【閑話】めぐり逢い(中前編)
「おはよう!」
ルイが、フェの賓客となって早10年が過ぎた。
「おはよう、ルイ」
館から外に出た女王に、毎夕、いつものように軽くストレッチをしているルイから挨拶された女王は、微笑みながら挨拶を返した。
ピクシー族の一日は、陽が沈んだ時間から始まる。なのに、なぜかルイの挨拶は「おはよう」だ。
「こんばんわ」ではないことを何故かと尋ねたことがあるが、きょとんとした表情で、「起きたらおはようでいいんじゃない?」と返されたのを思い出した女王は、招いた人族でもないのにすっかりこの国に馴染んだものね、と呟いていた。
なんせ、今、ルイは館で警備の任についている衛兵のピクシーたちと一緒にストレッチを行うぐらいだ。
なんでも、ルイがいた異世界では定番の体操らしい。
たった3分間でしかない時間に、13種類もの動きが組み合わされている。伸びの運動から始まり、最後は深呼吸で終わるのだが、全身を動かしているのがよく分かる。
ルイが、この体操を始めたころは、衛兵たちも遠巻きに眺めているだけだった。だが、いつの頃だろうか? 一人、二人と混ざり始めていたのは……
最近では、当番でない衛兵たちも混じっているから、一つの集団となって体操をしている光景は、この館でのおなじみの光景となりつつあるぐらいだ。
そして、最初の頃こそ誰にでも丁寧な言葉遣いをしていたルイだったが、曲がりなりにもラヴィンの使いを名乗った以上、幾度も「普通に接してちょうだい」とお願いした結果、ようやく砕けた話し方になってくれるようになったのは良かった。
10年も経てば、多くのピクシー族がルイのことを知り、そして気さくに接するようになっている。
それにしても……
もはや少年ではなく青年となったルイは、たぶん人族としてもっとも輝かしい年齢に達したのだろう。
身長は鬼人族やエルフ族、ドワーフ族よりも低いが、鍛えられた瘦身の体は、力に満ちていることが分かる。顔つきも、ピクシー族たちにはあまりしっくりこない「精悍さ」が溢れている。
またルイは、このピクシー族の国、フェの一員として確かな役割も担ってくれている。面倒な力仕事も、ピクシー族が放置しがちな雨が続く日の畑の手入れも、そして我儘溢れる子どもたちの世話も頼まれれば嫌がることがない。
この大陸では、召喚された者以外で人族を見かけることはまずない。しかも人族の寿命は短いこともあって、ピクシー族の多くは接したことがない。
妖精族の教育では、どの国でも人族は「小賢しい」「悪賢い」と教えている。もちろん、その性質が人族全てを現わすものではなく、個々人により異なることは言って聞かせているが、一度の失敗が終幕に繋がることも珍しくはないから、ピクシー族にとって人族とは「接触してはいけない短命な生き物」という認識だ。
いや、この大陸の各国、多くの妖精族がそういった認識を人族に対して持っているだろう。
召喚やごくたまに来訪した人族から受けた恩恵は確かにある。だが、それに等しい、いやそれ以上の弊害も妖精族の過去の歴史には刻まれていた。
だが、ルイはピクシー族にとっての「人族」という先入観を打ち消してくれたのは確かだった。もちろん、その前提にあるのは、この妖精族の大陸で召喚されたラヴィンたちの功績だが、少なくともルイは、その功績に砂をかけるようなことは一度もなかった――――
■□■□
ストレッチを終えたルイを、館に招いて朝食に誘う。
「いつも思うんだけれど、これって朝食なんだよね?」
席に座ったルイが、並べられた朝食を見ながら呟いていた。
「そうよ」
「でも、挨拶はこんばんわ、なんだ?」
「そうね?」
どうやらルイも、女王がふと思った疑問と同じ何かを感じていたようだ。
確かに言われてみれば、食事の順番は朝、昼、夕、もしくは晩だ。そして昼食を食べるのは真夜中だし、夕食ではなく晩御飯なら食べるころには空が白み始めることもある。
ピクシー族にとっては、考える前でもない当たり前の常識も人族のルイにとっては、やはり違和感がぬぐえないのかもしれない。
もっとも、だからといってルイは、「人族の常識」を押し付けようとはしてこない。ピクシー族の誰かが、「こんばんわ」と挨拶をしてきたときには「こんばんわ」で返している。
女王は、ルイのそうした性格もピクシー族にとってよい方向に働いてくれていると考えていた。
ドンドン!
その時、突然、部屋の扉が叩かれ、そして一人の衛兵が飛び込んできた。
「女王様!!!」
「どうしたの?」
「幽玄の森に、スヴァルタルの兵士が入り込んでいます!」
「また? 性懲りもなく、採取しにきたのね!」
スヴァルタルとはダークエルフの国だ。
幽玄の森で採取できるガノデルマという霊芝で作るポーションがスヴァルタル内では高値で取引されるため、禁止にしているにも関わらず密猟者が定期的に沸いてくる。
「そのようです。ただ、警告を発した衛兵と戦闘になり、そのまま膠着状態になっております」
「戦闘? 被害は? 怪我人は?」
「矢球を受けた5名が軽傷、毒矢を受けた1名が重傷です。ただ、にらみ合いが続いていますので救出活動は難航しています」
「毒矢? 幽玄の森で毒を使ったの?」
「はい。明らかな協定違反です!」
幽玄の森は、フェにとって神聖な場所だ。
そこで行われる戦闘行為、しかも毒矢を使ったとなると、これは略奪行為ではなく侵略行為だ。このままフェとスヴァルタルが開戦したとてもおかしくはない。
「そうね……いえ、そういう問題ではないわね。ダークエルフの方の被害は?」
「似たような状況かと。死者が出たかどうかは分かりませんが」
その時――
「女王様」
黙って話を聞いていたルイが右手を上げた。
「何?」
「俺が行ってこようか?」
女王は僅かに躊躇した。
確かに、ルイには大きな力が宿っているのは感じている。もちろん彼が、それをピクシー族の前で披露したことはない。だが、彼の纏う魔力が尋常でないことを女王は感じていた。
しかし……妖精族同士の争いに、異世人とはいえ人族が介入したとなると、話が大きくならないだろうか?
妖精族同士は、決して仲が良いわけではなく小競り合いはしょっちゅう起きている。もちろん、国同士の協定で全面的な紛争に至ることがないようにはしているのだが……
「うん、上手く収めてくるよ」
女王の躊躇が分かったのか、ルイが笑った。
「そう……じゃあ、お願いするわね」
するとルイが立ち上がった。
「頑張ってくるよ」
その答え方に、ルイらしいわねと女王は思った。
【お詫び】
※予定よりも、話が長くなったため、「中編」をさらに「前後編」に分けました。
読んでいただいている方、変なタイトルにしてしまい、申し訳ありません(汗)




