ピクシー族の女王
俺は両手を上げて、争わない姿勢を示す。隣に並ぶセシリアも、何も言わずとも俺の真似をしてくれた。
「ぼ、僕たちは怪しいものではありません。デゼルブから国に帰る途中なんです。気がついたら森の中で困っていたんです!」
デゼルブは東にあるエルフの国だ。そこから真っすぐに西の鬼人族の国、ボンヌに向かっていただけだと説明したのだ、額に黄色い鉢巻を巻くピクシーが「そうか」と言うだけ言って取り合ってくれない。
ちなみに、黄色はリーダーを示している。
「黙って、館まで来い」
「明日までに国に戻らないとダメなんです。お願いします。見逃してください」
必死に俺が頭を下げてみるが、白い目で見られている。しかも、その目は「お前、何言ってんだ?」と言っている。
(あれ……?)
まさか、俺のことを知っている?
ピクシー族の寿命はエルフ族よりも長い。平均で2,000年ぐらいだろうか?
俺が千年前、この大陸を訪れて、最初しばらくの間はフェで暮らしていた。だから、もしかすると俺のことを知っているのか?
だが、そのリーダーらしきピクシーも、その周りにいる兵隊のピクシーも、俺には見覚えがない。
何より、俺の姿は当時とは変わっている。見知った者と会っても、そう簡単に見破られることはないはずなんだけれど……
しかし、リーダーは槍を振って歩けと指示するだけで何も言わない。
もちろん戦って蹴散らすことは簡単にできるが、俺は戦闘狂ではないし、セシリアは言うに及ばず。
俺たちは、仕方なくピクシーたちの後についていった。
■□■□
「待っていたわよ、ルイ」
ピクシーたちのサイズで言えば、大きすぎる屋敷は無論、この館が他の種族との交流が行われるからだが、その館の前で、一人のピクシーが腕を組んで浮かんでいた。羽がバタついている。
「げっ!」
俺は思わず、口にしてはいけない言葉が反射的に出てしまった。
「じょ、女王様……ご無沙汰しております」
そう、館の前で待っていたのは、高貴な服装をした美しい女性のピクシー。
ピクシー族の女王であるラレーヌだ。
彼女と最後に会ったのは500年以上前のはずだが、俺の記憶に刻まれた姿と寸分違わぬことに驚き、そして同時に懐かしさを覚えながら、俺はたどたどしく返事を返した。
「げっ、とか、女王様とか、ご無沙汰とか……」
かなり呆れたような表情を浮かべる女王は、確かに俺が知るラレーヌだった。
「突然、森に大きな魔力が現れたことで起こされて、その魔力が懐かしいルイの色がついていることに気がついて――だから森の入り口で待つように命じたのよ」
「そ、そううですか」
「ルイ、この方は?」
隣でセシリアが俺の腕をツンツンとしながら、小声で聞いてきた。
「ピクシー族の女王、ラレーヌ様。最後に会ったのは500年以上前だし、俺たちは鬼人族の姿なんだけれど……バレた」
俺も小声で返すと、女王が「そりゃ、バレるわよ。あんなべらぼうな魔力を持つ者なんて、他にいるわけがないじゃない」と呟いたのが分かった。
「どうせ、私に挨拶もせず、鬼人のところに行こうとしていたんじゃない?」
「え、えーっと……」
俺がどうしようかと辺りを見渡すと、ここまで案内したピクシーたちが囲んでいる。
いや、逃げ出さないよ?
セシリアもいるし、さすがに女王の前でそんなことをしたら、それは不敬すぎるからね。
「まあいいでしょう。とにかく中に入りなさい」
俺が困っているのを見て満足したのか、女王は笑っていた。
■□■□
「たぶん、人族だったら久しぶりでいいのよね」
館に足を踏み入れて、通されたのは、大きな木をくり抜いた部屋だった。
大きさは全然違うけれど、俺が師匠と暮らしていたトネリコの木の根元にあった部屋と似た感じのせいか、とても居心地が良い。
体のサイズが違うけれど、大きなテーブルを挟んで俺たちは女王と向かい合っていた。
ちなみに俺たちは、もうばれてしまったから【へんしん】は解いている。
「ああ。久しぶりでいいよ」
俺の砕けた口調にも、女王の後ろ控えるピクシーたちは何も言わない。
よく見ると、昔見知った顔が並んでいるのが分かる。
「一緒にいるのは?」
「人族のセシリア」
「セシリアと申します、女王様」
「あらあら、ご丁寧に。私はピクシーのラレーヌよ」
「セシリアは、勇者なんだ」
「勇者! 凄い人と一緒にいるのね」
「まあ……一応」
「確か、この国を出るときは、亜人たちが住むスーマン大陸に向かうって言っていたんじゃないかしら?」
「うん。そのままいろんな大陸を一通り巡って、200年ほど前から人族のボクゥゲンス大陸にいたんだ。セシリアとは、そこで最近知り合った。」
「随分、うろちょろしていたのね」
「あ、ああ」
女王には昔、散々世話になったから、どうしても頭が上がらない。
隣でセシリアは、挨拶が終わったから自分の番は済んだとばかりに、こちらを見ることなく出されたお茶を澄ました顔で飲んでいる。
「ボンヌには、急ぎの用でもあるのかしら?」
「いや、特にないけれど……遺跡を訪ねようかと思ってここに来たんだ」
「そう。急ぎじゃないなら、ちょっと手伝ってもらえないかしら」
「手伝い? って何を?」
「迷宮の調査をして欲しいの」
「迷宮の調査?」
「ええ。実は少し前にね、オーゼロ迷宮でスタンピードが発生したの」
「オーゼロ迷宮って、ツェント湖の?」
「そう」
ツェント湖は、このピクシー族の国であるフェの中央に位置する大きな湖だ。
その中央には小さな島があって、そこにオーゼロという迷宮が存在していた。そこでスタンピードが発生したらしいのだが……
「それは大変だったんじゃ? クラスは?」
「アルファクラスだったわ」
「アルファ!! まさか、ツェント湖が使えなくなったんじゃ……」
「ええ。私たちもそれを覚悟したわ」
「勇者召喚は?」
「急すぎたから、間に合わなかったの」
「急?」
「ええ。突然、始まったのよ」
「予兆は? 予知は?」
女王が首を横に振る。
「まだ、この国には【予知】のスキルを持つ者が現れていないから……」
「そうか」
スタンピードの発生は、その多くは【予知】のスキルを持つ者がいれば、ある程度は事前に準備ができる。だが、俺がいた当時も、ピクシー族の中ではその【予知】のスキルが現れていなかった。その後も、現れなかった、ということか。
「最初は、SSランクのバトルシープが現れたの。だからアルファクラスであることは、すぐに分かったわ」
「え? バトルシープ?」
聞き覚えがある魔物の名前に、俺は固まっていた。




