夜の散歩
「ところで、ルイ」
「何?」
女王の館を出発した俺たちが幽玄の森へと向かう中で、セシリアが尋ねてきた。
【へんしん】のスキルを使って、鬼人族に姿を変えたセシリアはとても凛々しく見える。強さを表す二本の角の色も白だし、その間隔も狭い。
腰には刀ではなく剣をぶら下げているが、セシリアは【剣技】のスキルは持っているけれど、【刀技】はないから仕方がない。
もっとも、今の6桁に達したステータスなら刀でも、よほど強敵でない限りごり押しでいけそうだけれどね。
一方、俺はどうだろうか?
角の色は黒だから強くは見えないはず……
別に弱く見せたいわけじゃないけれど、鬼人族もピクシー族ほどではないが寿命が長い。長老の中には、俺を覚えている者がいるかもしれないから、余計な争いを生まないためにも仕方がない。
ちなみに、俺の武器は刀だ。腰に差している。俺は【刀技】のスキルは持っているからね。
「これから向かうのは、鬼人族の国って言うことでいいのよね?」
「うん。ボンヌ、という国」
空には三つの月が浮かんでいるのが見える。
この三つの月は、大きさが違う。
どの月も、この惑星を公転しているのは確かだと思うけれど、三つが並んで見えるタイミングは意外と多い。
もっとも、その三つが満月で揃うことは滅多にないのだけれど……
三日月が三つ並んでいるのは、少し微笑ましく光景だ。
今夜は、少し欠け始めた月が三つ並んでいる感じだ。
この三つの衛星が、どういった公転軌道を辿っているのか調べたことはないが、不思議なことに並んで見える三つの月は、いつも同じ順番だ。少し右に傾いた、斜めの感じで並んでいる。時間で浮かぶ高さは違うけれど、並び方は夜通し同じ。
一番大きく見えるのが真ん中の月。俺の中の知識が教えてくれたが、元の地球で見た月のイメージとほぼ同じ感じかな。
右側の斜め下にある月は、二番目に大きく見える月で色は、少し沈んだ黄色という感じ。
一番小さな左側の月は白い色で、もっとも明るく輝いている。
模様は、それぞれが違っていて、ウサギが餅つきをしているような模様の月はいない。
満月が三つ揃うタイミングの時は、かなり明るく照らされていて、夜、灯りがなくとも道を歩くのには困らないぐらいだ。
急ぐ旅でもないので、【転移】スキルは使わずに、俺たちは徒歩でゆっくりと歩いていた。
「目的は、遺跡だったかしら?」
「うん。鬼人族は、肉体で殴り合う一族だからね。太古の昔に作られたアンフィシアターと呼ばれている闘技場の遺跡があるんだけれど、そこが目的地だよ」
「闘技場?」
「そう。円形でアーチが設けられていて、中は直径が5ヤド(500メートル)ほどの広い円形のアリーナがあって、そこで戦うような施設のこと」
イメージは、地球で言えばローマのコロッセオがもっとも近いイメージになるだろうか?
広さは、客席を入れると、直径は2キロぐらいになるから直径が200メートル程度だったコロッセオよりも遥かに広い。
もちろん、それだけ広いのは太古の遺跡であるアンフィシアターだけだ。他にも数多く闘技場は作らているけれど、アリーナの広さは半分くらいだった。
それでも、直径が300メートルほどあれば、魔獣とも戦うことができる。ちなみに観客席はアーティファクトや魔道具で守られているから安全だ。
「何と戦うの?」
「一般的な闘技場の催しだと、鬼人族同士の戦いのこともあれば、魔物や魔獣と戦うこともある。まあ、アリーナより大きな魔獣は無理だけれどね。アンフィシアターは、鬼人族にとって由緒正しい遺跡の闘技場だから、催しは年一回だけ」
「催しって?」
「鬼人族の頂点を決める武道会が行われていたんだ」
「もしかすると、ルイはその武道会に出場するつもりなのかしら?」
「まさか! 俺がこの大陸を離れてから随分時間が経ったからね。今も開催されているかどうか分からないし、時期がいつ頃だったかもよく覚えていないぐらいし……」
「そうなのね……」
セシリアが少し残念そうな表情になった。
「……まさか、セシリアは出たかった?」
「え? 私? ううん、ルイが出るなら応援したいな、って」
「そ、そう……ありがとう」
そういわれると、出てみても悪くないかなと思わないでもないけれど、いろいろとややこしいことに巻き込まれそうだから、やっぱりパスだ。
「その鬼人族の国までは、遠いのかしら?」
「幽玄の森を抜ければ、2~3日で国境には着くと思う。王都まではそこから歩くと一か月ぐらいかな。乗り物を使えば一週間ぐらいだよ。もしかして歩きたい?」
「そうね。町を巡り歩くのは素敵かもしれないわね。でも、ルイに任せるわ」
「わかった。じゃあ、決めないでゆっくり向かおうか?目的地のアンフィシアターは、王都の先にあるから」
「ええ、そうしましょう」
歩きながらセシリアは、空を見上げる。
「大陸が違うけれど、夜空は同じに見えるのね」
「そうだね」
実際には、見える星々は全く違うけれど、海にあまり出ることがないこの世界の人々は、星座にあまり注目をしていない。
「そうそう、鬼人族の国では、月に意味を持たせているから少し気を付けた方がいいかもしれないよ」
「月に意味?」
「うん。鬼人族特有のスキルで、月の光を浴びるとステータスが大きく伸びるという固有スキルがあるんだ」
「ふーん」
「特に、三つの月がともに満月の時は、月の光もピークになるから絶好調になると言われている」
「絶好調? 言われている?」
「うん。物語で出てくる狼男のように、姿が変わるわけではないからね。それに――強さは確かに上がるんだけれど、ほら、実際に戦ってもその強さの変化をあまり感じないというか、なんというか……」
「ああ、そういうことね。ルイと比べちゃダメでしょう」
セシリアが、「ふふふ」と笑った。
身もふたもないことを言えばその通り。三つの満月の光を浴びるピーク時でも、そのステータスの上昇幅は10倍ぐらいだ。
セシリアの【限界突破】とあまり変わらないからね。
たぶん、セシリアの今の10万を越えるステータスなら、たいていの鬼人族だったらステータスが10倍になっても全く問題はない。最強の鬼人族の戦士であっても、セシリアが【限界突破】を使えば、手も足も出ないことになる。
「いや、今のセシリアなら同じだよ。たぶん、角が光った鬼人族たちも――ああ、角が光るというのは月の光を浴びてステータスが上昇すると角が光るんだけれど、もし戦ったとしても、光らない鬼人族と比べて特に変わった感じはしないと思うよ」
「そうかしら?」
うん、どうやらセシリアはまだ、自分のステータスが人族だけでなく、他の種族の強者から見ても、何段階かレベルが違うことになっていることをよく理解していないみたいだ。
「まあいいわ。もう一つ、聞きたいんだけれど、鬼人族の食べ物って、どんな食べ物があるの?」
「ああ、鬼人族はね――――」
こうして俺たちは、いつまでもたわいもないことを話しながら、月の光に照らされた森へと続く道で、いつまでも「夜の散歩」を楽しんでいた。
読んでいただき、ありがとうございます。
次話から、「第三章 天下無双剣闘会」です。




