エァフズ山
少しの間、感傷に浸ってしまった。
何も聞かずに、黙って見ていてくれた二人には感謝かな。
「よし……じゃあ、向かおうか?」
「エァフズマイズ迷宮に直接行くんですか?」
シヴァニの顔色が少し悪い。
「ははは。直接じゃないよ、さずがに。ちょっと離れた場所に向かうから」
エァフズマイズ迷宮は、特級迷宮だ。入り口は管理局建物の中にある。
入場資格を持つ者は限らて多くはないから、迷宮街アンラビのような大きな街が側にあるわけじゃないけれど、それでも冒険者ランクが高い者たちが集まるので、小さな街も形成されている。
今回は、正式に迷宮に入場するんじゃないから、人目にはつきたくない。
それにシヴァニも、会いたくない人がいるのかもしれない。
「まずは、エァフズ山に転移して、そこからこっそり迷宮に向かおうと思っている」
「そ、そうですか……」
「うん、スキルを使うし、誰にも会わずに迷宮に入ること自体は難しくないから大丈夫」
そして俺は、平然としているセシリアと、まだ少しきょどっているシヴァニの手を取り、スキルを発動させた。
「【転移】!」
■□■□
二人と手を繋いで【転移】スキルで向かった先は、モノクロの山肌が一面に見える山の中腹だった。見下ろせば麓には木々が見えるが、山肌に草肌は生えておらず、岩と砂しかない。
「エァフズ山……? 本当に?」
突然、光景が切り替わったことに驚いたシヴァニが、しばらくの間、辺りを見渡してからポツリと呟いた。
「うん、ここなら人目につくことがないからね」
エァフズマイズ迷宮は、ここエァフズ山の火口にある。
エァフズ山は休火山か死火山だ。溶岩が火口にはない。この世界では、科学が発達していないから詳しい理由は分からないけれど、迷宮の入り口が火口にあるにも関わらず、噴火の恐れはないと考えられているようだ。
もしかすると、迷宮自体が蓋のようにマグマを抑えているのかもしれない。
かわりに、エァフズ山の山肌は草木が生えない不毛の斜面が広がっている。
火口へ向かう街道は、ちょうど反対側なので、ここから見える山の風景は侘しさが溢れているといって良いかもしれない。
迷宮が出現する前は、エァフズ山は活火山だったから何度も噴火していたそうだ。
この侘しい山肌もその名残らしい。
もっとも、迷宮が出現してから何千年も経つのに草木が生えないのは、俺からすると活火山の名残と言うより、迷宮が影響している方が強いように思う。
そして――――どうやら、まだピンと来ていないのか、シヴァニは固まったままだ。
セシリアは、特に動揺した素振りも見せずに辺りを見渡している。彼女は、何度か経験したから【転移】には慣れたようだ。そして、俺に尋ねてきた。
「迷宮って、どのあたりにあるの?」
「山頂に大きな火口があって、その底の部分に迷宮の入り口があるんだ」
俺は、山頂を指差した。
「じゃあ、迷宮は火山の中ってこと?」
「ううん、ここは活火山じゃないから、中はマグマが溢れているようなことはないよ。迷宮の中は、どちらかというと、廃棄された古城や古戦場跡が広がっている感じかな」
「そう……」
セシリアが少しだけブルブルと身震いしていた。
口には出さないけれど、ゴースト系は苦手なのかもしれない。
「……ゾンビじゃないのよね? ゴーストなのよね?」
なるほど。ゴーストじゃなくゾンビが苦手なのか。
まあ、霊系の魔獣に抵抗がない俺も、ゴーストの迷宮とゾンビの迷宮なら、迷わずゴーストの迷宮を選びたい。なにせ、ゾンビたちは姿もアレだけれど、何より臭いが辛いからね。
「大丈夫。ゴースト系だから。リッチとか強い魔獣もいるけれど」
「私でも倒せるかしら?」
「大丈夫。俺に任せて。剣に聖属性を纏わせれば、スパスパ切れるし」
「わかったわ」
セシリアのステータスと剣技なら、リッチであっても軽く倒せる。
すると、今度はシヴァニ俺に聞いてきた。
「し、師匠。オレたちはどうやってエァフズマイズ迷宮に入るんですか?」
「身を隠せるスキルがあるから。見てて」
そして、俺は自分に向けてスキルを発動させた。
「【かくれる】!」
すると……
「あれ? 師匠?」
シヴァニがキョロキョロし始めた。
「突然……消えた?」
ちょっとしたいたずら心が湧いたので、俺はそっとシヴァニの背後へと回った。
そして――
「わっ!」
大きな声を出して、シヴァニの目を両手で抑えた。
「きゃっ!!」
悲鳴を上げたシヴァニが、尻もちをついた。
「ほら、こうすれば誰にも気がつかれることはないから」
「し、師匠、ひどい、ひどいです」
涙目で見上げるシヴァニがむくれ顔になっている。
おう、オレっ子だが、こうしていると儚げな美少女だ。
「……ゴホン」
しょうもないやり取りを横で見ていたセシリアが、わざとらしく咳払いをした。
「ルイ、暗くなる前に向かいましょう」
セシリアの背後に、何かが浮かんでいるように見える。たぶん、これから向かう迷宮のゴーストよりも強そうな何かだ。俺は素直に「はい」と答えることにした。
女性を怒らせないことが、穏やかな家庭を築くための第一歩であることをなぜか俺は知っていた…………
■□■□
山頂まで登った俺たちは、地面に伏せてからそっと火口を覗き込んだ。
「シヴァニは、この迷宮に来たことは?」
「オレは、特級迷宮に入る資格を持ってないからないです。でも、資料は見たことがあります」
じっとシヴァニは火口の中を見ている。
今、俺たちがいるのは、火口でも上の方になるのだろう、全体を見下ろすことができている場所だ。
火口の反対側まではかなりの距離がある。50ヤド(5キロ)以上あるだろうか?
そして、火口の中央には10ヤド(1キロ)ぐらいの広場があってその中央に三階建ての、ビルのような建物がポツンと建っていた。
広場の周辺は、高さが30メートルはある防壁が建てられていてこちらとは反対側の火口の斜面に向かって小さな街並みが形成されているのが見える。
「ほら、あの中央にある建物が迷宮管理局の建物で、中に迷宮の入り口があるんだ」
「ここからは、入り口は見えないのね」
「うん。特級の迷宮は入場審査が厳しいからね」
「身を隠せば大丈夫なの?」
「あの建物の中にさえ入れば、迷宮の入り口に扉があるわけじゃないし、大丈夫」
まあ、俺の記憶が正しいならば、という条件付きだけれど。
見下ろした感じでは、人の出入りは多くはないが閑散としていることもなく、建物の一階は閉ざされていない。
建物の中に入ってしまえば、中央に地下に降りる階段があるはずだ。その階段が、迷宮の入り口になる。
「じゃあ……そろそろいこうか」
俺は、飽くことなく見下ろしている二人に声をかけた。




