【閑話】銅像(後編)
※第一章はこれで終わりです。
次話からは、第二章「幽玄の森」です。
「まずい!レッドマンティスか!」
丘の上から、ブルーマンティスを一回り大きくした大きさの、4匹の赤いカマキリが羽を広げて滑空してきくるのを見た騎士が苦しそうな声を上げる。
距離は数十メートル。
「動け!動け! 動け!」
ハヤトの願いは空しく、構えた剣がブルブルと震えるだけ。
レッドマンティスの状態異常攻撃、【硬直】のスキルを三人は受けていた。
ユヅキも、解除させるスキルを発動させようとしているが思い通りに詠唱ができない。硬直時間は5秒。
レッドマンティスが鎌を揮うには十分すぎる時間だった。
先頭のレッドマンティスは、まず一番近い場所にいた騎士に鎌を揮った。必死に騎士が体を横に倒すが、腕と脚が斬り飛ばされる。
「グワッ!!」
その悲鳴を聞いたハヤトは、もう目前に迫ったレッドマンティスを見ながら、必殺技のスキルを発動させた。
「くそっ! 【生殺与奪】!」
「ハヤト!」
ユヅキの悲痛な叫び。
――動いた!
だが、レッドマンティスの鎌が揮われる前に、ハヤトはその場から消えたのが確認できたユヅキはホッとした。ハヤトが一直線に、レッドマンティスに向かう。
一通りの状態異常を無視して攻撃できる【生殺与奪】は、まさしく必殺技。
「うぉおおおおおお!!!!」
大声を上げて、レッドマンティスに突っ込んだハヤトは剣を揮った。
シュパッシュパッシュパッシュパッ
たった四振りの剣戟だったが、見事に4頭のレッドマンティスを切り刻み、そして魔素の煙へと変換させた。
「ふぅ……」
残心の姿勢で息を吐き、そして他に敵の気配がないかを探ったハヤトは急いで騎士のところに向かおうとしたが、その場に膝をついた。
「くそっ!」
そう、【生殺与奪】のスキルは、同じく勇者によく生える【限界突破】のように、ステータスを爆上げして、なおかつ自分に掛けられた状態異常を無効にさせることができる。だが、有効時間が過ぎれば、しばらくの間、行動不能に陥る代償を払う必要があった。
ユヅキが駆け寄ってくるのに気がつかず、ハヤトは必死に騎士の方に手を伸ばしていた――――
■□■□
「残念ですが……」
「くそっ、くそっ、くそっ!」
扉から出てきた、治癒を行った神官が首を横に振ったのを見たハヤトは、ドンドンドンと壁を叩いた。
ハヤトたちの指導に当たってくれていた騎士は、レッドマンティスが揮った鎌で両足と右腕を失った。
ユヅキが使えるようになった【治癒】のスキルで治療したが、★はまだ一つしかついておらず、出血は止まったものの失った血液が多く、すでに騎士は意識を失っていた。
ハヤトは、なんとか動けるようになってから急いで騎士を担いで迷宮を出たが、間に合うことができなかった。
治癒室の前に置かれた長椅子には、ユヅキがが座っている。
「ハヤト……」
震える体を抱いているユヅキの側に向かったハヤトは、黙ってその体を抱きしめた。
「もう……ダメかもしれない。怖い」
いつもなら包容力を見せる姉御肌のユヅキが、こうも弱弱しくなっているのも無理もない。
指導に当たってくれていた騎士は、休みの日も街に連れて行ってくれるなど親しい関係にあった。
それが何の予兆もないまま、レッドマンティスの鎌で切り刻まれたのだ。
いや、予兆がなかった、というのは言い過ぎかもしれない。
あのとき、ブルーマンティスを倒したあと、警戒が薄れていたのは事実なのだから。
もちろん、探知のスキルを持たないハヤトやユヅキに、それを期待するのは難しかっただろう。だが、難しいから、命が失われてしまって良いはずがない。
「ユヅ……」
「もしかして、私たち調子に乗っていたのかな……」
ユヅキの言葉にハヤトは何も言えなかった。
確かに、異世界に来て力をつけて成長している毎日は楽しくて仕方がなかった。
魔物たちの命を奪う行為も、慣れれば忌避感は失われていった。
訓練と言う安全が保たれている中で、自分たちが行動しているものと思い込んでいた。
だが……
親しい人の命が、しかも目の前で突然失われた衝撃は、あまりにも大きかった。
ハヤトは、自分たちが少年少女だったことを突然、思い出していた。
勇者なんかじゃない。リアルとバーチャルを混同させていた物知らずだった。
その時――
「大丈夫か?」
唐突に声を掛けられたハヤトは振り返った。
そこには、ハヤトたちを召喚した、召喚士ブリュノが立っていた。
「…………」
「明日からは、違う騎士を指導につける。スタンピードまでの時間はあと一か月だ。今日のことを忘れずに油断しないで訓練を続けるんだ」
「え?」
平然と言うブリュノ言葉が、ハヤトには信じられなかった。
「訓練? 明日から? 葬儀は?」
「葬儀? 葬儀に立ち会って一日を無駄にするのか?」
「む、無駄って……」
「スタンピードを防ぐためには、10でも20でもステータスを上げる必要がある。そのための時間を、葬儀に立ち会って失って良いのか?」
あまりに非道に思える言葉に、ハヤトは絶句していた。
「一人の死を悼む時間で千人の命が救えるとしたなら、どうする?」
「…………」
「都市の中央広場に銅像が建てられて、人々に敬われる異世人になるのか、あるいはスラム街に溶け込むように消えていく異世人になるのか、どちらの選択肢を選べるのかは、これからのお前たちの行動が決めることになる」
「……分かりました。明日も訓練に向かいます」
「え? いいのか、ユヅキ」
さっきまで震えていたはずのユヅキが、少し睨むようにブリュノを見ながらはっきりと口にした言葉に、ハヤトは驚いていた。
「ハヤト。そう、私たちは少し考え違いをしていたのかもしれない。異世界に召喚されたことで、自分たちが特別存在なんだって無意識のうちに思い込んでいたのかもしれない。でも、いつでも死は平等に待ち構えているわ」
「それはそうだけど……」
「私は、ハヤトを失いたくない。もしもそんなことがあったら、私も生きていけない」
「それは俺も同じだ!」
「だったら……お互いが生き残れる道を見失わないように進みましょう」
ハヤトとユヅキの言葉を黙って聞いていた召喚士ブリュノは、僅かに頷くとその場を離れていった。
■□■□
二年後。
中央広場には、大きな銅像が建てられていた。
剣を持った男性と、杖を手にした女性の銅像だ。
「この銅像は……勇者か?」
男女の旅行者が、銅像の前で立ち止まった。
「ええ。2年前に起きた西の白虎ダンジョンのスタンピードを収めた異世人の銅像よ。勇者と聖女ね」
「ああ、吟遊詩人の唄を聞いたことがある。確か、スタンピードボスを最後、勇者が差し違えるように倒したって、やつか」
「実際には、差し違えたんじゃないらしいわ。でも、歩けないような傷を負うぐらい大変だったみたい」
「そうか、英雄だな」
「そうね。だから銅像が建てられたんじゃないかしら」
「勇者と聖女には会えるのか?」
「いえ、傷ついた勇者を聖女が支えて旅に出た、という話よ」
「そうか……これは、何と書いてあるんだ?」
銅像の台座には、一文が刻まれていた。
【What is more important than enjoying yourself?】
「さあ? 読めないわね。勇者は異世人だったから、元の世界の言葉じゃないかしら?」
「ふーん、そうなんだ」
やがて、銅像への興味がそこで失われたのか男女の旅行者はその場を離れた。
その書かれていた文字が、「自分自身を楽しむことよりも大切なことは?」という意味を示していることを、この世界に住む人々は誰も知らなかった。
そのメッセージは果たして、誰に書かれたものだろうか?
――この世界に住む人々?
――これからこの世界に転移してくるであろう地球人?
その答えを銅像になった勇者と聖女が語ることはなかった…………




