右? 左?
「この階層って、どれくらいの広さなの?」
「迷路を迷わず進むことができれば、二階層に降りる階段までは3~4時間くらいかな」
辺りを見渡しながら問いかけてくるセシリアに、俺は記憶を辿りながら答えた。
「迷ったら?」
「終日、迷路を歩き回ることになるよ」
広いうえに、分岐地点が多いこの迷宮を順調に歩き回ることは、初見ではなかなか難しい。
しかも、いやらしいことに、分岐ごとに現れるのは同じ光景。
もちろん、細部まで一緒なわけではないけれど、通路の幅や見える奥行に大きな違いは見つけられない。
さらに、ここは迷宮なので壁を傷つけてもすぐに修復されるし、目印で何かを置いておいても吸収されてしまう。
つまり、分岐地点が一度通った道かどうかを調べることは簡単じゃないってこと。
もっとも、下の階層に降りる階段はこの迷路の外周に位置しているから、時間をかけてよいなら右手を壁に当ててひたすら歩けば、必ずゴールに辿り着けるのだけれどね。
それでも、一階層あたりの広さが10キロ四方はあるこの迷宮は、ひたすら洞窟の中を歩かされることもあり、ピクシーたちに不評な迷宮だったことを俺は思い出していた。
降りてすぐの場所から、100メートルほど先まで真っすぐな道が続いているのが見える。
突き当りは、右と左に分岐することになるから、迷路の開始だ。
(それにしても……)
見渡す範囲に、魔物の気配はない。
また、瘴気も漂ってもおらず、ここが迷宮の中だとは信じられないぐらいだ。
昔、ここに潜ったときは、階段を下りたらすぐに魔物と遭遇していたのだけれど……
やはり、スタンピードが影響を与えているのだろうか?
(確認しておこうかな)
俺は【まっぷ】を使って、迷宮内を一通り探索することにした。
すると……
(え?)
【まっぷ】には、一直線の部分しか表示されていない。魔物を示す点もない。
そして、突き当りの二手に分かれる通路の先は、どちらも塗りつぶされている。どうやら【まっぷ】で確認できるのは、今、目の前に見えている通路の部分だけのようだ。
俺は、この迷宮を踏破済みだから、最下層まで確認できるはずなのに…………
これが、スタンピードの影響なのか、あるいは俺がここを離れたから500年の間に、再構築されたのか?迷宮の中には、一定時間やあるタイミングで通路が再度、作り直される「迷宮改変タイプ」がある。
でも、迷宮内部が改変されるのは、ボスが倒されたり、一日ごとにといった感じの短期間のはず。何百年も経ってから突然、再構築される迷宮なんて聞いたことはないが…………
いや、違うか。再構築されたのなら、女王が教えてくれていたと思う。彼女は、迷宮内部の変化について何も言っていなかった。
ということは、これはスタンピードが関係していると考えた方がいいだろう。
「セシリア、この迷宮は昔と違っているみたいだから、慎重に進もう」
「え? 昔と違うって……?」
「俺は一度、この迷宮を攻略したから、最下層まで【まっぷ】というスキルを使って全貌を見れるはずなんだ。でも今は、この見えている通路しか確認できないんだ。たぶん、迷宮改変があったか、スタンピードの影響だとは思うんだけれど……」
「そう、分かったわ。ちなみに、この迷宮で現れる魔物ってどんなタイプなの?」
「シープ系の魔物かな」
セシリアは、この迷宮で溢れた魔物がバトルシープやファイヤーシープだったことを思い出したのか、「そうだったわね」と呟いた。
「シープ系ってことは、状態異常のスキルを使ってくる、ってことね?」
「うん。睡眠、麻痺、毒、混乱とか、いろいろあるけど、【まもる】のスキルをさっきかけたから、気にしなくても大丈夫だよ」
「そうなのね。ありがとう……じゃあ、ボスはファイヤーシープなのかしら?」
「いや、ここの最下層にいるボスは、確かサンダーシープだったと思う」
「サンダーシープ? 雷の羊、ってこと?」
「うん。でも、SSランクだし、ステータスも1万前後しかなかったはずだから、あまり強くはないよ」
サンダーシープは、【ライトニング】という避けるのが難しい光を使ったスキルの攻撃を仕掛けてくるからやっかいだけれど、【まもる】のスキルでステータスを10倍に上げているセシリアなら、ダメージを受けることはない。
「そ、そうなのね」
気のせいか、セシリアが少し引いている。
「とにかく、まずは二階層を目指そうか」
「ええ」
見渡す範囲に、魔物の気配がないことを【まっぷ】で確認してから俺たちは、奥へと進み始めた。
■□■□
通路の突き当りで、俺は左右を見比べた。
(同じか……)
見た感じでは、全く同じにしか見えない通路が両方に伸びている。
セシリアも隣で興味深そうに左右をキョロキョロとみていた。
「見た感じは同じね。ルイは、どちらが正解の道なのか分かる?」
「【まっぷ】が使えないから、残念だけれど……」
「そう。じゃあ、どちらに向かうかは勘ということね!」
なぜか、セシリアが嬉しそうになっている。
「??……セシリアは、どちらが正解か分かるの?」
「え? 分からないわ。なぜ?」
「だって、凄く楽しそうだし」
すると、セシリアは笑い出した。
「だって、まさしくこれって冒険じゃない? 未知の道を歩き続ける! あ、これは駄洒落じゃないわよ」
セシリアが少し慌てている。どうやら、「未知」と「道」のことを言っているようだけれど、言われるまで気がつかなかった。
まあ、セシリアが望んだのが今ならば、俺がそれに共に関われていることは、本当は感謝すべきなのかもしれない。
「うん、分かっているよ」
「もう……」
そう返事しながら少し笑ったら、セシリアが膨れた。可愛い。
「勘だったら、これにしようか」
少しジト目のセシリアに俺は、【しゅうのう】から取り出した少し長い棒を見せた。
「これって……棒?」
「うん。ただの棒」
正しく言えば、薪なんだけれどね。
「先っちょに印をつけてから、地面でぐるぐる回して――――」
そして、俺は取り出したペンで片方の先端に黒い丸印を描いた棒を、軽く回した。
回転していた棒が、やがて静止すると――――黒い丸印が書かれた先が、右側の通路を示した。
「よし。じゃあ、右に行こう!」
「……ねえ、ルイ」
「何?」
「一つだけ、尋ねてもいいかしら?」
「いいよ」
「もし、この印をつけた先端が壁の方を向いて止まったらどうするつもりだったの?」
「…………よし、右に行こうか!!!」
冷たい汗が、額に浮かんだのが分かった俺はもう一度同じ言葉を繰り返して、右の道へと歩き始めた。
後ろから「ふふふ」と笑う声が聞こえてくる…………




