はき違えていけないことは……
▼▽▼ side セシリア
赤い数本の光の線が、複雑に交差しながら執拗にセシリアを追ってくる。
なんとか躱せているのは、アンラビフォン迷宮のスタンピードに立ち向かったことで、ステータスが爆上がりしてくれたおかげだろうか?
あるいは、躱せているのではなく、部屋の奥、巧妙に台座の方へと追いやられているだけなのかもしれない。
チラリとルイを見ると、ルイも赤い線に追われていた。
どうやらこの赤い線は、ルイとセシリアを分断しようとしている。
――なんとかしなきゃ!
ルイはたぶん大丈夫だ。赤い線を交わしながら、セシリアの元へと向かおうとしている。
だが、セシリアを追いかけている赤い線よりも、ルイを追いかけている赤い線の方が随分とスピードが速い。
ルイのステータスをもってしても、容易に逃れられていない。
――ということは……
セシリアが向かわされようとしているのは台座の方向であることを考えると、どうやらこの赤い線はセシリアだけを壺に誘導したいのかもしれない。
――いけない!
そう、このままではルイが無理をし過ぎてしまいそうだ。
セシリアは移動速度を上げるためにスキルを使うことにした。
「【縮地】!」
だが……
「ダメ、発動しない!」
スキルが発動しない。
「くそっ!【縮地】!」
ルイもセシリアと同じ【縮地】のスキルを使おうとしたようだが、やはり発動していなかった。
――スキルの発動が妨害されている?
確かに、迷宮の罠にはそうしたものがあることをセシリアは知っていたし、スキルを無効化するスキルがあることも知っている。
少しずつ、赤い線のスピードが速まってきた。
どんどん、ルイと離され、そして壺の方に近づかされているのが分かる
ヒュン
――あ!
気がついたときには、セシリアは光る黒い床を踏んでいた。
「きゃっ!」
――しまった!
光がセシリアの全身を包み込む。
「****!」
ルイが何かを叫んだけれど、セシリアには聞こえなかった。
そして――
■□■□
「うっ」
小さく呻いたセシリアは目を開けた。
どうやら気を失っていたようだ。どれくらいの時間、そうしていたのか?
「ルイ?」
辺りをキョロキョロと見渡そうとするが、暗闇に包まれていて何も見えない。
呼びかけた声が軽く反響しているから、この場所は広い空間なのだろう。
――転移ね
セシリアは自分が置かれた状況を分析しつつ、膝をついて体を起こした。
すぐに動けるようにしておかなきゃいけない。
腰に手をやると、剣は失っていない。よかった。
それと、たぶんルイがかけてくれた【まもる】のスキルは、まだ有効のはず。
これが罠で、強制的に転移させられたとするなら、ここはボス部屋なのではないだろうか?
いや、その可能性は高いはずだ。
なぜなら、今、いる場所が真っ暗だったから。
罠を踏んでボス部屋に転移させられた冒険者の話を聞いたことがあるが、そこは最初、暗闇の中だったそうだ。
まさしく自分が置かれた状況だ。
そして――
バンバンバンバン
連続した乾いた音と共に、次々と壁に灯りが燈った。
――広いわね
改めて自分が今いる場所を確認する。
暗闇から急に灯りの中に放り出されたせいか、眩しい。手を上げて光を遮りながらセシリアは周囲を見渡した。
いくつもの灯りが揺れいている壁は、洞窟と同じ岩の壁だ。
セシリアの後ろには大きな扉がある。
奥行きは広い。数百メートルほど先の、灯りに照らされていない闇の中に、何かの気配が鎮座していることをセシリアは感じていた。
――ボス?
ここがボス部屋なら、この気配はボス以外の何物でもないはずだ。
なにより、敵意、いや悪意がこちらに向いている。
セシリアは立ち上がった。
自分のステータスを、新しく生えたスキル、【鑑定】を使って確認しておく。
名前:セシリア
種別:人族
年齢:17歳
性別:女
職業:勇者(■■■)
レベル:1,000
攻撃力:132,494(1,324,940)
魔力 :107,727(1,076,110)
防御力:107,440(1,074,400)
精神力:122,844(1,228,440)
運 :84
スキル:【剣術(★★★★★:剣聖)】、【回復(★★★)】、【縮地(★★★★)】、【耐性(★★★)】、【灯り(★★)】、【集中(★★★★)】、【限界突破】、【鑑定(★)】、【魔力剣(★)】、【お■■■】
「これって…………自分のステータスとは思えない数値ね」
ルイの【ふやす】のスキルで、カッコで書かれているステータスを増やされた数値を見たセシリアは、しみじみと呟いていた。
魔力が減っているのは、今【鑑定】を使ったのと、さっき【縮地】を何度も発動させたからだろう。
防御力も7桁の数値を示しているし、これにルイの【まもる】のスキルが加わっているらしいから、例えSSSランクの魔獣の攻撃を受けても、びくともしないように思える。
だが…………
――――ふぅ……
腰から剣を抜いて構えたセシリアは、心を落ち着かせた。
今、自分がしなければならいことは何か?
これをはき違えてはいけない。
ボスを倒すこと?
いや、違う。
この異常な迷宮に、ただ一頭で存在しているであろうと思われるボスを、普通の迷宮ボスと考えたらならとてつもない火傷を負うことになるだろう。
今のセシリアは、攻撃力も通常の10倍のステータスになっているし、【限界突破】を使えばさらにこの10倍になるはずだ。そこまでいけば、これまでこの世界に存在したであろういかなる魔獣とも立ち向かえるだろう。
だが、相手がルイならばどうか?
ルイのステータスは見せてもらったが、何かのバグとしか思えない数字が並んでいた。
兆を超えるあのステータスに対して1,000万程度の攻撃力では、毛筋一本の傷さえも負わすことはできない。
ルイと同じレベルの魔獣が存在しているとは思えないが、ルイすら聞いたことがないこの異常な迷宮であれば、それこそ億レベルのステータスを持つ魔獣であってもおかしくはない。
だったら……
まずは、身を守る。
最後にルイが何を言ったのかは聞き取れなかったが、ルイがセシリアを探してくれていることは、例え彼がそれを口にしなくてもはっきりと感じ取れる。
どれくらいの時間、耐えればいいのかについては考える必要がない。
10分、それとも一時間、あるいは一日?
違う。
ルイが迎えに来てくれるまで耐えればよい、それだけだ。
ルイは、セシリアが倒れる前に、必ずここに来てくれる。時間は関係ない。
そして――
部屋の奥の暗闇を割って現れたのは、巨大な白い魔獣。その身に黒い闇を纏っているせいか、アンバランスさが強調されている。
セシリアに気がついたのだろう、その白い魔獣は立ち止まった。
「メェエエエエエエエエ!!!!!!」
鼓膜を震わせる地鳴りのような咆哮が響き渡った。




