【閑話】王が望んだ終幕(前編)
「それで? 山に瘴気が滞留しているということなのか?」
玉座で肘をついたシュドルワ王が尋ねると、壇下に立つリッカル宰相が答えた。
「その通りです。王よ」
広い玉座の間には今、王と宰相の二人だけだ。声が響いている。
「出現した魔獣、ファイヤーシープだが、その後どうなった?」
「分かりませぬ。ただ山から下りてきた形跡は確認できておりませぬ」
アンラビフォン迷宮は二日前から瘴気に覆われたままだ。もちろん、誰も足を踏み入れることは許されていない。足を踏み入れれば、例え騎士団の精鋭たちが向かったとしても等しく死が待っている。
「それは、他の魔物たちも同じか?」
「はい。現在、アンラビフォン迷宮の山の山麓部分から約50ヤド(5,000メートル)地点で封鎖、監視しておりますが、山に瘴気が溢れてからは、一頭の魔物も山から下りてきていないことが確認できております」
「この状況を何と考える?」
重く暗い声に、宰相は王を見上げた。
王の目から、光が失われたのはいつ頃だっただろうか? ……今日は特にひどい、と宰相は思っていた。まるで闇を見ているようだ。
目を合わせるのが憚れる中で、それでも宰相は答えていた。
「はっきりと確定したわけではありませんが……」
言葉が濁る。推定できていることはあるが、それを口にして良いものかを悩む。
もしも宰相の言葉が事実と認定されれば、アンラビフォン迷宮は8番目の禁足の地と認定されることになるからだ。
だが……
「構わぬ」
王は気がついているのかいないのか、続きを促した。
「分かりました――おそらく、何が原因だったのかは分かりませぬが、スタンピードが発生していた可能性が最も高いかと」
「それはそうだろう。瘴気が留まっているのだからな」
瘴気は迷宮内であれば、発生する場所がある。例えば、魔物が偽装した宝箱を開けたときなどだ。もちろん、瘴気を吸い込めばまず助からないので、実際、宝箱を開けるときは命懸けだとする冒険者は多い。
だが、迷宮の外で広範囲に、しかも留まった状態で発生する瘴気は、まずスタンピードの終焉を意味している。
というか、王にとってこれは想定内の結末だった。
ただ、問題は目的としていた結末に足りていない、ということだ。
違うと分かっているが、王は確認のため尋ねた。
「これは、アンラビフォンの迷宮が、予定よりも早くスタンピードを起こしたことによるものか?」
「それが……分かりませぬ」
宰相が苦し気に答える。これだけ重要な問いに正しく答えられないことは、宰相の能力が足りないことを示していると言われても不思議ではなかったのだから。
「これまでに入っている情報から、ファイヤーシープは迷宮の広場に突然、現れたと考えられております」
「ほう……」
「いえ、スタンピードは迷宮から溢れた魔物たちにより引き起こされます。迷宮の外で突然、魔物や魔獣が出現してスタンピードが始まった事例は、過去一度も報告されておりませぬ。したがって、ファイやシープは転移のような何かでアンラビフォン迷宮の中から外に出現したと考えるのが自然なのですが……」
「が?」
「アンラビフォン迷宮で、過去、ファイヤーシープが確認されたことはありません。というか、シープ系の魔物が現れたことはありません。もちろん、アルファクラスのスタンピードであれば、そのようなことが起きても不思議ではないのでしょうが」
シュドルワ王は、しばらくの間、宰相が闇の瞳と称した視線で宰相を見ていた。宰相の額に、知らず知らずのうちに汗が浮かび始める。それは冷たい汗だった。
「――まあ良い。ところで勇者の動向は?」
このままの時間が続くことに恐れを感じ始めていた宰相は、少しだけホッとした。
「迷宮から帰還したという報告はありませぬ。おそらくは……」
「そうか」
答えを濁した宰相の言葉を察したのだろう、王は小さく頷いた。
「勇者は瘴気の中で散ったか……では、現状、アンラビフォン迷宮は瘴気に包まれたまま、ということで良いのだな」
「はい」
「新たな禁足の地、ということか……」
「残念ながら」
「当面の間は、監視を続けよ。よいな?」
「承知いたしました」
宰相が恭しく頭を下げるのを見ながら、シュドルワ王は暗い目を空中へと向けていた。
■□■□
宰相が玉座の間から辞したあと、しばらくの間、シュドルワ王は目をつむり何かを考えていたが……やがて、カッと目を開け玉座の欄干をドンと叩いた。
「なぜだ! なぜ溢れてこない!」
王以外、誰もいなくなった玉座の間に、シュドルワ王の声が静寂を切り裂いた。
「なぜ、世界の終末が訪れてこぬのだ!!」
シュドルワ王は頭を抱えていた。
■□■□
シュドルワ王は、決して暗愚な王ではなかった。
シュドリー王国は、ボクゥゲンス大陸の中では中堅の国だった。もちろん、複数の国と国境を接している以上、多少の諍いは起きることがあったが、シュドルワ王は国同士の対立まで進展させずに収めてきたことで、国民からの評価は高かった。
だが……
病を患い、自分が老いてやがて死をむかえることを悟ったある日、自分が退場したあとのシュドリー王国が変わらず繁栄していくことになぜか我慢がならなくなった。いや、この世界も、自分の存在などなかったかのように、毎日が継続していくことになる。
自分はこの世界にとって、主役ではない。おそらく、王という役を担っていながら、実は脇役ですらないのかもしれない。
王として、この国の繁栄に寄与してきた自分という存在は、世界の中で、いや歴史の中では記録に留められることもないちっぽけな存在だということに気がついた。
世界にとって歴史にとって、不可欠ではないただの必要でしかない存在ということに……
同時に――――
シュドルワ王は天啓を得た、と思った。
この世界は、自分と共に滅びるべきなのだと。
それが今から10年前。
そこから王は、滅びを求め始めた。いや、正しい自分の終着点を求め始めたと言った方が良いかもしれない。
その滅びを求めることができる「破滅の種」を、あるきっかけで王は手にしていた。
(※後編に続きます)




