オカリナ
俺は、二人を連れて祠へと向かった。
木で作られた小さな祠は、緑色の苔で覆われている。観音開きの扉が見えるが、まるで扉と言うよりはこの祠のデザインのようで、開く感じがしない。
「あの島の祠と似ているわ」
セシリアが呟く。
「うん。これも【転移】ができる祠なんだ」
「【転移】?」
「そう。転移石が必要だけれどね」
「ふーん」
シヴァニが興味深げに祠を見ている。でも、たぶんよく分かっていない。
「祠の中には、転移の魔法陣が組み込まれているものがあるんだ」
「転移の魔法陣?」
「うん。魔力を失っていない転移石を使えば、その魔法陣を起動させることができるんだよ。目的地は魔法陣に刻まれているから、固定だけれどね」
「じゃあ、この祠も、その転移石さえあれば魔法陣を起動させて転移ができるってこと?」
「うん。【転移】のスキルだと、長距離の転移は相当な魔力が必要だけれど、この祠に組み込まれている魔法陣を使えば、大陸間の移動も可能なんだ」
「それは凄いわね」
ここにあるのは、昔俺が、次の大陸に向かうときに利用した祠だ。
でも、【転移】を目的としてここに来たわけじゃない。
この祠で使える転移石も、今は持っていないし。
俺は、祠の前に立って手を翳した。いや、手を翳す必要はないんだけれど、それっぽい雰囲気が出るからね。
「ルイ、何を始めるの?」
「見てて」
そして俺は、スキルを発動させた。
「【かいじょ】!」
ウィイイイイイン
低く甲高い音が響き、祠の扉が光ると――
「開いた!?」
シヴァニが驚く。
祠の中は、手のひらサイズの小鳥のような何かが置かれていた。淡いパステル調の水色は、その楽器が「涙のしずく型」と呼ばれることを示している。
「……これって?」
セシリアが首を傾げている。
「オカリナ、っていう楽器」
手を伸ばした俺がそのオカリナを祠から取り出すと、静かに扉が閉まる。
「はい」
俺はそのオカリナをセシリアに渡した。ストラップホールには紐が通されている。
「楽器なのね、これ」
「うん。まだ残されていてよかった」
このオカリナは師匠が使っていたものだ。【おんがく】のスキルを持つ師匠は、歌うことだけでなく、いろいろな楽器を演奏することもできた。
そして、師匠がこのユヌフェ大陸で冒険者をしていたときに愛用していたのが、このオカリナだと言っていた。
俺があの島で師匠に、【てんせい】のスキルを使う際に教えてもらった一つが、この祠に納められていたオカリナだ。
かなり思い入れがある楽器だということは、師匠から聞いている。
あの時は、もう時間が残されていなかったから、具体的にそれがどんなことだったのかまでは聞くことができなかったけれど、師匠はこの大陸に残されているいくつもの祠に、こうした思い入れがある道具を残したことを教えてくれていた。
果たして、これがセシリアの魂の中で眠る(と思っている)師匠の魂を覚醒させることができるのかどうかは分からないが、もしも師匠の魂の欠片を見つけることができてそして目覚めていなかったなら、この大陸の祠を巡ってみたら? と師匠は言っていた。
もちろん俺の心にある迷いはまだ継続中。
師匠の魂が目覚めた後で、セシリアの魂がどうなるのかが分からないから、本当にそれを師匠が望んでいたのか、いや望んでいるのを考えている。
それでも……
こうして、師匠の魂に呼びかける欠片を集めようとしているのは、俺の心が五里霧中の迷いの中にあるからなのか…………
オカリナを握ったまま、いろいろと考えているとセシリアが俺に尋ねてきた。
「……これって、どうすれば良いの?」
いけない、いけない。
迷いはあるが、何をしなければいけないのかは分かっている。
師匠のオカリナが、セシリアに何を伝えようとするのか、それは俺には分からない。だが、師匠なら、伝えることが必要な時にその何かをしっかりと伝えてくれるはずだ。
だから、俺は小さく首を横に振った。
「何もしなくていい。昔、ある人から俺が譲り受けたものなんだ。息を吹き込むと音がなる楽器だよ」
「そうなのね」
俺は、セシリアにオカリナを渡した。
恐る恐る触るセシリア。
「とりあえず、セシリアのお守りにしたいと思ったんだ。腰から下げておくのはどうかな?」
「え? 腰から下げていたら、壊しちゃうことがあるかも…………」
「大丈夫。道具は、大切に飾られるよりも使って消耗した方が喜ぶ、っていうのがそのある人の考えだったし、それに――」
「それに?」
「万が一、壊れたとしても、ほら、俺の【ふくげん】のスキルを使えば、すぐに直せるから」
「そ、そう……」
俺の言葉に、セシリアは腰に巻いているベルトに、オカリナの紐を引っかけるように巻いた。
「こう?」
淡いパステル調のオカリナが、美少女の腰で揺れているのはかなり絵になるかもしれない。
「うん、似合っているんじゃないかな」
「あ、ありがとう」
少し赤くなるセシリア。
隣では、羨ましそうな表情でシヴァニが見ているので、俺は【しゅうのう】から小さなオレンジ色のバックを取り出してシヴァニに渡した。
「シヴァニは、これ」
「これ? オレに?」
「うん。同じように腰からぶら下げてみたら?」
いわゆるチョークバッグだ。元の世界ならロッククライミングやボルダリングの競技で使われることが多い。
恐る恐る、シヴァニもそのバッグを腰のベルトからぶら下げて、手を挙げるとくるりと回った。
笑顔が溢れる。
「師匠、ありがとう!」
どうやら気に入ったようだ。セシリアと同じように顔を赤くしながら、嬉しがるシヴァニ。
「一応……それは、魔道具だから」
「魔道具?」
「いわゆる、マジックバッグ」
「え?」
手を挙げたまま固まるシヴァニ。
「収納量は大したことないけれど、予備の剣とか盾とか、あとは野営関係の道具とかを入れておくと便利だから」
「……これって、買うと滅茶苦茶高いんじゃ?」
ブツブツと言っているシヴァニに、「まあ、修行に役立てみて」と軽く話しかけてから、俺は祠の前に立って、そっと手を乗せた。
後ろでは、二人が俺を見ているのが分かる。
ひんやりとした木の感触は、あの島に立っていたトネリコの木を俺に思い出させた。




