【閑話】王が望んだ終幕(後編)
その入手した「破滅の種」とは、ある魔道具に関する研究の書物だった。
スタンピードが発生した場合に、出現した魔物たちを引き寄せる転移ポイントが設けられるというその書物は、内容を読む限り、本来は災害対策のためのものだったのだろう。
誰が研究した成果なのかは分からない。
だが、他の大陸も含めてこの世界のどこかで発生したスタンピードの座標を確認後、その座標を中心とした一定の範囲を他の座標に転移させることができるこの魔道具は、スタンピード終了後の禁足の地を影響が極力現れない地域に設定することで、事実上、スタンピードを無害化することができると思われた。
だが、王はスタンピードが発生した座標を自動的に検知できることを知り、これが自分の計画に使えるのではないかと考えた。
書物によれば、スタンピードの発生は、迷宮内の魔素の濃度が密接に関わる。この魔道具は、その濃度の検知も可能であることが分かった。
もちろん、魔道具の製造は一朝一夕に行えるものではなかった。必要とする素材は、SSランクの魔獣の魔石だったり、ミスリル以上の魔素の浸透が行える鉱石だったり、簡単ではなかったが、それでも王は自分が持つ権力を最大限に生かして、それらの素材を数年がかりで集めることに成功した。
出来上がった魔道具を使って、アンラビフォン迷宮内でいろいろと調査と実験を行ったが、その結果、アンラビフォン迷宮内の魔素が急激に増加して、アルファクラスのスタンピードが発生することが分かったとき、待ち望んだものが目の前に現れたことを王は理解し、そして狂気した。
――これで終幕を迎えることができる!
おそらく運命の女神がいるとするなら、微笑んでくれたのだろう。アンラビフォン迷宮がスタンピードを迎える直前、どこかでスタンピードが発生することを魔道具が教えてくれた。
残念なんことに、その地点の座標は表示されているが、そこがどこに当たるのかを王は分からなかった。おそらく、アンラビフォン迷宮を示す座標と明らかに違うので他の大陸なのだろうと思ったが、まあ詳しく知る必要はない。
しかも、ここに呼び寄せることができるそのスタンピードは2か所。さらに両方とも、アルファクラスであるらしい。
アンラビフォン迷宮で発生するスタンピードも、アルファクラスが予想されている。
三つのアルファクラスのスタンピードを一カ所にまとめることができればどうなるのか?
もちろんその答えを歴史が教えてくれることはない。そんな記録は残されていないのだから。
だが、たった一つだけでも、アルファクラスのスタンピードは、魔獣たちの蹂躙を防げなかったことが記録に残されている。
それが三つも立て続けに同じ場所で発生すれば、王が望む世界の滅びは避けられないのではないだろうか?
もっとも、王は迷宮の外に溢れたスタンピードが7日で終焉を迎えること、そして他の大陸は無論、例えこの大陸で考えても7日で魔獣たちが横断するには広すぎることに気がついていない。
とはいえ、三つのアルファクラスのスタンピードがアンラビフォン迷宮で発生すれば、いくらなんでもシュドリー王国は壊滅することになる。そして王国が終焉を迎えるときは、間違いなくシュドルワ王の人生も終焉を向かえている。
もちろん王は、自分がこのスタンピードから逃げ出すことに価値観を、意味を見出していなかった。
だから、自分が逝ったあとのことは、自分の想像の中で完結させればよい。そして、その完結させるための理由をしっかりと見つけ出すことが大切だと考えていた。
そして王は、二つの魔道具をアンラビフォン迷宮の内外へと設置した。広場と三階層の砂浜に……
■□■□
どこかでスタンピードが発生したのを確認したとき、王は迷宮内の三階層に設置した魔道具を起動させた。
そして現れたのはバトルシープ。
十分に満足いく結果だったが、一直線に迷宮外へと向かったバトルシープは、たまたま広場にいた勇者によって討伐された。
――これは、まずいな
アンラビフォン迷宮で発生するスタンピードはまだ三か月ほど先になる。
残る一カ所のスタンピードは、魔素の溜まり具合からすると、明日にでも発生しそうな状況のようだが、これでは2か所のスタンピードしか重ねることができない。
躊躇した王は、まず迷宮内の魔道具の座標ポイントを遅れて発生するスタンピードの座標に変更、広場に設置した魔道具の座標は、バトルシープが現れたポイントの方へと切り替えた。
これで先にバトルシープが現れたスタンピードの方が早く終焉を迎えさせることができる。
瘴気の中に、他のスタンピードで発生した魔物や魔獣たちが突っ込んだ場合にどのようになるのかは分からないが、少なくとも王が望む最悪のしょぼい結果につながることはないだろう。
アンラビフォン迷宮のスタンピードは、随分と遅れて発生することになるが、壊滅した街並みはまだ復興の途中であり、その分、容易に王都まで訪れることができるようになるかもしれない。
王は期待を込めて、輝かしい歴史に残るであろう自分の最後を待っていたのだが……
■□■□
「何!?」
「アンラビフォン迷宮のスタンピードが発生したとの報告が神殿からありました!」
速報を知らせる騎士が王の元を訪れていた。
「聖女が予知をしたのか?」
「その通りです」
「いつ発生したのだ?」
「二日前です」
玉座の間でシュドルワ王は、その報告に首を傾げていた。
――二日前? 聖女の予知なら、スタンピードの開始前のはずだが……
「なぜ、発生したあとの報告になった?」
「分かりません。ですが、アンラビフォン迷宮では、瘴気が発生しておりますので、国軍のスタシーへの派遣要望が国防相より出ております」
「それはならぬ。王都を防備せよ」
「ですが……」
「今、スタンピードで地上に現れた魔物たちは、どの地点まで進んでおる? 二日前ならすでにスタシーは陥落したのではないか?」
「いえ……魔物たちはアンラビフォン迷宮の外には出ておりません」
「何!?」
騎士の言葉に王は思わず、王座から身を乗り出していた。
「魔物が現れていない? では、なぜスタンピードが発生したというのだ?」
「それは聖女様が予知されたので……」
「……分かった。もうよい、下がれ」
「はっ」
連絡に来た騎士を下がらせたあと、王は護衛の騎士たちも王座の間から下がらせた。
――なぜだ?
確かにスタンピードは発生した――はずだ。発生した瘴気がそれを証明している。
だが、なぜアンラビフォン迷宮のスタンピードが発生したのに魔物たちが外に溢れてこない?
いったい迷宮内で、何が引き起こされているのか?
王は知らなかった。
規格外の異世人が、勇者を連れてアンラビフォン迷宮内でSSSランクを越える魔獣たちを蹂躙していることを。
王である自分の役割が、世界を滅ぼすことではなく、放浪していた異世人とその探し人である勇者を引き合わせることにあったことを……
確かに王は、歴史の一幕に関わっていた。だが、名を残すことなく退場を迫られることを知らぬまま、シュドルワ王は玉座で「なぜだ……」という言葉を、ただ繰り返し呟いていた。




