呼ばれた以上、全力で!
バアル・ゼポン以外の大地でも魔物の中に巨人が出現し始め、生きとし生けるものが魔物に喰われ始めていた。
ダベルネ国は小さい。
国土も、砦の規模も、国民の数もテモテの1/10以下だ。何しろ、テモテの領都一つ分よりも小さい国土だ。
その小国の砦を魔物が襲撃していた。
結界が厳重で、何時間かは魔物を大河から陸へ上がらせることなく守ってきた。
しかし、黒い魔物だけではなく、巨人が出現したことで状況が変化した。
川岸の魔方陣が破壊され、大量の魔物が結界に押し寄せる衝撃で、いくつかの綻びが生じ、常設の結界は崩れ去っていた。
「エリシャ様!空が裂けていきます!」
北の砦の目の前、兵が凝視する空に切れ目が生じ、異質な空間が開き始めていた。
それは信じがたい光景だった。
「天が…裂ける」
誰もが愕然と上空を見上げ、その奇異な現象を見つめていた。
「千年前の…、伝説の…、魔族が来る」
エリシャは思わず呟いてしまった。
そして、杖を握り締めた。
「防衛強化するぞ!衝撃に備えよ!」
そう指示を出すと、素早く身を翻し、王のもとへ向かった。
「陛下!北の空より魔族が来ますぞ!魔王の復活により、バアル・ゼポンは、魔族も呼び寄せたのです」
エリシャの報告に、ダベルネの王は北の窓へ駆け寄った。
既に北の空では3体の魔族が手をダベルネ王城に向けて翳していた。
「まずいな。あれは防げるのか」
王は、明らかに魔法を放とうとしている魔族を睨みつけた。
形は人に似ているが、黒い魔物より遥かに異質な存在。
エリシャは緊急時の最大防衛魔法を発動させた。強すぎるため、逆に味方の動きも封じる危険性があり、よほどのことがない限り、使用しない魔方陣だ。
しかし、今はその力が必要だ。
3体の魔族は妖艶な笑みを浮かべてダベルネの王城を眺めていた。
「大した結界ではないというのに、巨人どもは情けないな。まだ崩せないとは」
「古代と同じ魔力源泉の匂いがする」
「矮小な小者しかいなさそうだが?まぁサクッと掃除しておくか」
3体は一斉に結界を破り物質を破壊する魔術崩壊の魔法を放った。
幾重にも張り巡らされた結界が一瞬で消失し、エリシャの発動させた防衛魔法と魔族の攻撃魔法がぶつかり合うと、その衝撃に防衛範囲外の大河の魔物ごと周囲一帯が吹き飛ばされた。
間一髪で避難していた外壁の兵士たちは生唾を飲んだ。強固な外壁が一瞬で瓦礫と化したのだ。
魔族の一人が不機嫌そうに腕組した。
「なぜ、あの城は崩れない?」
「小賢しい古代魔法が存在する」
「そう何度も防衛できるはずがない」
魔族は再び攻撃するため詠唱を始めた。
より強大な魔力を放つために。念入りに。複雑な魔術を組むのだ。
その場にいる誰もがこれから凄まじい魔法戦が展開することを容易に予想できた。
ダベルネの王は、王子を振り返った。
「ダン!そなたは南の砦へ行け!セモール山脈から魔力を借りるのだ」
「はい!」
ダンは勇ましく返事をすると緊急時用の魔方陣が設置されている有事対策室へ駆けだした。中には各地への移動用魔方陣などが設置されている。国家機密級の魔方陣だ。
有事対策室に入るとダンはすぐさま南側の砦へと移動する魔方陣に飛び乗った。
「お兄様!私も!」
いつの間にか、ドルシア姫も魔方陣に入っていた。二人はすぐさま魔方陣を発動させて姿を消した。
魔法に特化したダベルネの技術は様々な防衛機能を持っている。
魔力は永遠に使えるものではない。魔道具も魔力が尽きればただのガラクタだ。
セモール山脈へ詣でて、その繋がりを保ってきたのは魔力を緊急時に借りられるようにするためだ。
このおかげでバアル・ゼポンの侵略を防いだのは1度や2度ではない。
500年の歴史を守るには、秘策はいくつもある。
王子と姫が城を出た後、再度、魔族は激烈な波動魔法を放ってきた。
既に結界は崩壊しているから、緩衝材は一つも存在しない。
エリシャは防御機能を再構築する暇なく、防衛魔法を再発動させた。
魔法戦の衝撃で砦や城の塔の一部が崩れ落ち、悲鳴が上がった。
防戦一方では長くは持たないだろう。
エリシャは既存の魔方陣だけでなく、新たな防衛と攻撃の手段も同時に描き始めた。
その複雑な作業とスピードには弟子たちも驚愕して息をのむ。
「ボケっとしておる場合ではないぞ!一つでも多く結界を構築せよ!」
エリシャの檄に、魔法を扱う者たちは我に返って動き出す。
何度も攻撃を受けるが、一つを破壊されても、新たな術式で防衛を強化していく。そんな攻防はどれくらいの時間、続いただろうか。
都民も魔法戦が繰り広げられていることをわかっているから独自の防衛を始めていた。
魔道具屋の店主たちはこぞって守りの護符を都民に配り、魔法を扱えない者たちを多重結界の中へと案内した。
緊急対策は万全だ。それでも、これほどの魔法攻撃は想定外だ。
「もう夜が明ける頃だというのに、全く朝日が昇らない」
「暗雲が濃くなっている。もはや、山脈も見えぬか」
「きっと、王様が何とかしてくださる。山脈の加護もある」
魔道具屋の店主たちは、何か他にもできることはないかと思案した。
「覇者の方々の金貨を泉へ投げ入れるのはどうでしょう?」
一人の提案に、皆が手を打った。
「川を遡って魔物がやってきた。王都を流れる川や泉も危ない。覇者の方の金貨は護符になる」
「よし!」
彼らはサーハラやアクロンのような覇者が使う金貨を護符として身に着けていた。金貨には魔力がこもっている。普通の金貨ではないのだ。
彼らは金貨を都を流れる川や泉に投げ入れ始めた。
すると、金貨は水の中で、明けない闇を晴らすように発光を始めた。
「魔力が沸いてきた…」
崩れかけた防御結界が持ち直し始め、魔方陣が輝き始めた。
「言い伝えは本当だったんだ。詣でる時、金貨が身を守る」
セモール山脈に詣でる時は、内なる魔力を消費する。だから、魔力を帯びた覇者の園の金貨があると良いという。そんな言い伝えがあった。
ダン達は南の砦の最上部に転移する。砦と言ってもここもただの塔に過ぎない。衛兵たちは魔物の攻撃に対処するため下の階へ降りて戦っているようだ。最上部には誰もいなかった。
一刻も早く魔力の補給を始めなければ。結界が破られたら防戦は難しくなる。
南の方角にセモール山脈の姿を探した。明けることのない夜の闇が広がっているが、遥か彼方に紫の稲妻がいくつも走っている。
セモール山脈の方角だ。
「向こうでも戦っているんだ…」
「覇者さまがいるのですね!」
ドルシアは戦場には相応しくない歓喜の声を上げた。
緊張感の無いのは大物の証だろうか。ダンは歓声をあげる妹に呆れながら、セモール山脈に向けて両手を伸ばした。
「山脈の風よ。来たれ。我はここにいる」
ダベルネの王子の声はセモール山脈の霧を呼び寄せる。王族の血筋はセモール山脈を取り巻くわずかな魔力の流れを国に引き込むことができる。ダベルネが魔法国家として揺るがないための力の源だ。
特にダンは流れを掴むのが早かった。
「お兄様、道が…」
霧が濃くなる中、氷の欠片が朝日に反射するように何かが煌めき、遠い山脈から一条の光となってそれは駆けてくる。まるで天翔ける道がつながるように。
その光にドルシアは目を輝かせた。
「こっちよ!」
ダベルネの姫の声に光は反応した。速度を増したのだ。ドルシアはつい叫んでしまった。
「覇者様!ダベルネを守って!」
セモール山脈から伸びてくる光の道が二人のもとに到達した。
時を同じくして、南の砦の真上でも空間が裂けた。
「こんな小国ごときに手こずるとはな。滅びよ」
2体の魔族が、いきなり魔法を放ってきた。
ダンは真上から迫る魔力の重圧に気付き、妹を庇おうと慌てて自分の身に着ける魔装備のマントを妹に投げつけた。
「伏せろ!」
砦を守る結界が消失し、塔の屋根が吹き飛んだ。
「お兄様!」
ドルシアは自分の知る護身の魔法を詠唱しつつ兄に手を伸ばした。
次の瞬間、目の前で紫炎が炸裂して、上空からの圧が跳ね返された。何が起きたのか。
塔の中は、衝撃で屋根が崩れ落ち、熱で一部が溶解し酷い惨状となっていたが、ドルシアの目に兄の無事な姿が映った。慌てて駆け寄ろうとしたドルシアは兄が目を見開いて一点を凝視しているので、釣られて視線の先を目で追った。
「極めて悪質。まったくエレガントじゃない魔法だな」
呆れるようなその声は南の窓だった場所から発せられた。窓枠の上と左側面は既に無く、天井も無くなっていたが、そこには、空を見上げ水晶の剣を肩に担いだ女剣士が立っていた。
髪の色は紫で、先ほどの紫炎を連想させる。女剣士は、剣の切先を上空の魔族2体に向けた。
「千年たったが、進歩がないぞ!」
女剣士の声に、魔族は不快そうに顔をしかめてうなり声を漏らした。
「貴様、古代人か」
紫炎の女剣士はニヤニヤと笑みを浮かべた。
「そっちが呼ばれてこの世に入ることができたということは、我らも呼ばれるとこちら側に戻ってこられるというのは道理だろう?」
「勝手なことを。貴様らは覇王門を通るはずだ」
「門を通るのは挑戦者だ。我らは入り口の七門ではなく、出口門を使った」
なんの話か、ダンもドルシアもよくはわからなかったが、ここに立つ女剣士は覇王門の向こう側からやってきた覇者なのだ。それがわかるだけで十分だった。
ドルシアは危機だというのにワクワクして女剣士を見つめていた。
「剣士ごときに我らの魔法を弾けるものか」
せせら笑う魔族に対し、彼女は呆れるように首を振って、切先を揺らした。
「おい。お前たち。この私を忘れたのか?覇王の軍勢で最強の魔法剣士だぞ。たった2体で我が剣を止められるなどと思うなよ」
凄む女剣士に対し、魔族は上空から嘲った。
「剣は天空に留まる我らに届かぬぞ。魔法剣の範囲など高が知れている」
嘲笑されようと、剣士は全く気にせずニヤついた。
愚かなり。
ドルシアとダンが見守る中、剣士が持つ水晶の剣は紫の光を内から放ち始め、波紋のように刃に鳥の翼の文様を浮かび上がらせた。
魔法剣士。
その存在を、王子も姫も初めて見た。
女剣士は屈伸したかと思うといきなり瓦礫を蹴るように駆けだして、そのまま魔族のもとまで飛躍した。
魔法を編んでいた魔族が身を反らすよりも早く、水晶の剣は紫炎を纏い一閃を放っていた。
1体目の魔族が絶叫して粉々になって消えると、2体目の魔族は剣を抜いて応戦した。
「遅い!」
「馬鹿な」
魔族は剣ごと砕かれて、現れた空間へと吹き飛ばされていった。
女剣士がダンたちのもとへ降り立った時には空にあった裂け目は閉じてなくなっていた。
ドルシアは一瞬で片を付けてしまった覇者に感動して目を輝かせていた。素敵すぎて言葉も出ない。
ダンはダベルネの王子らしく手を胸に当てて感謝を表明した。
「助けていただき、ありがとうございます」
若い二人に彼女は片眉を上げて、剣を鞘へ戻した。
「我が名はオルパ」
この世のどんな身分の者もこの世を制した覇王軍より上にはならない。
だからなのか、上から目線の威圧感があった。
オルパ。
ダベルネにはいくつかの古代史の書物がある。しかし、覇者の名前はあまり残されていない。テモテでは伝承されているので、名も伝わっているが、異国者に情報を与えるほどテモテはお人よしではない。
それでも、ダンは、その名に聞き覚えがあった。
「筆頭魔法剣士。幻惑の翼。水晶のオルパ…様」
ダンの呟きに彼女は笑い声をあげた。
「私を知っているのか。小僧。大したものだな。名を聞こう」
「私はダベルネ国の第1王子ダンと申します。これは妹のドルシア姫です」
しっかりとした態度の二人に、オルパは頷いた。
「王子と姫か。”道を呼ぶ” とは大したものだ。見よ。我が軍勢が来るぞ」
軍勢?
オルパが示した南の空には先ほどドルシアが見た光の道を駆けてくる者たちがいた。一人や二人ではない。徒歩でもない。騎士らしき者たちが鳥に乗ってやってくるのだ。
「我は鳥。鳥は左翼を守る軍勢だ。空は我らの戦場だ。我らを目覚めさせたのだ。貴様らの戦場は我らがいただくぞ」
「よろしくお願いいたします!」
ダンは鳥に乗った軍勢の出現に何と答えていいのかわからなかった。ドルシアも信じられないと言わんばかりに興奮している。
覇者だ。伝説の覇者が現れたのだ。
しかも、一人ではない。200人はいる。
その頃、王城では、激しい魔法の嵐がピタリと止んだ。
エリシャは魔族が攻撃の手を止め、南を睨んだため、王のもとへ戻ると南を遠見の鏡に映しだした。
王もその鏡を覗き込んだ。
「なんと、ダンの奴、覇者を呼んだか」
南の砦の上空に信じられない光景があった。鳥に騎乗した軍団がいるのだ。それは古代史にある覇王の軍団の一つに違いない。
閉じられている門を叩くことができるのは限られたものだけだ。覇者の園への門は実在し、門はダンの声に応えたのだ。
「ドルシア姫かもしれません」
「二人の仕業か」
王は面白そうに笑った。負け戦が勝ち戦に変わった瞬間だ。
幻でないことを確認するように王は今一度、鏡を覗き込んだ。鳥の軍勢はそこに映っていた。鳥に乗って戦うなど御伽噺だ。まさか、本当に鳥に騎乗する軍団があろうとは。古代とはどんな時代であったのか。
「オルパ!北から3体来るぞ。殺っていいか?」
塔の上まで達した先頭の鳥が、上空からオルパに声をかけた。
オルパは、北から3体の魔族が飛んでくるのを確認すると、軍団の一人に声をかけた。
「ガド!降りてこい。この子供たちを守ってやれ。元騎士ならそういうのも得意だろう?」
ガドは苦笑して鳥から飛び降りるとダンとドルシアの前で一礼した。
覇者の多くは貴族というものに慣れていない。古代には貴族制度などなかったのだから仕方ない。その点、ガドは元騎士だ。例え騎士となった経験値が足りなくともそういう環境で育っているので、他の者より慣れている。それは自他ともに認めることだ。
「初めまして。ガドと言います。魔方陣は作動しますか?ここは戦場になるので、城に戻られたほうがいいです」
「いえ、南を任されたので、ここに留まりたい」
ダンはダメもとで訴えた。覇者の戦いを生で見る機会など今を逃したら無いに違いない。ドルシアも何度も頷き、留まりたいと主張した。
ガドは頭を掻いた。
「まぁいいけど。あの人たち、荒っぽいですよ」
ガドは上空の群れを指さした。
オルパは既に鳥に乗って空に舞い上がってしまっている。臨戦態勢だ。
「あの、お若いですね」
ドルシアは兄よりも若く見えるガドについ興味を持って問いかけてしまった。ガドはまた頭を掻いた。
「見かけは、ね。でも、65歳ですよ。まぁ、園の中では一番若いですけど」
65歳?
ダンは驚きながらガドを見つめた。自分と同じくらいで覇王門を潜ったということだ。それも見た目から判断すると50年くらい前に潜ったに違いない。それは、千年の古代史を学んだダンにとってつい最近の出来事のように感じられた。
「その年で覇王門を潜ることができるなんて、凄いです!」
感激してしまう。自分でも挑戦できるだろうか。
その時、上空で魔法による気流の乱れが生じ、風が渦を巻いた。
ガドは、飛ばされそうになる二人を庇うように立ち、剣で発生した竜巻を往なす。ダンもドルシアも風圧で床にしゃがみ込みながら、ガドの剣筋に目を奪われていた。どうして剣で竜巻を防げるのだろうか。
「オルパ様!もっと離れて戦ってくださいね!」
ガドは文句を叫んでいた。竜巻とか嵐とか落雷とか本当にやめてほしい。
「悪い、悪い。楽しませてやっただけだ」
高笑いしつつも、オルパは全軍の高度を上げ、魔族に突撃させた。
その戦い方に、ダンは絶句していた。魔法に真正面から挑み、剣で切りかかるなんて。
覇者とは全員、魔法剣士なのだろうか。
そんな疑問が頭の中を駆け巡る中、ガドが振り返った。
「あ、俺は魔法剣士じゃないから、防御の魔法は自力でかけてくださいね。この国の人なら魔力を操れるって聞きましたけど、大丈夫ですよね?」
「あ、はい。多分。あまり強烈なのでなければ」
ダンは、そう答えながら、防御するための詠唱をドルシアにも促した。ガドは魔法剣士じゃないらしい。しかし、剣の波紋は見たことのないもので、柄には鳥の文様らしきものも見え隠れしている。
この軍のマークだろうか。
「あー!ヤバいのが来る!伏せてください!!」
ガドがいきなりそう叫んで床に身を伏せた。わずかに残っていた砦の柱や壁が吹き飛んだ。岩のような塊が北の方角から矢継ぎ早に飛んでくる。
驚きながらも二人とも防御魔法を展開しながらガドの指示に従って身を伏せたが、その直後、塔が激しく揺れ、続いて、爆風が3人のいる場所を吹き飛ばした。竜巻を往なしたのに、今度の爆風はガドでは往なせないレベルのようだ。ただの風ではない。炎と岩が容赦なくぶつかってきた。
これは建物が持たないかもしれない。
塔が大きく揺れた。
ガドは咄嗟に二人の腕を掴むと駆け出して塔から飛び出し、宙に舞った。
飛んでくる岩を蹴るように空中を駆け、息もできない二人を引っ提げ、眼下を見る。
大地、遠いなぁ。
――落ちる…。
ドルシアもダンも死を覚悟した。防御魔法は展開している。しかし、飛行魔法は使えない。
「空を楽しめているみたいで良かった」
冷笑を含む声がして、いきなり、何かにぶつかり落下が止まった。
見えないのにドルシアもダンも冷んやりする固いものの上に乗っていることに気が付いた。
声は前から聞こえたが、姿はない。
おまけに、周囲は空中のままだ。浮いている何かに乗っているのだ。それなのに魔力は感じない。
ダンもドルシアも落ち着かなげに周囲を見回した。
そんな二人をよそにガドは笑顔だった。
「ありがとうございます。3人だと鳥さんでは重すぎるかなぁって思っていたところです」
ガドの声とともに、冷たい固いものが姿を現し始めた。
「そなたは、素直で可愛いいから助けてやるが、他の奴らは無視だ。鳥の丸焼きだ」
声はやはり前からした。
先ほどまで何もなかったのに、目の前には黒髪の冷たい笑みを湛える美女が座っていた。
ダン達が乗る固いものは、岩でも鳥でもなかった。固い鱗に覆われた長い蛇のような生き物だ。いや、蛇の鱗とは違う。魚の鱗に近いような?それに、よく観察すると手のような足のようなものもあるし、頭には角もある。開いた口には牙も見えた。
ドルシアもダンも初めて見るその生き物に青ざめていた。魔物のような異形をしている。
「アラム様、そんな意地悪を言わず、正面の魔族を追っ払ってください」
ガドがそう言って正面に突如、出現した魔族を示すと、黒髪をかき揚げながらアラムは、相棒に依頼した。
「あいつを咬み砕け」
その言葉でダンたちを乗せている生き物が咆哮を上げた。
魔族が魔法を唱えるよりも早くダンたちを乗せたまま、それは、魔族に喰いつき粉々にかみ砕いてしまった。
その苛烈さに必死に鱗につかまりながらダンもドルシアも凍り付いていた。
言葉も出ないほど恐れ驚いている二人にガドはまた頭を掻いた。
「大丈夫ですか?この人は龍の遊軍の一つを率いるアラム様です。覇王の妻の一人でもあるのでこの国でいうところの…正妃です」
ガドはそう紹介ながら少し考えた。覇王には妻が3人いるが、3人とも対等だ。全員が正妃と言える。年齢差があっても実力主義なので、関係ない。この関係をこの国の法律では説明できないだろう。ガドの生まれた国でもあり得ないことだ。古代人には国という概念がない。強いものが上位になる。覇王の妻の座を勝ち取った3人はとんでもなく強い。ただ、今、そんな古代人の話をしても仕方がない。
ガドはアラムに二人を示した。
「こちらは、ダベルネ国のダン王子とドルシア姫です」
ちゃんとオルパとダンの会話に耳を澄ませていたガドは澱むことなく二人を紹介した。
アラムは二人が王族と知ると、唇に妖しい笑みを浮かべた。
「ほう。王子に姫か。初陣か。では、初陣らしく突撃するか」
「ダメですよ!オルパ様に怒られます。上空は鳥の縄張りです」
「龍は自由だ。止めても無駄だ」
ああ、もう。血の気、多すぎ!
「オルパ様にちゃんと二人を守れって言われてるんです!」
「安心しろ。鳥よりよほど安全だ」
ガドは全く止まる気のないアラムに頭痛を覚えながら、固まったままの二人に告げた。
「この生き物は龍です。ドラゴン種とは異なるので魔物ではないです。もともとこの地に生息する自然界の生き物です。人前には現れない希少種だそうですけど」
「りゅ、龍?」
やはり蛇ではなかったらしい。古代生物だろうか。
龍が回りながら急上昇するので、ダンもドルシアも息つく暇なく、必死に鱗にしがみついていた。
ガドは鳥の軍勢を追い抜いていくアラムに絶望した。後で絶対にオルパに怒られる。皆、久々の戦闘で血気盛んだ。本気で戦えるのが嬉しくて仕方ないのだ。
しかも、千年前、覇王軍とこの地の覇権を賭けて戦った宿敵だ。向こうも遠慮なく挑んでくる。
魔族が仲間を呼んだのか、数が10倍に増えいてる。
敵が増えるのはこの場合、全力で戦えるのでオルパとアラムには喜ばしいことに違いない。
ただ、
眼下に広がる都が心配になるガドだった。




