赤い線
「宝箱――じゃないわよね?」
「うん。たぶん」
「壺?」
「うん。たぶん」
今、俺たちは、台座の近くまで来ていた。
台座の上に載っていたのは、たぶん火消壺。上部がわずかにすぼまっているずんぐりとした円筒形の形から、【かんぱ】に尋ねなくても、俺の中の知識が教えてくれた。
両手で十分に抱えられるぐらいの大きさで、蓋がついている。
色は茶色。模様は特になく、地味な感じの壺だ。
「床の色が変わっている線のような部分は踏まないように気を付けて」
「分かったわ。罠ね」
「たぶん」
さっきから、「たぶん」としか言っていないような気がする。
だが、確定したものが何もないのだから仕方がない。
台座はその周囲を、2メートルぐらいの部分、黒い床で囲われていた。しかもその黒い床は近づくと、薄く発光しているのが分かった。
どう見ても、ここを踏んだら何かが起こる、と言っているようなものだ。
一応、【かんてい】のスキルを使って、まず「壺」を調べてみる。
「【かんてい】!」
だが……
■■ error ■■
エラーが表示された。
俺の【かんてい】は、ひらがなスキルだから、【鑑定】の★5よりも性能が高い。それで視れないとなると、とてつもなく素晴らしい宝物か、あるいは触れてはいけないヤバいものか、ということだ。
過去、ドラゴンが住む大陸で見つけた祠も、エラーが表示された。
山の頂上に置かれたその祠は、周囲を、六種類の巨大なドラゴンの像が囲んでいた。ドラゴンの長老に尋ねたところ、ドラゴンの像を守護龍と呼んでいることは分かったが、祠は太古から存在していて、この場所は不可侵の領域という話だった。
もちろん、俺はチャレンジャーじゃないから、そのヤバさを感じる祠のことは調べなかったが、師匠と出会ったあの島にあった祠とどこか似ている感じがしていた。
(そういえば、師匠の島の祠は【かんてい】していなかったっけ……)
今度、訪れたときには一度、調べてみよう。
おっと、今はそんなことを考えている場合じゃなかった。念のため、この発光している床も調べておこう。
「【かんてい】!」
しかし――
■■ error ■■
結果は同じだった。
「――ダメだ。壺も、この床も視れないや」
「ルイのスキルでも、分からないということね」
「うん」
だが、どうやらセシリアはうずうずしているようだ。瞳がキラキラしている。
「近寄って開けてみない?」
「ちょっと待って。その床は絶対に踏んじゃダメだよ」
「でも、ルイなら踏まなくても壺までいけるんじゃない?」
確かに【ひこう】を使えば、床を踏まなくても壺まで辿り着くことはできるけれど……
「無茶はダメ」
「……分かったわ」
セシリアを制止してから俺は、【かんぱ】に尋ねた。
『【かんぱ】、これって何かな?』
『是、壺です』
『いや、それは分かるんだけれど……【かんぱ】、開けても平気かな?』
『否、情報がありません』
『情報がない? 【かんぱ】、情報がないってどういうこと?』
『是、私が参照できるアカシックレコード内の情報では出てきません』
なるほど。【かんぱ】はアカシックレコードに接続して、過去の情報から答えを導き出してくれるけれど、どうやら権限があるようだから、今回の「壺」は正体が分からないらしい。
だったら問題は、【かんぱ】の権限外の物体ということだろう。
『【かんぱ】、開けた場合の問題点は、何があると思う?」
『否、情報がありません』
問題点が分からないということは、触らない方がよさそうだ。
『【かんぱ】、この床は?』
『留、結界のような領域が形成されています。どのような領域なのか詳細は分かりません』
『ありがとう』
「セシリア、他のスキルで調べたけれど、壺もこの床も、やっぱり正体が不明みたい。こういうパターンは、大当たりか大外れかのどちらかなんだけれど……今は、触らないでおこうか」
「……ええ。ルイが言うなら、従うわ」
少し、いやかなり残念そうなセシリア。
まあ気持ちは分かる。
広い隠し部屋にポツンと置かれた壺は、何かとんでもない秘密が隠されていそうだからね。
俺が一人で、この部屋に来たなら何も考えずに近づいて開けていたと思うけれど、セシリアと一緒に行動している以上、リスクは避けたい。
「もしも、あとで安全だと分かったら、また来ればいいよ」
「そうね」
どうやらセシリアも諦めてくれたようだ。
そして部屋を出ようとしたとき――――
突然、頭上から赤く細い線が俺たち二人の間に伸びた。
「セシリア!!!」
軽くセシリアを突き飛ばして、俺自身も飛び下がる。セシリアも状況を瞬時に把握して、戦闘態勢に入った。
だが、その赤い線は二手に分かれて、俺たちを追い始めた。
「セシリア! 触れないで! 逃げて!」
「分かったわ!」
しかし、俺の言葉を嘲笑うかのように、赤い線は数を5本に増やして、まるで柵のような形状で、俺に迫ってきた。
スピードは遅いが、面積を増やしているのがやっかいだ。
「【転移】!」
分断されたままが一番まずいから、俺は【転移】のスキルでセシリアの側に移動しようとしたのだが……
(発動しない!?)
なぜか、スキルが発動しない。
(くそっ!)
向こう側では、セシリアも俺と同じように赤い線から逃れているが……
「セシリア! ダメだ!」
ぐるりと円を描くように動く赤い線に追われたセシリアは、台座に向かって追いやられていた。
「分かっているわ!」
赤い線から逃れようとしたセシリアは「【縮地】!」と叫んだ。
「ダメ、発動しない!」
「くそっ!【縮地】!」
だが、俺のスキルも発動しなかった。
『【かんぱ】、スキルが発動しない理由は!?』
『是、室内にスキルの発動を無害化させる何かが壺から発せられています。ひらがなスキルを使ってください』
『ひらがなスキル?』
どうやら今、通常スキルはこの部屋の中で使えない状況になっているようだ。
だが……
(ひらがなスキル? この状況を一転させらるのは!)
俺は、逃げ回りながら自分のスキルを確認したのだが……
(ダメだ!)
使えるとすれば【かそく】ぐらいしか思いつかない!
だが、【かそく】は一直線にしか動けないから、この部屋の中では使えない。
(仕方ない!)
壁際に追い詰められた俺は、覚悟を決めて赤い線に突っ込むことを決めた。
【まもる】は、俺自身にもかけているし、万が一、【まもる】のスキルが効果をしめさずに体の一部が切り取られるようなことがあったとしても、ひらがなスキルが使えるなら治すことができる。
それに、何もこの赤い線が、体を切り取ると決まったわけではない。
しかし――――
「きゃっ!」
小さな悲鳴が聞こえたので、慌ててセシリアを見ると――赤い線に巧妙に追い詰められた彼女は、光る床を踏んでいた。
彼女自身の体が光に包まれ始める。
(転移か!?)
セシリアを包み込む光が「転移」させる何かだと思った俺は、反射的に【ついせき】のひらがなスキルをかけた。
「【ついせき】!」
■【ついせき】使用魔力:1
対象が存在する座標を追うことができるスキル。魔力を1消費する。
次の瞬間、光が爆発するように発光すると――――彼女の姿は消えていた。




