夜半の会議
▼▽▼ オグロフ(鬼人族の国「ボンヌ」の首都)
夜半。
地球で言えば、日本家屋のような瓦葺の立派な屋敷に大勢の鬼人族たちが集まっていた。
屋敷の広い門口には「篝火台」が置かれて、パチパチと炎の音が聞こえてくる。
玄関から真っすぐに奥に伸びる廊下には着物を着た女性たちが忙し気に歩いていた。
さらにその廊下を右に、左にと曲がって行き着く先には、見事な唐紙が貼られた大きな両開きの扉があった。
今、その扉の先では鬼人族たちの会議が行われていた。
30メートル四方はあろうかという広い部屋には、四角い形に座卓が並べられている。
畳敷きで和風の趣が溢れる部屋には、今、30名ほどの鬼人族たちが詰めている。
いずれもが、鬼人族の国であるボンヌの有力者であり、国王であるルフ老の他にも各部族の族長や頭領が一堂に会していた。
その他、祭司やシャーマン、そして戦士の序列が2位から10位までの豪傑たちも出席していた。
「――――さて、では今年の『天下無双剣闘会』じゃが、予定通りの開催で良いかの」
一人の年老いた鬼人族、ボンヌ国の国王であるルフ老の声に、出席者たちは皆が頷いていた。
ルフ老の額の角は、見事に中央で並んでいる。
色はさすがに、年相応に灰色に近くなってしまったが、その強さに敬意を払わない者はこの場には並んでいない。
おそらく、序列戦に出場しても三桁の序列に沈むことはないだろう。もちろん、出席している鬼人族たちは全員が敬意を払っている。
鬼人族は、強さを持って名を上げる。その強さは必ずしも現在の強さである必要はない。
過去に強さを誇った者たちならば、そこに後任者が敬意を払うだけの人格さえあれば、その敬意はいつまでも続く。
人格を失えば、それは部族にとって恥ずべき「力」になりかねず、他の部族の協力も得て不届き者は放逐されることになる。
したがって、鬼人族の国は剣技で競えば妖精族の中で随一の力を誇りながら、その武力を無様に振り回すような無慈悲な集団ではなく、他国からは一定の敬意を払われていた。
その時、序列8番目の席に座るニクスが手を挙げた。
「そういえば……巫女の予知が、何かいつもと違ったようだと聞いたのだが?」
「うむ。最終戦となる魔獣『羅刹』が漆黒らしい」
序列3位のルキアノが答えると、慌ただしくなった。
「な、なんと」
「それは本当か!」
「尋常ではないぞ!」
「漆黒とは神敵ではないか!」
「中止した方が良いのでは?」
「静まるのじゃ!」
ルフ老の言葉に、一同が口を閉ざす。
「巫女の神託は終わりではない。最も強く、そして最も弱い陰陽の戦士がその漆黒の羅刹と相向かい合うそうだ」
再び皆が騒ぎ出す。
「陰陽の戦士? 男女、ということか?」
「だが、最終戦は、武道会の勝者のみが参加できるのだぞ?」
「分からぬ。しかし、男女の戦士となると該当する者に心当たりはあるか?」
「ないな。少なくとも女の戦士が決勝戦まで勝ち残ったことなどないだろう」
「そうだ。少なくとも我が部族にはおらぬな」
「静まれ!」
もう一度、ルフ老の声が響く。
「年に一度の大祭じゃ。厳粛に催すことこそが御霊を慰める。巫女の神託が何を指し示しておるのかはわらかぬが、大いなる禍に立ち向かうというものではないことは確かじゃ」
「そうだ。巫女の神託はこうだ。『神事を制した、白の頭角と黒の頭角を持つ兵たちが、漆黒の羅刹と相対する』というものだった。羅刹との対戦結果については、何も触れてはおらぬ」
「白の頭角と黒の頭角? 極端な言い方ではないか?」
序列8位のニクスが首を傾げた。
鬼人族の角は、色と形状で強さを現わしていると言っても過言ではない。
まず形状は、額の端に生えているとそれは弱さを現わす。逆に中央に集まると強さを示す。
色は、弱者の色は濃く、強者の色は薄くなる。最強は透明、そして最弱は漆黒の闇を示す。
強くなれば色も生える位置も変わるし、弱くなればその逆もまたしかり。
もちろん、絶対ではない。
過去には、「最弱で無敵の漆黒の戦士」と呼ばれた者もいた。
だが、ほとんどの場合、角はその者が持つ力を示していた。
それだけに、巫女の神託について首を傾げざるを得ないといってよい。
「天下無双剣闘会」は、鬼人族で年に一度行われる神事で、その戦いは個人戦のみ。巫女の神託をそのまま受け止めるなら、兵たちという言葉からも、複数人が神事を制したことを意味する。
それはあり得ない。あり得ないだけに、今回の巫女の神託そのものが何を意味しているのかが掴み切れていなかった。
また、最強を得た優勝者は、最終戦として呼び出された羅刹と呼ばれる魔獣と戦うのだが、普通は優勝者のレベルに合わせた羅刹が呼び出される。
漆黒の羅刹となると、出現した記録すらなく伝承で語られるのみ。
果たして、本当にそんな最強と目される羅刹を呼び出すことができる剣士が、鬼人族の中に現れるのかも疑わしいところだった。
とはいえ、本当に漆黒の羅刹が登場したなら、それは大ごとだ、万が一、討伐できなかった場合には……
「ですが、ルキアノ師。もしも漆黒の羅刹を討伐できなかったときは……」
「大丈夫じゃ。勾玉を支度する」
ルフ老の言葉に、一同がざわつく。
「おお、勾玉を用意されるのですな」
「例え最強の羅刹と言えど、勾玉の封印には逆らえぬからの」
「ならば、安心といえますな」
同時に、安堵の声が広がった。
その時――
「ふん。心配するな。漆黒の羅刹など、我が剣の錆にしてくれるわ」
それまで彫像のように腕を組み、目を閉じていた偉丈夫の低い声が部屋に響いた。
先端が透明に透き徹り始めた二本の長い角が、その序列2位の偉丈夫の力を示していた。
しかし――
その序列2位のアカーシュの言葉を聞いた、ルキアノがじろりと睨んだ。
「だが、まだお主が羅刹戦に挑むことが決まったわけではあるまい。大老ダリップを倒さねばその座にはつけぬ」
「この場にはおらぬ年老いた大老には、そろそろ隠遁の花道を用意した方がよいのではないか?」
「何だと!?」
「だまらっしゃい!」
ルキアノとアカーシュの腰が浮いたところで、ルフ老が一喝した。
二人は一瞬見合い、それでも腰を落としてルフ老に一礼して非を詫びた。
「とにかくじゃ――」
ルフ老が一同をじろりと見渡す。
「大祭を滞りなく務め上げることが、この高層会議に出席しておるメンバーに課せられた至上命題であることを忘れぬようにするのじゃ」
「「「「「はッ」」」」」
ルフ老の言葉に、一同が深く頭を垂れると、部屋に燈されていた灯りが僅かに揺らいだ。




