【閑話】銅像(中編)
「ところで、ハヤト。地球に帰りたいってことはない?」
「ああ。もちろん」
ハヤトは即答した。
召喚されたときに召喚士ブリュノが言っていたように、この世界に転移してくる者たちは異世界への憧れを持っているのか、帰るという選択肢を選ばない。もちろん、ハヤトもユヅキも例外ではない。
心残りがないわけではないが、帰りたいとは思えない。本心で言えば、召喚されたことに嬉しさしか感じない。
もっとも二人は、この世界の場合、地球にいたころのような「安全」が保証されているわけではないことに気がついていない。
魔物と戦う、ということは、魔物を自分たちが倒すのと同じく、魔物たちも自分たちの命を狙うことになる。
元の世界では、「命は地球より重い」と言われていたが、この世界では命は吐いて捨てる程度の価値しか認められていないことに気がついていなかった。
とはいえ、異世界での生活を夢見ていた二人にとって、命の保証がないことが、異世界から帰還したいという願いに繋がらないことも確かだったのだが……
「私も。だったら、これからどうすればいいのか、作戦を立てましょう」
「作戦?」
「そう。私たちがしなきゃいけないのは、迷宮から魔物が溢れてくるスタンピードを止めること、よね?」
「そう言ってた」
「しかも、そのスタンピードのクラスは、上から二番目のベータクラスって言っていたから、かなり真剣に向き合わなきゃいけないと思うの」
「でも、俺達には対抗できるスキルがある」
「ハヤト、軽率に考えちゃダメ」
「何が?」
「この世界の人たちが太刀打ちできないから、私たちを呼んだのよ。ということは、今回、私たちが立ち向かうスタンピードで現れる魔物たちは、この魔法が使える世界の人たちよりもはるかに強いってこと」
「そうか……」
「だから――この世界の人たちを片手でいなせるぐらいに私たちが強くならなきゃ、スタンピードに向かいました、死にました、ってことになるわ」
「それは……まずい、かも」
ハヤトの顔が少し青ざめる。
「だから、作戦が必要なの。これから訓練が始まると思うのだけれど、どうすればもっと強くなれるのかを考えておいた方が良いと思うわ」
「もっと強くなれる?」
「そう。小説なんかと同一視しちゃいけないんだろうけれど、例えば魔力は使い切ると増える、って話は多いじゃない?」
「そうかも」
「私たちの魔力がそうだと言いたいんじゃないけれど、何かそういったこの世界の人たちが気がついていない、力を増やす方法があるかもしれないじゃない?」
「なるほど」
確かに、それはそうかもしれないとハヤトは思った。
「ハヤトがどう思っているのか知らないけれど、これはゲームじゃない。一度の失敗も許されないわ」
真剣なユヅキの言葉にハヤトは、もう一度考えることにした。
【生殺与奪】という、聞くだけで凄そうなスキルを手に入れたが、これがどんな力が分からない。異世界の小説やゲームで考えると、強力なスキルや魔法は、その力に応じた代償を必要としていることが多い。
例えば、発動に必要な魔力量が多い、とか、次に使えるようになるまでのクールタイムがあるとか。
それに……
ゲームで考えてみるとスタートからエンドまで一度の失敗もなくクリアできたことなど一度もない。バッドエンドを引き寄せればリセットだし、ちょっと強い敵に手を出して全滅することもしょっちゅうだった。あるいは、本線とは違う仲間を引き入れたり、違うスキルを選んだり、ゲームをやり直す理由はいろいろあったが、それはいずれもゲームを最高の形で終えるために選んだものであることは確かだっただろう。
だが、この世界では失敗が許される回数は、ゼロだ。やり直しはできないし、あり得ない。また、望んでいた最高の形で終えることができるとは思わない方がいい。避けられない小さな失敗が起きることを前提に考えた方がいい。
そして大きな失敗は、その代償を、おそらく自分の命で払うか、あるいは大切な何かを失うことで支払うことになる。それが体の一部なのか、あるいは大切に思う人なのかは分からないが。
だから、一度の失敗も許されないと考えて動いた方がよい。
「……分かった。失敗が許されないってことは理解したから大丈夫」
「そうね。しなきゃいけないこと、してはいけないことを間違えないようにしながら、この異世界で楽しく暮らしていくためのベースをこれから一緒に作っていきましょう」
「う、うん」
歳は同じなのに、気がつくと、いつの間にかユヅキに主導権が握られていることを少し不満に思いながらも、ハヤトは頷いていた。
■□■□
三か月が経過した。
「突っ込みすぎないように注意しろよ!」
「分かってるって!!!」
指導してくれる騎士の声を聞きながら、ハヤトは剣を斜に構えてブルーマンティスの前に立った。後ろにはユヅキが杖を握って、スキルを発動させる準備をしている。
少し先に丘がある平原は一面が草に覆われている。
足元の草は足首まの高さがあるが、それでも動けないほどではない。
「【身体強化】!」
詠唱を終えたユヅキがスキルを発動させる。
無色の気配がハヤトを包み込んだのが分かった。
ブルーマンティスは一言で言えば、巨大なカマキリ。ただし、腕、いや鎌は4本ある。その人と同じ身長の巨大カマキリにも、二人はもうすっかり慣れた。ここ三日間は、対戦を続けていたから。
ゾンビのような見た目と臭いがひどいアンデッドより、カマキリの方がよほど戦いやすい。
4本ある腕を大きく持ち上げて、羽をバタバタさせながら威嚇しているブルーマンティスに対して、ハヤトはタイミングを図っていた。
1、2、3、……
「――今だ!」
騎士のGO!という声に、反射的にハヤトは駆け出した。足裏で千切れた草が舞う。
直後に、ブルーマンティスが4本の鎌を振り下ろした。
「遅い!!」
その鎌から4本の斬撃がハヤトに向かうが、切り裂いた空間にハヤトはもういない。
一瞬の硬直状態をハヤトは見逃さず、「ハァアア!」と気合を入れて剣を振り下ろした。
シュバッ
首を斜めに断ち切られたブルーマンティスがドンという衝撃音を響かせながら倒れる。
「やったわ!」
後ろで控えていたユヅキの声が聞こえた時、ブルーマンティスの体が黒い小さな粉になって大気の中へ霧散していった。
「よくやった」
後ろから騎士がやってくると、ハヤトの肩をポンポンと叩いた。
「これで合格ですか?」
「ああ、十分だ。よくやった」
今日は、「西の白虎」ダンジョンの5階層で、実戦演習が行っていた。
ブルーマンティスはBランクの魔物だが、これを一撃で葬れるようになったハヤトは、冒険者で考えればAランクに上がったことになる。
訓練の期間も三か月を超えた。スタンピードまで一か月となったが、訓練は順調だ。
魔物を倒した経験値を共有できる腕輪をハヤトとユヅキが嵌めており、二人のレベルは40を超えている。
レベルはまだ中堅程度でしかないが、ステータスは五千を越えている項目もあるので、騎士団と共に戦えば、SSランクの魔獣も何とか倒せる見込みが立った。
騎士が、ブルーマンティスが残した魔石を取りに向かった。
「今日は、ここまでだ。戻って、明日からは――」
騎士が魔石を拾った、その時。
「「「「キシィイイイ!!」」」」
突然の複数の軋む声が聞こえると、三人の体が膠着した。
※後編に続きます




