高級宿で
国境の門を抜けた俺たちは、街道を歩いて最寄りの宿場町、ヴィルフロンを徒歩で目指すことにした。一時間ほど待てば、国境とヴィルフロンを行き来する馬車がくるそうだが、急ぐ旅ではないからね。
ピクシー族の国、フェとの国境を目指す旅人は少なく、街道は閑散としている。国境を抜けてからもう一時間ぐらい歩いたけれど、誰ともすれ違わない。さっき教えてもらったヴィルフロンからの馬車を一回見ただけだ。
確か、ヴィルフロンから国境への道は、俺たちが今歩いている東のフェへ向かう街道と、南のスヴァルタルに向かう街道があったはずだが、これだけ誰とも合わないと、鬼人族とピクシー族との間では往来がほとんど行われていないことが分かる。
ダークエルフ族のスヴァルタルとの行き来は、ある程度あるのだろうか?
「のんびりしていて、いいわね」
どうやらセシリアは、のどかなこの雰囲気が気に入ったようだ。
街道の両脇は、林と畑が広がっているだけで、時折、遠くに農作業をしている人々をみかける。
「そのヴィルフロンという街までは、あとどれくらいなの?」
「夕方までには着けるかな」
ヴィルフロンは中規模の街だが、昔この国を訪れた時から存在していたから、いざとなれば【転移】で向かうこともできる。でもセシリアは歩いていくことを選んでいた。
「この街道は、魔物とかは現れないのかしら?」
「うん、魔物避けの魔道具は設置されているからね。ほらあれ」
俺が指差したのは道端に、一定の間隔で建てられている灯篭。魔道具の街灯のように、魔石で魔法陣を起動させている。
「よほど強い魔物は別だけれど、弱い魔物は寄ってこないよ。あと盗賊は、主要な街道に現れることはまずないかな」
鬼人族の国は、実は治安が非常によい。もちろん、一般人にとっての「悪人」が皆無というわけではないが、強者の誇りを大切にする民族性もあってか盗賊たちは淘汰されやすかった。
なので街道で仕事をしようとする盗賊は、まずいない。
「私は、この姿のままでいい?」
そういって輝くような見事な白い角を触るセシリア。
「いいんじゃない」
「でも、さっきのように敬われると、ちょっとむず痒いわ」
「だめだめ、セシリアのような美人は、手を出しちゃまずいと思われてちょうどいいんだから」
「そ、そう?」
少し赤くなるセシリア。
鬼人族は、少々男尊女卑の傾向がある。もちろん、強者を敬う姿勢に男女は関係ないが、どうしても男性の方が強いからそれも仕方がないのだろう。
何より、セシリアの実力は見掛け倒しではない。ステータスレベルが1,000を越えた人族の勇者を、ただの少女として見せかける方が罪になることは確かなことだと思っている。
こうして、俺たちは陽が沈む前にヴィルフロンに入ることができた。
■□■□
ヴィルフロンは宿場町ということもあって、メインの通りは暗くなり始めた時間でも賑やかだった。
国境に向かう街道が寂れていたのがまるで噓のように人々が行き交っている。
「まずは、宿を決めよう」
「知っている宿があるの?」
「さすがに昔過ぎて、もう存在していないんじゃないかな。でも詰所で聞けば教えてくれるから」
「そう」
そして、俺たちは街の警護を行う衛兵たちの詰所に向かった。
そこでもセシリアは、ビシッとした衛兵たちの出迎えを受けていた。さすが白角。
ちなみに俺は、目に入れてもらっていない。
それでもなんとか、宿を紹介してもらうことができた。
■□■□
「ここね」
辿り着いたのは、メイン通りの中央付近にある大きな宿。
門戸も広く、中庭が広がる二階建ての館が見える。高級宿だ。
どうやらフェから来たということもあってか、詰所の衛兵たちは良い宿を紹介してくれたようだ。
「いらっしゃい。お二人さんかね?」
門戸を潜り、館に入ると上がり框に設けられた帳場に座る年配の女性に声をかけられた。
「はい」
「お嬢さんは、どこかの豪族の娘さんかい?」
「いえ、フェから来ました」
「ああ、ピクシーたちの国から来たのかい」
高級宿ということもあってか、女将は門番たちのようにセシリアの白角を見ても臆することはないようだ。
「それで一人部屋を二つ――――」
「二人部屋でお願いします」
俺の言葉をセシリアが遮った。
「初めての場所だし、寝ているときに何かあると困るでしょう?」
「あらあら……」
女将が、嬉しそうに笑っている。
違うから。それと、困らないし。たぶん。
素の状態で10万ものステータスを持っている女性を襲える? しかも俺が寝ている間は【まもる】のスキルを掛けておくから奇襲も心配ない。さらに【限界突破】を使えば、彼女のステータスは一時的に100万を越えることになる。
このユヌフェ大陸で一番の強者を相手にしたとしても、困ることにはならないはずだ。
だが、にっこりと笑うセシリアからは、「一緒に泊まりましょう?」というひしひしとした圧力が滲み出ていたので、俺は「……はい」と頷くしかなかった。
まあ、これまでも野営のときは一緒のテントで寝ていたのだし、俺が自制すればよいだけの話だ。ここは自分を千歳の爺ということをしっかりと思い出して、徳行者になり切っておこう。
■□■□
「華やかな街ね」
無事に宿が取れた俺たちは、街へと繰り出した。
遅い時間の宿入りだったので、夜食は外で食べることにした。
高級宿だけあって、部屋は凛とした静謐さが漂っていた。ベッドは置かれておらず、布団で寝るのだろう。少しホッとした。さすがに同衾は良くないからね。
宿から外に出ると、陽は完全に沈み色とりどりの街灯が華やかな雰囲気を醸し出している。
女将から聞いた一本裏通りへと向かうと、「食べ処」の看板がずらりと並んでいた。
行き交う人は多い。
「ああ、いいわ。こうして誰にも守られず、誰の目も気にせず、人ごみにまみれることができる日がくるなんて……」
セシリアが少し感慨深げに辺りを見渡している。
勇者だが貴族の令嬢でもあったセシリアは、供も連れずに夜の街を練り歩いたことがなかったようだ。
「どうしようか? 教えてもらったところに行ってみる?」
「ええ、そうしましょう」
女将からは、この国でポピュラーな種類の食べ処を紹介してもらっている。
「あ、あそこだ」
目的地の看板を俺たちが見つけた時――――
ガシャン!
派手にガラスが割れる音が響き、目の前の店から何かが飛び出してきた。




