新しい旅路
「うん、この世界に来てから最初の数年間をここで過ごしたことになるかな」
「見渡す限りに見える草原が、魔草原なのね」
「そう。間違ってもあの中に足を踏み入れようとはしないこと」
「わ、分かっているわ」
少しおっかなびっくりの表情を浮かべるセシリア。可愛い。
「ははは。ちょっと言い過ぎたかも、今のセシリアのステータスなら、一定の時間は大丈夫だよ」
「ルイが、最初にこの島に訪れた時のステータスは少なかったのよね?」
「うん、僕の場合、レベルと完全連動していからね。この島に最初に来たときは確かレベル4だったから、ステータスもオール4だったかな」
「そ、そう……」
ステータスが4しかない意味合いをセシリアはよく分かっているようだ。
「でも、俺の場合は【ぷらすわん】のスキルがあったから。魔草を1本引き抜くと、レベルもステータスもみんな1つあがったからね」
「考えてみると、それって凄いわよね。魔草を100万本抜けば、ステータスも100万になるってことでしょ?」
「うん。ただ、魔草って強情なところがあるから、レベルが50を越えるまでは一日に1本抜くこともできなかったから」
「それって、何日ぐらい続いたの?」
「どれぐらいだったっけ……?」
俺は記憶を探るけれど、昔過ぎてはっきりと思い出せない。
「たしか……10か月ぐらい?」
「……苦労したのね、ルイ」
「ま、まあね」
セシリアから向けられる視線が、なぜか恥ずかしさを生んだようで俺は顔をそむけた。頬が赤くなっていないといいんだけれど……
「でも……ここに来るまでが大変だったわ」
少し遠い目になるセシリア。
「だって、ここは【転移】のスキルでも直接くることができないからね。ユヌフェ大陸だったら、この祠の座標を記録した転移ポイントがあるけれど……わざわざユヌフェ大陸を経由するなら、さっきの方法の方が早いから」
「そ、そうね」
少し引いた感じになるセシリア。
まあ、強引だったことに異論はない。でも、あれが一番簡単な方法だ。
やり方は簡単。
転移が可能な、この島の近辺の海域まで【転移】スキルを使って転移してきて、あとは、魔草抜きチャレンジのときにやっていた、【かそく】を使ってここまで一気にくる方法。
光速の100分の1の速度まで落としても、1秒もかからないから魔草の影響は受けないで済む。
もっとも、俺のステータスなら兆を超えているから、普通に歩いてこれそうだけれど、まだチャレンジしたことはない。
「まあいいわ。ところで、この木が?」
「うん。トネリコの木。この世界にとっては世界樹としての位置づけでいいかな」
「そう。伝説にある世界樹って、これなのね」
そっとセシリアはトネリコの木に手を触れて目を閉じる。
残念だけれど、今は誰の魂もこの木に宿っていないから、答えが返ってくることはない。
でも、目を閉じたセシリアの表情はやわらかい。何かが伝わっているのだろうか?
どれくらいセシリアは祈りを捧げていたのだろう?
やがて、トネリコの木から手を離したセシリアは微笑みながら俺の方を向いた。
「……何か聞こえた?」
「ふふふ。どうかしら」
セシリアが笑ってはぐらかす。
(え? まさか……)
セシリアが師匠の転生体なら、もしかするとトネリコの木に残る師匠の残留思念のようなものが応えたのだろうか?
聞きたい。聞きたい。聞きたい……
でも、俺はすんでのところで留まった。
セシリアが師匠の魂を内に秘めているなら、トネリコの木が彼女の祈りに応えたとしても不思議ではないけれど、それを俺が尋ねてはいけないような気がしたから……
「それより、ルイ。ありがとう、感謝しているわ」
「えっ?」
セシリアが何に感謝しているのか分からずにいると……
「爺を、ルイの大切な場所に埋葬させてくれたこと。ここならきっと、爺の魂も安眠できると思うの」
「……うん、そうだね」
魂が安眠することがあるのか、俺は知らないけれど、セシリアの願いをトネリコの木が受け止めてくれることを俺は祈っていた。
転生できる魂も、一時の休息は必要なんじゃないかと思う。
特にセシリアを娘のように大切に育てていたアルバートの魂は、彼女を見守ることを希望していたはず。
だったら、この場所で静かにセシリアを見守っていて欲しい、と俺は思っていた。
■□■□
今、トネリコの木の前の広場でテーブルを出してティータイム中。
「――ところでルイ、これからどこに向かうのかしら?」
「セシリアは、どこか行きたいってところあるかな?」
「うーん、私は他の大陸に行ったことがないから話でしか知らないし……ルイは、全部の大陸を廻ったんでしょう?」
「うん。この世界の大陸は全部で7つある。一つは、俺たちが暮らしていたボクゥゲンス大陸。主に人族が中心の大陸だね」
「ええ」
「あとは、妖精族が暮らすユヌフェ大陸、獣人族のテリトロップ大陸、亜人族のスーマン大陸、魔人が住むジェニデ大陸、ドラゴンたちの大陸であるヴイーヴル大陸、そして全ての種族が入り混じって暮らすエスペス大陸かな」
「ルイが一番長く暮らしたのはどこなのかしら?」
「この島から出た時に最初に到着した大陸、ユヌフェ大陸かな」
「そこは、どんな大陸なの?」
「エルフ、ドワーフ、ダークエルフ、鬼人族、フェアリーたちが暮らす大陸。妖精族の大陸だよ」
「人族はいないのかしら?」
「いや、僅かだけど集落を作って暮らしていた。ただ、妖精族の種族ごとに団結が強かったから、しょっちゅう争いはあったけれどね。人族たちは、巻き込まれないように僻地で暮らしていたんだ。俺がユヌフェ大陸を離れてからもう500年は経ったから、今はどうかわからないけれど」
「そう。でもそうだったら、ルイが巡った順に大陸を廻らない?」
「いいけれど……セシリアは何か目的とかないの?」
「目的? そうね……私は冒険をしながら世界を廻ってみたいと思っていたから、目的と言うなら冒険ができればそれでいいかしら? ルイは確か、『零れた何か』を探したいんだっけ?」
「うん。でも、それは焦るつもりはないから大丈夫」
そう、今の俺の目的は、師匠の魂を探すことではなくなった。
セシリアと共に過ごして、師匠が目覚めるのかを静かに待つことにした。師匠が目覚めるとき、セシリアの魂がどうなるのかが分からないけれど、その時は真正面から向き合おうと思っている。
だから、セシリアと一緒にこの世界を巡ることができたら、それで十分。
「じゃあ最初は、ユヌフェ大陸に向かおう」
「ええ……ところで向かうのは、どうやって行くの? この島に訪れたときのようにビューンって飛ぶのかしら?」
少し引いた顔で言うセシリア。よっぽど怖かったのかな。確かに、悲鳴を上げたような気がするけれど、【かそく】を使ったから1秒に満たない時間だったはず。それに、怪我をしないように【無効】のスキルもかけていたから痛みもなかったはず。
「いいのよ、ルイがしたいようにすれば。私は黙って付いていくだけだから。ルイがしたいようにして……」
上目遣いで見るのはやめて欲しい。なんか、俺が悪いことをしたような気になってくる。
まあ、ここからユヌフェ大陸に向かうのは、師匠が残してくれた転移石を祠で使えばいいんだけれどね。
「どうしようかな……?」
ちょっと、意地悪に俺が考えこむと、セシリアが「えっ、本当にさっきのやるの?」という顔を見せる。
俺は、心の底から、この世界を楽しめるような気がしてきて思わず「ははは」と笑っていた。
「もう!」
セシリアが膨れている。可愛い。
■□■□
そして、俺たちは新しい旅路をスタートさせた。




