宝角? 霊角? ま、まさか神角?
「ここが、ボンヌ国……」
山の頂から見下ろすと、盆地の向こうに広大な平野が広がっているのが見えた。
セシリアは知らないと思うが、俺の知識は「和の国」という言葉をこの光景に被せていた。
田畑とその間を流れる川。ところどころに、こんもりとした林がある。そして瓦葺の家が集落を現わしていて、大きな館には塀で、小さな家は生垣で囲われている。
和の空間だ。
「うん。異世界で俺が暮らしていたと思う国の、昔の風景に近いと思う」
マンションが立ち並ぶ都市部の光景ではないが、妙な懐かしさを俺は感じていた。
ただ、国境を示すのは、強固な城壁であるところが僅かな違和感といったところだろうか?
山からはくねった坂道がその城壁に向かっているのがみえる。
「セシリアの恰好は、この風景にかなり似合っているよ」
「そうかしら?」
新緑の和服の着物を着流しているセシリアが、自分の服装を見下ろしていた。
女性用の着物ではなく男性用の和服だが、腰に差した剣が女性のセシリアと妙なバランスを保っているのが分かる。
俺は濃いグレーの和服で刀を差しているから、たぶん正統派だろう。
そして、間違いなくセシリアの姿は見栄えが良かった。金色の髪もなんら違和感を抱かない。
「ルイも、ちょっとかっこいいわよ」
お願いだから、そういうセリフは真っすぐに俺を見て言って欲しいところだ。顔を赤くして下を向いて言われると、俺の方も照れてしまう。
「……とりあえず、向かおうか。今日中には国境を越えよう」
「そ、そうね」
少し動揺を見せているセシリアの手を引くようにして、俺たちは山道を降り始めた。
■□■□
「止まれ!」
真っすぐに長い槍を交差させた二人の門番の前で、俺たちは立ち止まった。
だが、一人の門番が声を掛けてきた門番を制止する。
「待て! そ、その証は……」
驚愕しているその門番が見つめているのはセシリアの角。もう一人の門番は、少し怪訝な表情を浮かべて俺の角を見ていた。
「宝角? 霊角? ま、まさか神角?」
だが、俺の角を見ていた門番はセシリアの角を見ている門番の言葉を聞いて、顔色をハッと変えた。
そして顔を見合わせた二人の門番は槍を真っすぐに立て直立不動になった。
「し、失礼しました。身分証を拝見させていただけませんでしょうか?」
「え? わ、私?」
セシリアが少しきょどっている。可愛い。
「ほら、角が白いから……」
そっと俺が小声で伝えると「ああ、それね」と、どうやら分かってくれたようだ。
鬼人族では、強さが身分を現わすといって良い。そしてその強さは、角の間隔と色に現れる。もちろん例外はあるのだが、極々稀に過ぎず、敬意をどのように示すのかはその角を見て判断していた。
セシリアの角は、まるで雪のような綺麗な白色をしている。
角の色は薄ければ薄いほど強さを示しており、透明がもっとも強いとされているが、白はそれに準じている。
白い角と透明な角には、さらにランクが設けられており、下から宝角、霊角、そして最上位が神角となる。
人族の冒険者ランクで比較すると黒が最低となるGランク、Fランクが茶、Eランクが紫、Dランクが青、Cランクが緑、Bランクが黄、Aランクがオレンジ、Sランクが赤、SSランクがピンク、そしてSSSランクが白になる。色は同じ色でも強さを増すと鮮やかな色へと変わる。全部で10段階。
冒険者ランクも鬼人族の強さを表す角の色も、それぞれ10段階あるので順番を示すとこんな感じになる。
人族の冒険者ランクでSSSランクの数は、各国でいても一人か二人だけれど、鬼人族の白角を持つ者は、各部族ごとに数人はいるから、実際の強さで示すと鬼人族の白角が人族の冒険者ランクでSランクからSSランクの間ぐらいかもしれない。Sランクが「宝角」、SSランクが「霊角」だ。そして同じ白角であっても、「神角」を持つ者ならSSSランクに匹敵する強さを持つことになる。
ちなみに、門番の角の色は薄い黄色。人族の冒険者ランクでいえばBランクだから、まあまあの強さだろう。
とにかく、鬼人族にとって白角を持つ者は敬意を示す必要があることは確かだった。もちろん、俺がセシリアの角を白いに決めたのは、その敬意が余計なトラブルを防ぐからだ。
俺の黒角は最底辺だけれどね。トラブルは……気にしない。
ちなみに完全な透明は鬼人族の基準でもランク外、冒険者でいうと幻のEXランクといったところか。とはいえ、透明になりつつある白を示す角を持つ鬼人族は存在しているが、歴史上、完全な透明を示す角を持った鬼人族はまだ現れていない。
それと、同じ色なら強さの判別は、角の生えている位置も見ることになる。修羅場を潜った数だけ真ん中に寄ることになると言われているからね。
一人の門番が、少し怪訝な顔を見せているのは黒角である俺の角が、中央に寄っているからだろう。黒角は額の両端に生えるのが普通だ。
とりあえず俺たちは、ピクシー族の女王からもらった身分証を門番に見せた。
この身分証は、フェの国が正式に発効したものだから偽造ではない。俺たちは、フェの国で生まれ育った鬼人族という設定になっている。
門番は、セシリアの身分証を魔道具に翳して本物であることを確認すると丁寧に返していた。
俺の身分証は、魔道具には仕方なくといった感じで翳していたが、チラリと見ただけで念入りに確認はしていなかった。
まあ、黒角でしかない最弱の俺は俺は、セシリアのお付き、いやおまけの扱いだろう。
「どちらに行かれますか?」
「アンフィシアターに拝礼したいと思っています」
俺は腰を低くして答えた。
「ああ、巡礼か」
セシリアに対する言葉遣いと俺に対するそれが明らかに違うところが、逆に白角の権威を現わしているといってよい。
「はい」
「剣闘会に出場するのか?」
「いえ、ただの拝礼です」
剣闘会は、遺跡であるアンフィシアターで年に一回開催される剣士たちの武道会だ。俺も昔、この国で過ごしていた時、出場したことがある。
でもその時は、途中で他のイベントが発生したこともあり、準決勝までしか出ていない。もしも優勝していたら、最終戦の羅刹がとんでもないことになったかもしれない。
羅刹は、対戦する相手のレベルに合わせた強さのものが登場するからね。当時でも数十億のステータスがあったから、もしかすると伝承で伝わる「漆黒の羅刹」を登場させてしまったかもしれない。
もちろん、57兆を越えた今なら……あまり考えたくない。当然だが、俺が剣闘会に出場することはない。
「そうだ。二週間後に開かれる。そちらの方は有名な剣士ではないのか?」
門番はセシリアの角にちらりと目を向けた。
セシリアが出場したら、たぶん【限界突破】を使わなくても、素のステータスの状態でいいところまでいけるはずだ。【限界突破】を使えば間違いなく優勝できる、と思う。
「名のある剣士ではありません。心ばかりの手習いはしておられますが……」
俺の言葉に、相変わらずセシリアはきょとんとしている。
「そうか まあ良いだろう。同胞たちよ、ボンヌへようこそ」
そして門番たちは、両開きの大きな門を開いてくれた。




