【閑話】めぐり逢い(後編)
「お帰りなさい、ルイ」
「ただいま」
ルイが館に戻ってきたのは、一か月が過ぎようとしていたころだった。
「それで? どこまで行っていたのかしら?」
女王は、大テーブルに向かい合うルイに、少し意地悪な目を向けてみる。
無論、彼がどこにいったのかは分かっている。
今回の争いを無難に収めるため、スヴァルタルに向かったことは。
だが、いくらなんでも一人で、半ば敵陣に、それも本陣に殴り込むなど正気とは思えない。
女王はしばらくの間、あのときなぜ引き止めなかったのかを後悔していた。
だが……
スヴァルタルの動きは何もなかった。
それこそ、すぐにダークエルフの軍がフェに攻め入ってくることも感がえていたし、その対策の準備も命じたが、スヴァルタルは何の動きも見せなかった。不思議なくらい。
そんなルイが、いきなり帰って来たのだ。
しかも、スヴァルタルとフェの国境検問所をルイが通ったという報告は来ていない。
ルイの姿を見かけたら、通信の魔道具で連絡をするように命じていたのだが……
「スヴァルタル」
それは知っているわ、と女王がジト目になるがルイは気にした様子がない。
「……どうやって、ここまで帰って来たの? 検問所にはルイがきたらすぐに連絡するように伝えていたのだけれど?」
「うーん……スキル?」
「スキル? まさか、【転移】が使えるの、ルイは?」
「う、うん」
その言葉に、女王は反射的に【鑑定】のスキルを使っていた。
名前:ルイ
種別:人族(異世人)
年齢:27歳
性別:男
職業:剣士
レベル:101
攻撃力:2,054
魔力 :1,830
防御力:2,209
精神力:2,105
運 :23
スキル:【剣術(★★)】、【灯り(★)】、【回復(★)】
女王は笑っていた。
この国を訪れた時に鑑定したルイのステータスは覚えている。
そこから変わったのは年齢だけ。
あとは、何一つ変化がない。
もちろん、年齢しか変わらないことがおかしいわけじゃない。
でも……
「ごめんなさい、ルイ。つい、貴方のステータスを見てしまったわ」
「そ、そう」
少しきょどり始めるルイ。
「それで……あなたがこの国を訪れてから何年になるのかしら?」
「えーと……15年?」
「ふふふ。10年よ」
「え?」
久しぶりにルイの驚いた顔を見ることができた女王は、なぜか嬉しくなっていた。
「まあ、いいわ。あまり深く追及はしないでおきましょう」
「…………ありがとう」
どうやら、ルイは鑑定されたことを気がついていたようだ。そして、【転移】のスキルが現れていないことや、年齢を間違っていたことも。
「それで、スヴァルタルでルイは何をしてきたのかしら」
「これ」
何かの書類を空中から取り出したルイが、女王に手渡した。
収納系のスキルだ。
ルイはもう、いろいろと隠すことを諦めたのかもしれない。
「こ、これは?」
黙って書類を受け取り、そして開いた女王は目を大きく見開いた。
謝罪と、そして今後、ダークエルフ族たちが無断で越境を行わい仕組み作りを行うこと、そして多額の賠償金が書かれていたが、そこにダークエルフの国璽が魔力印として押されていたからだ。
魔力印は、妖精族にとって国家として最大限の誓約を記す場合に使われる。いわゆる呪印の意味を持つ。
その誓約を違えた場合には、名を記した者は大きな代償を払うことになる。今回はダークエルフ族の王の命が代償として書かれている。
「い、いったいどんな交渉をしてきたの、ルイ?」
さすがに女王の言葉が震える。押しの強いダークエルフ族が、いわゆる無条件降伏ともいえる書状をピクシー族に提出したことなど、過去の歴史の中でも一度もない。
「ちょっと、強くお願いしてきただけだよ」
違うでしょう、と女王は言いたかったが、何とか堪えた。
王の呪印など、まして人族の依頼に対して妖精族が魔力印で押すはずがないからだ。
「それに……この書類だけじゃなく、スヴァルタルで自由な活動を許してもらったし、俺にもメリットがあったから」
「そ、そうなのね」
「うん。だから、これからしばらくの間、スヴァルタルを巡ってこようと思うんだけれど、いいかな?」
「ええ。それはルイの好きにすればいいわ」
ルイは何も言わないが、ラヴィンの何かを探していることを女王は分かっていた。
そして、フェでラヴィンが残した跡を、彼がそのほとんどを探し尽くしたことも。
今回のことをきっかけに、次はスヴァルタルでその何かを探そうとしているのだろう。
ラヴィンは、冒険者としてユヌフェ大陸の全ての国で活動していた。彼女が残したものは、この大陸のいたるところにある。
――ふぅ……
女王は心の中で、しっかりと深呼吸をした。
――まあ、いいでしょう
ルイは、自分が世話をしてもらったと思っているのかもしれないが、女王にとっては逆だ。自分たちの方が随分と世話になったと言ってよい。
何より、ラヴィンのことを「師匠」と呼ぶルイは、ラヴィンの弟子といって良い。
フェにとって、ラヴィン姉妹は特別な存在でもあったから、その弟子であるルイも同様だ。
女王はルイに微笑んだ。
「いい、ルイ。あなたが何を探しているのか知らないけれど、疲れたり困ったりしたときには、遠慮せずにいつでもここに帰っていらっしゃい」
「……うん。ありがとう」
そう言ってはにかむルイの表情は、この国に訪れた当初の少年のときのように、透明な感じを溢れさせていた――――
■□■□
▼▽▼(現在)
ルイとセシリアを見送ったラシーヌは、居室に戻ると窓から空を見上げた。
空には、三つの月が浮かんでいる。
そして、その夜空に、千年前にこの大陸にやってきたばかりの、まだあどけない透明さが残るルイの顔が浮かんだように思えた。
ルイは、結局、200年間ほどをこの大陸で過ごした。
若返りのスキルを持っていることを知ったのは、鬼人族の国、ボンヌである事件に巻き込まれた彼がフェに転移で戻ってきたときだったが……まだあれから1,000年も経っていないのに、懐かしく思える。
――めぐり逢い、ね……
ルイが過ごしてきた過去が今に繋がっているのは確かだ。
彼は、ラヴィンを探し求めてこれからも旅するのだろう。
だが……
その旅は長く厳しい。
まず、待ち望む時が――ラヴィンに再び会える時がいつ訪れるのかが分からない。100年後なのか、10,000年後なのか、いくら若返りを繰り返そうとも、場合によっては復活が望めないことがあるかもしれない。
それを支えているのは、ラヴィンと過ごした日々のようだが……
めぐり逢いを求めることが必然ならば、めぐり逢いが叶うことは同様に偶然であるともいえる。
これまでルイが巡り歩いた千年の時間は、おそらく必然の時間だった。
これから過ごす千年の時間の中に、偶然の時間は現れてくれるのだろうか……
ラレーヌは、夜空を見上げて両手を握りしめ、彼の願いが成就することを祈り始めた。
漆黒の空に浮かぶ三つの月は、静かにラレーヌを見下ろしている……




