追憶(8)祠
「うっ……」
目が覚めると、俺は風が吹く丘の上にいた。
体を起こして、地面に座り込む。風は強くないが、少し肌寒い。
見当識障害に陥ったかのように、自分がなぜここにいるのかが分からない。
しかし――
こうした時、どうすれば良いのかを、俺は分かっていたようだ。無意識のうちに、ゆっくりと息を吐き、そして吸う。
やがて……
ぼんやりとした思考が、明確な意識として覚醒していく中で、俺は自分が置かれた状況を思い出していた。
(……そうだ!)
少年少女と共に、召喚士ブリュノから聞かされた話の内容や、その後、別の部屋で行わさせられたパワーレベリングのことが思い出される。
(――ぷらすわん?)
そうだった。
パワーレベリングでレベルが上がったとき、本当なら平均で10ずつ以上は上がるはずのステータスが1しか上がらず、俺は見切られて捨てられたんだ。
しかも、あの時の二人組の言葉が正しいなら、送られたこの場所は、どこかのダンジョンということになる。しかもボス部屋?
ゆっくりと辺りを見渡すと……
俺はこんもりした丘の頂上にいることが分かった。背後には、一本の大きな木が立っていて、その前には、古びた祠がある。
木は、緑に茂っている。天頂は見えないが、信じられないぐらいの高さというほどではない。数十メートルぐらいだろうか?
祠は高さが一メートルぐらいか。さほど大きくはない。古びているし緑の苔も生えているが、朽ちているわけではない。
そして、俺がいる丘の広さを見渡すと、数百メートル四方ぐらいのように見えた。草も何もない土だ。丘は結構な高さがあるようだ。見渡すと周囲が一望できる。
その見渡す限りの一面四方には…………風にゆっくりと揺れている草原が広がっていた。
見えるのは草原だけ。俺の体が埋もれるぐらいの背がありそうな草原だけれど、木も川も、そして山も何もない。緑の草原の端っこは、四方いずれも青空がそのまま接している。
まるで草原に埋もれてしまったような感覚を覚えた俺は、背筋がスーッと寒くなったのが分かった。
イメージするボス部屋ではないが、ここにボスがいるなら、俺の命は風前の灯火と言ってよい。
もう一度、辺りを見渡すが、動いているのは揺れる草だけ。他には何もない。
(怖い……)
聞こえるのも、風の音だけ。他には何の音も聞こえない。
丘の下にただ草原だけが広がっているこの光景は、いつボスが現れるか分からずに怯える俺を、今度は孤独という恐怖の中に連れて行こうとしている。
小説の中で、地下に降りるダンジョンの中に、地上や海と見まがうような光景が広がっている、というのを読んだ覚えもある。
ここも、周囲の光景はダンジョンが作り出した疑似的なものなのだろうか?
ただ……
見上げた空には、真っ白な太陽が輝いており、確かに俺の肌はその熱を受けていた。
(だめだ、このままじゃ)
置かれた孤独感に逆らうかのように俺は、「ステータスオープン」と言葉を口にしていた。
ブン
目の前にステータスを示すボードが浮かび上がり、少し心がホッとした。
名前:ルイ
種別:人族(異世人)
年齢:7歳
性別:男
職業:■■■■
レベル:4
攻撃力:4
魔力 :4
防御力:4
精神力:4
運 :4
スキル:ぷらすわん
(最後に見たのと変わっていないか……)
そのボードは、さっきまでのどこかの城内での出来事が現実だったことを示し、そして俺のこの世界での力が、どうしようもなく弱いものであることを知らしめていた。
(どうする……?)
もう一度、辺りを見渡す。
サバイバル、という言葉が脳裏に浮かんだが、とにかく見渡す限り草原以外の何も見えないから、何をどうすれば良いのかが想像できない。
川はもちろん山も見えず、この草原がいったいどれだけの広さが広がっているのかが分からない。
確か、海抜0メートルで人が見渡せる距離は地球の場合、4キロほどだった。この丘の高さはマンションなら10階近くはありそうだ。30メートルと仮定した場合の見渡し距離は20キロほどだったはず。
その20キロ四方に見えるのが、一種類の草(少なくとも、そう見える)しかない、というのは異常な光景だった。
(とにかく、まずは水を探しに行くしかないか……)
ただ、どの方角に向かえば良いのか、全く見当がつかない。もしかすると何十キロ歩いても、草原のまま、という可能性もある。
さらに問題は、この草原に人が敵とする動物、いや魔物がいた場合に、すぐに気がつくことができない、ということだ。あの二人の男たちの言うことが正しければ、ここにはダンジョンボスがいるはずだし。
果たして7歳サイズの俺が、足を踏み入れて生還が可能な草原なのかが分からない。とういうか、戦闘のスキルがない、戦う力も普通の人のレベル1にも到達しておらずゴミのようなもの。どうあがいても、生還できるはずがない。
それでも――何もしないで手を拱いていても状況が良くなるはずもない。
(とにかく、状況を整理するしかないか……)
俺は、今の状況で確定していることを考える。
ほぼ確定していることは、ここがダンジョンであること。そして、ボス部屋の可能性が高い、ということ。
もちろん、二人組のあいつらが転移に失敗した可能性もあるが、今はダンジョンだと思って行動すべきだろう。
そして、このダンジョンは生き物の姿が見えないが、あいつらは「死が確定」だから「俺たちに感謝する」みたいなことを言っていた。
ダンジョンは、俺が思う以上に危険な場所、ということだ。
(動くと危険、動かないと餓死が待っている、か……)
見知らぬ場所に対する本能的な恐怖はあっても、不思議と死の恐怖は感じない。
想像するような世界を当てにするのはどうかと思うが、この世界に呼ばれてからの出来事は、少なくとも俺が想像した部分と大差がないことは確かだ。
ということは、今、確認すべきは、この大木と祠の二つだろう。
何もない草原と大木と言うと、世界樹のような特別な樹木が想像できるが、空に届くような高さじゃないし、実も生っているようにも見えないから、たぶんそこまで特別な樹木ではないのだと思う。
祠については分からない。
俺は立ち上がり、そしてまず祠に近づいた。
扉で塞がれているが、これは開けても大丈夫なのだろうか?
自分の中の知識を探ってみるが、祠については浮かび上がってこなかった。神を祀る神聖なもの、というイメージぐらい。
タブーがどこにあるのかが分からない。
とりあえず、前に立った俺は跪いてみた。
敬意は払うべきだ。
両手を握るのが正しいやり方かは分からないが、なんとなくそれが良いように思い、俺は目をつむり両手を握ってみた。
ここからどこかに向かうにしても、四方が同じ景色なのだから、判断がつかない。でも、もしかすると、この祠がどの方角に向かえば良いのか(東西南北があるのかどうか、あったとしてもどこが南でどこが北なのかも分からないが……)を教えてくれるかも、と軽い気持ちで祈ってみたのだが――――
「――魔草原に足を踏み入れちゃ、ダメよ?」
人の声に心臓が跳ね上がった俺は、まるで漫画のようにジャンプして立ち上がっていた。
そして――
祠の上には、一人の女性が浮かんでいた……
「えーっと?……誰? ま、まさか――――ダンジョンボス!?」
明日からは、毎日1話、投稿する予定です。




