【閑話】めぐり逢い(中後編)
「誰だ!――うん? 人族か?」
幽玄の森の南側の奥、ちょうどスヴァルタルの方角に向けたところにあるゴツゴツした岩がいくつも並ぶ空き地を挟んだ場所で、ダークエルフ族とピクシー族が睨みあっているところに、ルイがスタスタと歩いていく。
女王は、ピクシー族が布陣しているところで怪我人の治療を始めた。重傷者はすでにルイが治してくれたから、軽症の者にスキルを使いながら、平然と歩くルイを見ていた。
女王の周りでは、ピクシー族の衛兵たちも固唾を呑んで見守っている。
そして、空き地の中央まできたルイが、ダークエルフ側の陣地に呼びかけた。
「ああ、人族。どうだろう、そろそろ争いを止めて帰らないかな?」
「何を言っているんだ!」
今は、ピクシー族、ダークエルフ族共に陣地を構築して、その陣地をスキルで防御している。
もちろん、お互い共に「最後の一線」は超えないようにしているはずだが、重傷者が出ている以上、かなり限界点は近い。したがって、陣地にかけられているスキルも戦時の強力なものだ。
そして――
ダークエルフ側の陣地から、火の矢が放たれた。【ファイヤー・アロー】のスキルだろう。
威嚇の意味が込められているのか、スピードは速くない。
だが……
「「「何だと!」」」
ルイは、近づいてきた火の矢を片手を上げて掴み、そして握りつぶした。それを見たダークエルフ側の陣地から驚きの声が上がる。
――本当に不思議よね……
女王も心の中で呟いていた。
防御するスキルはいくつもあるし、魔力もさほど込められているとは思えなかった火の矢だが、素手で触れるような類のものではない。
もしもスキルを使わずに直撃したなら、よくて大やけど、辺りどころが悪ければ命に関わる怪我を負いかねない。
女王も、盾のように防御するスキルは持っているが、素手で触れるようなスキルは持っていない。
だが、ルイは何のスキルを発動させる素振りも見せずに、その矢を掴んだ。
そして――
ルイが手のひらをダークエルフ側の陣地に向け「****」と何かを呟いた。すると、次の瞬間、「バン!!」と大きな音がして何かが壊れたのが聞こえた。
「「「何だと!」」」
再び驚愕の声が上がる。代り映えしない驚きの声も仕方がないのかもしれない。
「【防壁】!!」
ダークエルフの誰かが、陣地を守る防壁を作り出すスキルを叫び地面がグググとせりあがる。
だが、その防壁も作り終わった瞬間に、粉々に崩れ去った。
「「「何だと!」」」
三度上がった声は、驚きではなく恐怖に彩られているように聞こえたが、たぶん気のせいではないはずだ。
ピクシー族側の衛兵たちは、相変わらず大きな目を見開き、そして羽をバタつかせながらその様子を見つめていた。
戦時の陣地を守る防御スキルは、★4のレベルを持つスキルの攻撃にすら耐えられるものが使われることが多い。実際に、ピクシー族側の防御は、物理攻撃、魔法攻撃の両方を防ぐ★4のスキルを使っている。
だが、ルイは、何のスキルを使ったのかが分からなかったが、その防御を砕いた。
今、土壁で作られた【防壁】は、ルイが何かのスキルを使った形跡はなかった。つまり、ルイが最初に使ったスキルは持続型のスキルと言うことだろう。
もちろん、防壁を作り出した瞬間に砕きまくるスキルなど、ダークエルフたちはもちろん、ピクシーたちも聞いたことがなかった。
例えば、魔法の攻撃が散々にぶつかり飽和してから砕けるのが普通の防御スキルのはずだ。
「十、数えるね。その間に撤退を始めてくれないかな」
――何かがおかしい?
そう、ルイの身から何かが溢れ出したのが分かる。女王ですら、ルイを見続けることが難しい威圧されるような何かが。向こう側の景色がおかしい。空気が歪んでいる。あり得ない。見たことがない、こんな光景は。
そして、ルイが「十、九、八――――」と、ゆっくりと数を数え始めると、半分の五を言う前に、ダークエルフ族が「ひーっ!」と悲鳴を上げて逃げ出し始めたのが見えた。
【ファイヤー・アロー】を手で掴んだり、防御を何をぶつけたのかも見せずに砕いたり、さらには恐怖の根源を示すような気配を纏ったりと、見たことがないものを目の前で見せられたなら、ただ逃げるしかできないというダークエルフ族たちの気持ちを、女王は分かっていた。
なにせ、その攻撃をただ見学しているだけの、味方であるピクシー族たちも背筋が寒くなっている。というか、固まっている。
――これが、ルイの実力?
今まで10年間、ピクシーたちと暮らしてきたルイだったが、明らかな戦闘行為は見たことがないことを女王は気がついた。
「ま、待ってくれ! 置いていくな!」
叫んでいるのは負傷者だろう。
ルイが、逃げ出したダークエルフ族の陣地に近づいていくのを見た女王は、すぐに後を追った。
■□■□
「帰りたい?」
ぶんぶんと首を縦にふるダークエルフ族の戦士たち。2名の残された戦士は、いずれも逃げ出せなかった怪我を負っていることが分かる。1名は片足を失っており、もう1名は、両足を失っていた。
「わかった。じゃあ治すから一緒に行こうか?」
「え?」
「【なおす】!」
ルイがスキルを発動させると……
「え? うそ!」
後ろで見ていた女王は驚きの声を上げた。
ダークエルフたちの失った足の部分が白い光に覆われ、その光が消えた時には足が現れていた。
「…………」
ダークエルフの兵士たちも無言になって、元通りになった自分の足を見つめている。
女王も【治癒】のスキルは使えるし、しっかり時間をかければ、失った足を復元させることもできる。だが、ほぼ瞬時に復元や再生を行うには、レベルが足りない。★5は必要なはずだ。
だが……
ルイには【回復】のスキルがあったが、★は1つ。もちろん、【回復】の★が1つしなかいスキルに、失った体の一部を再生する力はない。
そしてルイが、フェを訪れてから、彼がレベルアップのために時間を費やしたことはないはずだ。
それに、今、ルイが使ったのは【回復】ではなかった。「治す」と言っていたはずだ。
女王が驚きのままルイを見つめていることに気がついたのかつかないのか、ルイはあっさりと軽く笑った。
「よし、治ったね。じゃあ行くよ。ああ、逃げたりしないでね」
その言葉を聞いた兵士たちは、ブンブンと音が聞こえるほど首を大きく縦に振っていた。
「女王様、ちょっと行ってくるね」
「え、ええ」
女王は、どこに行くの?とはとても聞くことができず、立たせた兵士たちを歩くように促すルイを黙って見送るしかなかった――――




