追憶(9)ラヴィン
少し銀色が輝いているような白い髪と、白い肌は神秘的な雰囲気を纏っている。身に纏っているのは、確かキトンと呼ばれる衣類だったはず。ラメ入りの絹糸で織られたかのように、キラキラしている。
髪には、葉をあしらったような髪飾りが。確か、ヘッドドレスでよかったっけ?
ダンジョンボスには見えないな。
「ダンジョンボス? 違うわ。私はラヴィンよ」
「ダンジョンボスじゃない?? じゃあ……」
ダンジョンボスではないと自己申告した女性だが、不思議と恐怖を覚えない。優しそうな、いや神秘的な雰囲気を纏っているから?あるいは、クリアなイメージを抱かせる美貌のせい?
まあ、ここは異世界だから、空中で浮いている人がいてもおかしくはないのかもしれない。
’(いや、待てよ?)
ダンジョンボスじゃないなら……
「……もしかして精霊? 女神?」
「精霊や女神じゃないわ。これでも人族よ」
「人? 空中に浮いているのに?」
「ああ、これは現身なの。私の体は誓約によって後ろの木になった、と言えばイメージできるかしら?」
どうやら幽霊や魔物ではなかったようだ。
「誓約で木になった、って……もしかすると、神との誓約?」
「ふふふ。さすが地球から来た人ね。想像が豊かだわ。残念だけれど神じゃないわ。スキルよ。スキルの誓約。私も随分と長いことこの世界にいるけれど、まだ神と会ったことはないわね」
「スキルの誓約? いや、それよりも俺が地球人って分かるのか?」
「ええ。私は相手のステータスを確認できるスキルを持っているわ。あなたの名前はルイ。年齢は7歳。レベルとステータスは全て4。そして、あなたが持つ『ひらがなスキル』が、ルイが地球からの異世人であることを証明しているわ。たぶん、あなたの実年齢は7歳より上ね」
なるほど。丸わかりのようだ。
俺が実は7歳じゃなかった、ということも分かるのか。そして「ひらがなスキル」って、あれのことかな?
「ふふふ。私もあなたと同じ地球から訪れた異世人なの。ひらがなスキルも持っているわよ」
地球人と聞いて、俺は少しラヴィンとの距離感が縮まったように感じた。
それよりも気になるのは……
「俺のひらがなスキルって、『ぷらすわん』のこと?」
「そう、それよ。しかも、まだステータスのレベルが4しかないから、間違いなくギブスキルよ、それ」
「ギブスキル?」
俺にとって、レベルが1あがるごとに、ステータスを1しかプラスしない、いわば「迷惑スキル」といって良いのだが……ギブスキルと言うと、実は特別なスキルだったりするのだろうか?
「そう。異世界に渡ったとき、稀に与えられるスキルのこと。与えられるの『ギブ』から、ギブスキルと呼ばれているの。ギブスキルを持つ人は、地球にいたときよりも若い年齢になってこの世界に訪れるの。もし、ステータスのレベルアップにより生まれたスキルなら、最低でも最初に獲得できるのはレベル10になったときだから」
「なるほど。俺の中に生まれた、『ぷらすわん』というスキルは、そのギブスキルってことなのか……」
「ええ」
おお! これって、いわゆるチートってことなんじゃないだろうか?
俺TUEEEEEEの出番!?
「なんか、よからぬことを考えているようだけれど……」
む! 考えを読まれた!
「ふふふ。特別なものが手に入るとドキドキするわよね。男の子なら特に。いいわ、詳しく教えてあげる。少し話が長くなるから飲み物でも準備しましょう。私の家にいらっしゃい」
「家?」
「そう。あなたの前に生えている木が私なんだけれど……中で過ごせるわよ」
すると、祠の後ろに見える木の根元のところに、スゥっと木の扉が現れた。
すごい。
ただ……
木の直径は数メートルはありそうだけれど、中で過ごせるほどの広さはないように思える。
俺の疑問が顔に現れていたのかラヴィンはもう一度「ふふふ」と笑った。
「中は異空間だから広くなっているの」
なるほど。
そして俺は、ラヴィンの後について、その木の中へと向かった。
■□■□
ラヴィンが近づくと、自動ドアのようにフェアリードアが外側に開く。
リン
乾いたドアベルの音が心地よく聞こえる。
中は想像していた以上に広く、そして明るかった。
異空間、すごい。
暖炉があって、真っ赤な熾火が部屋の空気を温めているのが分かる。中央には、ソファーと木でできたローテーブルも置かれていた。
(あ……)
暖かな空気に俺は体をブルッと震わせ、そして自分がみすぼらしい格好をしていることにようやく気がついた。
着ているのは、穴の開いた布といった感じの服。確か、これは貫頭衣だったっけ?
あの召喚された部屋では、普通の洋服を着ていたはずだが、たぶん運ばれている途中で着替えさせられたのだろう。召喚されたとき、何を持っていたのか、全く覚えていないが、手元には何もない。
相変わらず、自分のことは全く分からないが、いろいろな知識だけは頭の中に浮かんでくる。
祠、ドアベル、暖炉、ソファー、ローテーブル、貫頭衣…………いずれも意味合いも思い浮かぶ。
「座ってね」
ふわふわと浮いたまま、ラヴィンが俺を落ち着いたベージュ色の色合いのソファーに導いた。
ぽよん……
うん、座り心地は抜群だ。
ラヴィンが指をパチンと慣らすと、テーブルの上にマグカップが現れた。
「魔法?」
「ううん、これは私が持つひらがなスキルで取り寄せたものよ。ココアは好きかしら?」
「ああ。飲める」
そうか、俺の見た目は7歳なのだから、甘い飲み物を差し出されるのも当然だ。
恐る恐る手を伸ばしてマグカップを掴む。
温かい。
掴んだ手に、熱くはない温かさを感じさせる温度が伝わってくる。
その温かさが、俺の心に何かを灯してしまったのかもしれない。
「……うっ、うっ」
意識していないのに、嗚咽が込み上げてきた。
俺は少年じゃない。自分が誰かという記憶はないけれど、大人のはず。
でも、体のサイズに引っ張られたかのように、心のサイズも小さくなってしまったのかもしれない。
下を向いて泣きじゃくっていた俺は、ふわりと優しい香りに包まれていた。
ぎゅっ
隣に座るラヴィンが、俺を抱きしめてくれたようだ。
♪♪~♪♪~♪♪♪♪…………
ラヴィンの歌声が聞こえる。聞いたことがない歌。でも、心に響く歌。
優しい調べが、俺の心を温かな陽だまりの中へと導く。
反射的に俺は、彼女に縋り付いていた。
「うっ、うっ、うっ、うっ……」
ラヴィンには実体がないと思っていたのは、俺の誤りだったようだ。その優しい香りと温かな体温が、そして陽だまりの歌声が、俺の硬くなっていた心をゆっくりと溶かしているみたいに感じる。
不思議だ。
音楽が人を癒す、という知識は持っているけれど、ラヴィンの歌声は俺が抱える不安や恐怖を、心から少しずつ剝がしてくれているように感じる。
やがて……歌い終えたラヴィンが俺にそっと話しかけた。
「――――ルイ、ゆっくりでいいから、何があったのか話して」
記憶はなくても、自分が陥った状況が異常な状態であることが分かっていた俺は、ぐすん、ぐすんと鼻をすすりながら、今日の出来事をラヴィンに話した。
(何をやっているんだ、俺は。これじゃ、ただの子どもじゃん?)
だが、一度大きく振れてしまった心は、すぐに元に戻ることはないようだ。
吐露するかのように俺は言葉を絞り出していた。
召喚されたときのこと、一緒にいた少年少女のこと、パワーレベリングのこと、そしてステータスがしょぼくて放り出されることになったこと、さらに、白い転移石でどこかの国に送られるところが透明な魔石で無理やり転移させられ、ここに送られてきたことを。
「そう……よく頑張ったわね」
優しく頭を撫でてくれるラヴィンの手の柔らかさを感じながら、話し終えた俺は、しばらくの間、再び泣き続けていた。




