【閑話】銅像(前編)
※中編に続きます
※ルイと一緒に召喚された少年と少女の話です。
「ふぁあ……疲れた」
ベッドに身を投げ出した少年――ハヤトが大きく手を伸ばした。
部屋には二組のベッドが並べられており、もう片方にはユヅキが座っている。ベッドは柔らかく寝心地もよさそうだったから、たぶん高級品なのだろう。
「ハヤト、私たちこれからどうなると思う?」
「どうもこうもない、魔物を倒してこの国を救えばいいんじゃないかな」
「もう……ハヤト、ちゃんと考えなきゃダメよ」
ユヅキが枕をポンとハヤトにぶつけた。
「何を考えなきゃいけないんだよ?」
「だって、これから私たち、魔物と戦わせられるのよ? さっきのスライムは赤い血も出ないし見た目も生き物って思えない感じだったからまだよかったけれど……ハヤトは、人と同じ形をした魔物を倒せるの? たぶん、この世界にはいるはずよ、ゴブリンとかオークのような人型の魔物が」
「だって、魔物だろう? ユヅは赤い血が出るからと言って、腕に止まって血を吸っている蚊をつぶさないのか?」
「そりゃ……潰すけど……」
ユヅキが見せる不満そうな顔を見ても、ハヤトは動じない。
「とにかく、俺たち異世界に来たんだ! どうやってこの世界を楽しむか、考えなきゃ!」
「ハヤトは、いつも呑気ねぇ」
今度は呆れ顔になユヅキ。
だが、その言葉には呆れは含まれておらず、仕方がないかといった雰囲気だった。
■□■□
生まれた時から家が隣同士だった二人は、幼馴染だった。
田舎は子どもも少ないし、二人が家族で友人で、そして恋仲になったのは、極々当たり前のことだったのだろう。
もっとも、あまりに二人で過ごす時間が長かったこともあり、小さいころから一緒にお風呂にも入っていたし――もちろん、両方の両親が公認の上で、だ――、体の関係も数少ない友人の中でもっとも早かったと思うが、そうなってからも他人から二人の見た目上の関係は「恋人」よりも「親友」の方が似合っていた。
都会とは違い、田舎の生活は毎日がルーチンの中にあるようなものだ。
家を出れば田んぼがある。畑がある。山がある。森がある。
自然は、嫌と言うほど溢れていたが、「街」と名がつく場所は、一か月に一度、訪れることができればよい場所にあったのだから、生活に変化が乏しくても仕方がない。
もちろん、四季の営みは、生活に変化をもたらしてくれるが、生まれて物心がついてから十数年、年単位で考えれば、毎年同じ営みが繰り返されるだけ。
とはいえ、家にいながら「世界」とつながることができるネット環境の発達は、毎日の生活にさまざまな変化を与えてくれた。それも彩りを持たせて。
リアルとバーチャルが入り混じった世界で思春期を迎えた二人にとって、「異世界に召喚された」ということは、非日常ではあったが、それほど特別なものでなかったのかもしれない。
■□■□
「あのジュワンとした感覚は、なんとも言えない感じだったな。俺たち、強くなったんだよな?」
「たぶん?」
「どうすれば、実感できるんだろう?」
「近いうちに、迷宮で訓練するって言ってたから、そこで分かるんじゃない?」
「そうだろうけれど……」
すると、ハヤトがいきなりベッドから起き上がった。
「ユヅ、腕相撲しよう!」
「えっ?」
「腕相撲すれば、どれだけ強くなったか分かるだろう?」
「……何言っているの、ハヤト」
ジト目になるユヅキ。
「ハヤトも私も、レベルが10になって同じように力が上がったんだから、二人の間で何も変わっていないわよ。元から、ハヤトの方が力が強かったんだし。今、攻撃力はいくつなの?」
「俺? えーと」
そして、ハヤトは空中を見上げた。ステータスボードを呼び出しているのだろう。
「あった。これだ。えーっと……1,250かな」
「ほら、やっぱりハヤトの方が強いわよ。私は攻撃力が633だから、話にならないわ」
「それもそうか……」
残念そうなハヤトだったが、何かに気がついたようだ。
「そういえば……あの少年はどうなったんだろう?」
「私たちが部屋を出た時は、ちょっと嫌な感じだったわよね? いくらなんでも、あんな子どもに何かするとは思えないけれど……」
「ステータスが、上手く上がらなかったんだよな?」
「ええ。確か最後に聞いたのは、レベルが4で、全部のステータスも4だったと言ってたわ」
ハヤトのステータスは「勇者」という万能タイプの職業のせいか、全て1,000を越えているし、ユヅキのステータスも「聖女」だけあって、魔力と精神力は勇者であるハヤトの数値を上回っている。
名前:ハヤト
種別:人族(異世人)
年齢:16歳
性別:男
職業:勇者
レベル:10
攻撃力:1,250
魔力 :1,100
防御力:1,760
精神力:1,380
運 :8
スキル:【生殺与奪】
名前:ユヅキ
種別:人族(異世人)
年齢:16歳
性別:女
職業:聖女
レベル:10
攻撃力:633
魔力 :1,808
防御力:765
精神力:2,004
運 :17
スキル:【聖域展開】
「今度、あの少年がどうなったのか、聞いてみましょう」
「そうだな」
「ところで――ハヤトのスキルは【生殺与奪だ】ったわよね?」
「そう」
「どんなスキルなのかしら?」
「さあ? 四字熟語の意味だけ考えると、相手を生かすも殺すも自由とか、何かを奪ったり与えたりする、だっけ?」
「そうね。自分の思い通りに相手を支配する絶対的な権限、ってやつね」
「すごいよな。ユヅの【聖域展開】も、たぶん文字通り聖域を展開するって力なんじゃないか?」
「たぶん。聖域を展開すると、何ができるのかは分からないけれど……」
「どうなんだろう? ゲームで考えると、強力なバフか回復系の領域だと思うけれど………?」
「そうかもね」
「そういえば、あの少年のスキルは『プラスワン』だったっけ?」
「そう言っていたわね。レベルが1上がっても、全部のステータスが1しか上がんないって言っていたけれど……」
「だったら、レベルが1,000になればステータスも1,000になるって、ことか。それって実は凄いんじゃないか?」
「大丈夫、ハヤト? 計算できてる?」
「なんで?」
「もう一度、聞くけれどハヤトのレベルは?」
「10」
「それで、ハヤトの攻撃力は?」
「1,250」
「だったら、ハヤトがレベル1,000になったら攻撃力はどれぐらいだと思う?」
「…………10万を越えるかもしれない、ってことか」
「そうよ。あの少年はレベルが1,000になっても、今のレベル10のハヤトのステータスに追いつかないわ。それに――」
「それに?」
「レベルが10を超えると、レベルが上がりにくくなるらしいわ」
「そうか。ゲームでもレベルが上がれば上がるほど、必要な経験値って増えたよな。それと同じか」
「たぶん。あの少年の上がり方は、絶望しなきゃいけないレベルよ、きっと。もしも、これが異世界の小説なら、追放されているパターンじゃないかしら」
「でも、もしもそうなら、あとで大逆転するんじゃないか? それもお約束だろう?」
「そうね、そうだといいんだけれど……」
しばらくの間、二人は下を向き黙って何かを考えていたが、やがてユヅキが顔を上げた。




