかけるが、心配そうな表情で俺を見ている。
「デスロードもエルダーリッチも、各ステータスは10,000台しかないし。俺のスキルで、防御力と精神力は何倍にもできるから大丈夫。それに、今も使っているけれど【まもる】のスキルもかけておくから」
シヴァニのステータスは、防御力が991しかないけれど、精神力は2,016だから、【ふやす】のひらがなスキルを使って50倍ぐらいにステータスを上げれば心配ない。
ゴースト系の魔獣の攻撃から身を守るためには、精神力が重要だからね。
「え? え?」
「うん、うん。『え?』としか言えないわよね。分かるわ、その気持ち」
クエスチョンマークをいくつも頭の上に浮かべたシヴァニに、なぜかセシリアが頷いている。
「だから……ルイの言うことは、話100倍で聞いておくと、ちょうどよい感じになるかもしれないわよ」
セシリアが、何か無茶なことを言っているが、俺は聞かない振りをすることにした。
「ほらほら。とにかく急ごう」
そっと迷宮に潜るだけれだから急ぐ必要はないのだけれど、どんどん話が横道に逸れそうになっていることが分かった俺は、立ち止まったまま驚いているシヴァニと何かを達観したかのような表情を浮かべているセシリアに、先を急ぐよう促した。
渋々、階段を降り始める二人。
安全係数を無理なく一万倍に上げられるとするなら、最大限で利用するのが美学のはず。どうやらこの二人には、その美学が上手く伝わらないようだ。解せぬ。
■□■□
階段を降りると灰色の地面が広がり、中央にポツンと三階建ての建物が建っているのが見える。
建物の向こうは高い防壁が視界の限りそびえ立っている。
火口の上から見た風景とは違い、距離がまだあるにも関わらず防壁は巨大な圧を持っていた。
建物の中に入るための入り口は、防壁側――街並みがある方に設けられている。
何もない開けた場所でポツンと立っている俺たちの姿は、たぶん上空から俯瞰したなら、スクリーンのワンショットのような光景だったに違いない。
「誰も警備の人がいないようだけれど……」
セシリアが、少し警戒しながら見ている。
「ああ、こっち側はスキルを使って見張っているからね。人の目は向いていないんだ。もしも誰かがこっちを見てても【かくれる】のスキルを使っているから、監視用のスキルを含めて、見つかることはないかな」
「ちょっと、不思議ね。私たちが見ているこの姿が、他の人からは見えないなんて」
「慣れるまでは、誰かを見かけた時、つい隠れたくなるから。あと、音や声は隠せていないから、それだけは気を付けるように」
「わかったわ」
「シヴァニは大丈夫?」
「お、オレは大丈夫、、です」
「よし、じゃあ向かおうか」
「「はい」」
そして、俺たちは荒涼な風景の中にポツンと立つ建物に向かって歩き始めた。




