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南で戯れる龍


北の山岳地帯は川を遡ってくる黒い魔物に覆いつくされそうとしていた。緑の木々もなぎ倒され山全体が黒く蠢いている。

「切りがない!」

「減らないなぁ。リベルデン、戻ってこないかなぁ」

「元凶のバアル・ゼポンに行っちゃったからな。あっちも凄そうだけど」

北の空に雷鳴が轟き、光と闇が交錯して渦を巻いていた。

そして今では、バアル・ゼポンの王都空間が閉ざされている。閉ざされた途端に、川面から出現する魔物が激増した。つまり、魔王が目覚めたということだ。

あちらが魔王と戦う以上、雑魚はこちらで処理しなければ。

とはいえ、切って切っても遡上してくる魔物に皆、うんざりしていた。

特訓だぁといろいろな技法を試していたのは半日くらいだ。黒い魔物に慣れて飽きてきていた。しかし、魔物の数は減るどころか増えている。いい加減ウンザリする。

今では川から溢れて山岳地帯は魔物で真っ黒だ。

時間の感覚も無くなってきた。

食べなくてもよいと言われる覇者だが食べる習慣を脳は記憶している。だから腹も減る。長期戦は性格的にも合わない者が多い。

「こいつら、もしかしてセモール山脈を目指しているのかなぁ?」

「侵入できないと思うけどね」

「でもさぁ、このままだと山岳地帯の生物が絶滅しちゃうよ」

「それって、やばいよ。俺たちの責任って言われそう」

「えーっバアル・ゼポンが責任とれよ」

「あっちはあっちで、責任とらされると思うぞ」

剣を振るって魔物を倒しながら、この大量発生した魔物をどうしてくれようかと思案する。

覇者の園には魔法使いが少ない。こういう時に広範囲魔法が無いのは面倒くさいということが証明された。

「俺も魔法、習おうかなぁ」

「向き不向きがあるから無理じゃね?」

「向き不向きっていうか、才能じゃないの?」

「才能というか、体質?」

「それ聞いたことある。魔力を扱えるかどうかは持って生まれた()()らしいよ?」

()()ってなんだ?


その時、セモール山脈から北に向けて光が駆け抜けた。

「え?」

「今のって…。」

「オルパ様、じゃね?」

オルパは鳥の軍勢の率いる魔法剣士だ。

「つまり?」

「門が開いたんだ」

「あの光は出口門だ!」

光は、園を出る時に使う白銀の門の輝きに似ていた。いや、事実、出口門が開いたのだろう。園で眠っているはずのオルパの姿が見えた。

つまり、援軍が来る。

とはいえ、光は山岳地帯の遥か上を北へと伸びていく。

「でも、どこへ向かったんだ?」

「バアル・ゼポンまで至ってなくないか?」

「誰かが助けを求めたんだよ。多分、ダベルネ国じゃないか?」

バアル・ゼポンの隣にある小国家。だが、その存在は有名だ。園でもダベルネの魔法文化の噂はよく聞くし、何しろ酒が美味い。園の住人と気づいても商人たちは普通に接してくれるので旅がしやすいことでも有名だ。


適当に魔物を往なしながら光の行き先を眺めていると闇が仄かに薄まった気がした。

「お前達、鍛えなおしてやろうか」

頭上からいきなりドスの利いた声がした。

聞きなれない女性の声だが、全員が真っ青になった。

上空からは凄まじい覇気が放たれ、その威圧感に魔物でさえ逃げ出していた。

「りゅ…龍軍」

冷気が周囲を覆い、長い尾が逃げ遅れた魔物を薙ぎ払った。

勇気をもって頭上を見上げた一人が、赤い鱗の龍に騎乗する金髪の女性に顔を引きつらせながら声を絞り出した。

「もしかして、その、えっと、ロイス様ですか?」

女性はドスの利いた声からは想像できないくらい華やかな美女だった。園で一番の美女と噂されるエクレシアに似ている。そして、エクレシアは古代人からロイスに似ていると言われていた。ロイスは覇王の妻の一人で赤い龍に乗っている。

彼女の金髪は夜の闇を照らすように輝きを放ってロイスの姿を神々しく浮かび上がらせていた。彼女は自分の姿に畏怖を抱く者たちに微笑した。

「そのとおり。魔族がやってきたというではないか。魔王はどこだ?」

「北です。バアル・ゼポンの王都です」

答えを聞いてロイスは北へと視線を走らせた。光の筋も北へと伸びている。

鳥の軍勢が駆け抜けた光の後に、()()()がこっそりついていくのも見えた。その先がバアル・ゼポンか。

「アラムが北に行ったのなら、私は南にしよう」

「え?魔王、無視ですか?」

龍は一番好戦的と言われている。それなのに魔王を狙わないなんてあるのだろうか。

「魔王はどうせ覇王が倒す。それに、もう少しするとエルカナが出てくる」

「ご一緒に出陣ではないんですね」

我先にと出ていきそうな古代人たちが一斉に出てこないのは意外だった。覇王は目覚めたのだろうか。

「覇王門が閉ざされているだろう?その失態にエルカナが怒って、目覚めた覇王と喧嘩中。どうも【血の洗礼】を発動させたのが我が血の末の者らしいので私にまでとばっちりが来た。だから、北へ行くと面倒くさい」

「血の末の者、の、敵討ちとかは?」

その言葉にロイスは目を細めた。

「お前、殺されたいのか?」

瞳に冷徹な光が宿り、威嚇する。発言者は凍り付いた。覇者同士の殺し合いはご法度です!と叫びたかったが声も出ない。

不意にロイスは豪快な笑い声を上げた。

「私の血を引く者なら敵討ちは自らの手で行う。それくらいの根性はある」

根性とか、どうなんだ?命を懸けた最後の手段が【血の洗礼】だったはず。最後に()はないはずでは?


ロイスは戸惑う者たちをよそに一頻り高笑いをすると剣を抜いた。

「私は南へ行く。お前達、雑魚ごときに押されてこの地を汚すなよ」

一振りした剣からは龍の幻影が幾つも飛び出し、川を流れる黒い雫と魔物を下流へと押し流していく。と同時に、凄まじい旋風が陸へ這い上がっていた魔物をも塵へと変えていった。

格が違う。

茫然として言葉を失ってしまった園の住人達にロイスは容赦ない一言を告げた。

「エルカナが出てきた時、魔物(雑魚)が残っていたらどうなるか、覚悟しておくことだな」

…エルカナ。

覇王の従者の一人で妻の一人。だがそれ以上に、覇王軍最恐の化け猫だ。覇王の従者というのに、覇王より強い時があるという。

古代人の大半は眠っている。しかし、時々目覚める。目覚めたときの苛烈さは噂となって園の中で語り継がれる。一番の要注意人物、それがエルカナだ。エルカナの目覚めには地獄を覚悟しろと言われている。

ヤバイ。山岳地帯はどこもかしこも魔物だらけだ。戦慄が走り、大騒ぎする者たちを尻目にロイスは笑いながら南へと龍を駆けさせた。


■東のテモテ

テモテの国土を流れる川という川が魔物に埋め尽くされようとしていた。

辛うじて王都への侵入は防いでいたが、各領都は苦戦していた。西と南の領都には魔法を使えるものがとくに少ない。魔方陣は既存の防衛ラインに設置されたもので耐え忍ぶ。

魔導士の大半が王都を守るために配備されているのだから領主たちは自力で何とかしなければならない。結界を死守しきれず川から魔物の侵入を許してしまった領地もある。

北の領地はバアル・ゼポンが近いということで、魔導士の配備も王命で手厚いが、西側は領主の裁量で何とか乗り切るしかなかった。

テモテ最西領の領主は苦戦していた。砦の外壁に張り巡らされた結界が破られたのだ。防壁の魔方陣も魔物の中に出現した巨人によって破壊された。続いて、防壁の一部も砕かれた。

領都の騎士たちは全力で魔物の侵入を防いでいたが、黒い魔物に触れられた人間が魔物に飲まれていく様に逃げ出す者も出始めていた。

恐怖は状況を混乱させる。

「土魔法で土嚢を詰め!」

領主自らが馬を駆けさせ、指揮を執り始めると領主の勇ましい姿に、何とかその場に留まり応戦し続けることができた。勇敢な領主の姿は、テモテに臆病者などいないといわんばかりだ。

その傍らで国境を守る唯一の魔導士が、土魔法を詠唱していた。土魔法と兵士らの連携は取れていたが、魔物の勢いは止まらない。巨人は5体。砦の防壁を力任せに打ち砕こうとしている。

これ以上の損壊は防がなくては領地が滅びる。

「何が何でもここを死守せよ!」

領主は兵士らを鼓舞し、自らも矢を放つ。

闇は深くなるばかりで夜明けは来ない。篝火を頼りに周囲の状況を探る。火矢を砦の外へ飛ばして魔物の動きを確認する。その繰り返しだ。魔物は減ることなく巨人まで出現した今となっては遠くの動きを確認しても絶望するだけかもしれない。


一段と大きな魔物の咆哮のようなものが響き渡った。

「俺が巨人の気を引く!その間に何とかして結界を張り直せ!」

その声は、領主の耳にも届いた。人語?

どこから?

巨人の背後で赤い眼の魔物数体が飛び散った。

巨人よりも小柄で魔物のような異形をしているが人のような面影もある者が、大地から木を引き抜き振り回して巨人に挑みかかっていた。

「何者だ?」

「魔物同士の仲間割れでしょうか?」

「罠か?」

訝しがる声を領主は一喝した。

「巨人の動きが止まったぞ!この隙を逃すな!」

誰であれ、時間を稼いでくれるならありがたい。


巨人たちは背後に現れた人以外の者に不快感を露わにして襲い掛かった。

「魔人の出来損ないか」

「目障りだ!先に潰せ!」


魔人は巨人を相手に臆することなく暴れまわっていた。木の幹は巨人の一撃で粉砕された。それでも立ち向かった。

それは、赤い眼の魔人と化したというのに自我があるレゾンだ。

レゾンはシルワノ達が結界の中へ入った後、魔導士が少なく川に近い領都がある西へと駆けだした。生きていて自我あるなら、少しでも国のために戦いたかった。自分は一度捕虜となった。捕まったあと、牢へ入れられた。しかし、そこからアベンに会うまでの間の記憶がない。その時自分は何を喋ってしまったのか。罪悪感が沸き上がってきて自分を責め立てる。捕まった時、何故自害しなかったのか。いや、出来なかったのか。魔物になるくらいなら、自害したほうがマシだった。

だから、テモテの防衛について自分の知識をもとに一番脆弱な場所へ走った。命ある限り戦う。それが今の自分にできる贖罪だ。


「あらあら、魔人くん。頑張っているねぇ。でも素手?これを貸してあげるぅ。魔法剣だけど君、魔法使えるよね?だから相性いいと思うよぉ。魔人もどきの魔導士くん」

レゾンは巨人に素手で殴りかかっては、巨人の斧を素早くかわして距離を取る自分の横に人間が立っていることに驚愕した。声を掛けられるまで全く気配を感じなかった。

しかも、そこにいるのは戦場には無縁そうな眩い若竹色の髪をなびかせた美女だった。

銀や水晶の石を散りばめた装飾のある長衣を着ている。

そんな美女が満面の笑みを湛えて自分に剣を差し出している。

「驚いている暇ないよぉ。魔人くん」

「俺が怖くないのか?」

レゾンは剣を受け取りながら、思わず問いかけた。

彼女は小首を傾げた。怖い?

「魔人くん。千年前はねぇ魔人くんみたいなの、いっぱいいたよぉ。皆、思い思いに覇権を競ってねぇ。楽しかったよぉ」

千年前?

まさか、覇者か?

巨人が斧を振り下ろすので、レゾンは慌てて剣を鞘から抜き放つと巨人の足元を狙って切り込んだ。剣はただの剣ではなかった。杖に魔力が通るように剣の刃に魔力が流れ、レゾンが魔法を紡ぐ前に勝手に雷撃が放たれた。詠唱なしで魔力が生じた。

「上手!上手!」

若竹色の髪を揺らして美女が手を叩いた。なんということだ。目の前の巨人がたった一撃で倒れたのだ。

「この剣は…?」

「魔法剣よぉ。あげる。この世が居づらくなったら門を叩きなさいねぇ。諦めないで戦う者には門は開かれるからぁ」

そう言い残すと、女は巨人の攻撃を軽く躱して、巨人の肩を踏み台に宙を舞った。

その直後、突風が吹いた。

一瞬、巨大な大蛇のようなものが空を駆ける姿が見えたが、その時には美女はどこにもいなかった。

「覇者…」

レゾンは襲い掛かってくる巨人の斧を躱しながら、剣を握り直した。

テモテを守る手段を伝説の覇者がくれたというなら、まだ戦えるということだ。

異形となっても生きている以上、国は守る。それがテモテの魔導士の誓いだ!



レゾンが戦うテモテの西の空高く、緑色の龍が周遊を楽しんでいると、赤い龍が横に並んだ。赤い龍には黄金色に輝く美女が騎乗していた。

「おい。ユスト!」

「あらぁ、ロイスちゃん。北に行ったのかと思ったのにぃ」

「北にはエルカナが行くだろう。あいつが動いたら獲物がいなくなる」

若竹色の髪を揺らして、ユストは軽やかに笑い声をあげた。

「エルカナちゃん、目覚めのご機嫌、いーっつも悪いからぁ」

「ちゃん、って柄じゃないぞ。あのババぁ。寝起きは妖怪級の迫力だ」

「悪口言うと、化けて出るよぉ。化け猫度、高いからぁ」

ユストの意見に、ロイスは激しく同意した。

やはり、園の最恐はエルカナだ。

「何か良いことでもあったのか?」

にこにこと笑顔のユストをロイスは訝しがった。ユストは緩い話し方をするがつまらないと不愛想だ。今はかなりの上機嫌だ。

若竹色の髪が眩い艶を放って揺れた。

「いい男を見かけちゃったぁ。だからぁ、魔法剣をプレゼントしてきたのぉ」

「え?お前の魔法剣って、()()()の作品じゃあ…」

「そうよぉ。園の特級品」

「え?そんなの、使いこなせるのか?」

「使えてたよぉ。魔人くん。カッコいいよぉ」

魔人。

魔人に魔法剣をプレゼントするってどうなんだ?

頭痛を堪えるようにロイスが頭を抱えると、ユストは軽やかに笑みをこぼした。

「魔人くんはぁ魔導士もどきだからぁ。あれ?魔導士もどきじゃなくてぇ魔人もどきぃ?」

「なんだそれ」

「魔導士だけどぉ。魔人なのぉ。でも、魔導士でぇ魔人もどきぃ」

「もういい。意味が分からん」

ユストとは幼馴染みだった。同じ集落で生まれ、剣を学び、弓矢の腕を競った。そして、集落を通って戦に向かう覇王(当時はまだ覇王ではなかったが)の軍勢に加えてもらった。

ユストが言ったのだ。「あの人はこの世で一番強くなる」と。

ユストは強者を一瞬で見抜く。園に眠ってからも時々、目覚めては剣士を園にスカウトすることもある。門番でもやればいいのにと思うが、自由すぎる性格のためか門番には選出されない。

ロイスはため息をついた。

「どこに行くつもりだ?」

「あっち。なんだかぁ…魔族の匂いがする」

目を細め、ユストは南の方角を注視した。獲物が湧く予感がする。

そんなユストの表情を見てロイスは舌なめずりをした。ユストの予感は外れない。獲物だ。

「よし!行くぞ」


■南のテーマーン

二人が向かった先はアザリアが育ったアルノン渓谷を越えた先、テーマーン上空だった。

テーマーンにも魔物が湧いていた。

黒い川のうねりに人々は恐怖した。

南の大地は魔法も魔物も子供の御伽噺で現実ではなかった。その対処法など知るはずもなく、防御のための結界もなかった。

ただ逃げ出した。

混乱は南全体を覆っていた。テーマーンは騎士がしっかりしている分まだましな方で小国は王族もこぞって逃げ出す大騒ぎだ。

とはいえ、逃げ場などどこにもなかった。魔物は川という川から這い上がってくるのだ。


そんな中、テーマーンを辛うじて守っている者達がいた。ハギオイから杖を買っていた魔法使いたちだ。

彼らは各領都でそれぞれ短い杖を掲げ、力を合わせることで結界を張り、テーマーンへの黒い水の侵入を防いでいた。

その杖は、ハギオイが最後にアザリアに配らせた園の樹から作った杖だ。

園の気配にロイスとユストは直ぐに気が付いた。

そして、その気配は魔族も引き寄せた。

南の空に亀裂が走ったのだ。


「魔族ちゃん!ようこそぉ!」

ユストは拍手して彼らを出迎えた。

「古代人!?」

出現した魔族達は、目の前に浮く龍に騎乗する二人の古代人の存在に絶叫し、いきなり切り込んできた。

斬撃を二人と龍は軽々と躱して、魔法を唱えようとする魔族に逆に噛みつきにかかった。

「詠唱なんて未だにしてるのか?千年経っても進歩してないな!」

「ほざけ!貴様らに魔王は倒せんぞ!」

「はぁ?魔王なんて興味ないしぃ」

ユストは衣の内側の左右から、剣を取り出すと笑顔で魔族を切り刻んだ。冴えわたる二刀流にロイスは感心しながら、自らも槍を取り出すと目の前に突撃してきた魔族を串刺しにした。剣を帯びているのにいきなり槍とは流石の魔族も面食らう。

「剣でも槍でも自由自在なのが、龍軍だ。忘れたか」

重低音の凄みあるロイスの声と覇気に魔族の表情が悔し気に歪んだ。魔法を唱える時間がない以上物理攻撃と連携だ。

「それなら、数の暴力を見せてやる」

唸る魔族は仲間を呼んだ。

空の切れ目から40体の魔族が出現した。


テーマーンを守る魔法使いは上空に火花が散り雷鳴が轟くのを見上げ、覇者たちが駆けつけたことを理解した。これで最悪の事態は防げるだろう。

ただ、覇者は夢中になると都というものが壊れやすいことを忘れるとハギオイが警告していた。だから、結界はできうる限り強化しなくてはいけないことも承知していた。


ハギオイは気配りのできる覇者であり良い魔法の師だった。

しかし、どうやら上空にいるのは苛烈さを誇る龍軍のようだ。その噂は聞いている。大自然のあらゆる力を引き寄せてこの世を乱す、いや、この世を制する者たち…。


上空ではロイスの獰猛な笑い声が響いていた。

「数の暴力?笑わせるな」

ロイスは槍を消して剣に持ち替えた。嵐のような強風が彼女の周囲を取り巻いていた。

物理攻撃を仕掛けてくる魔族と後方で魔法を紡ぐ魔族。連携は優れている。

しかし、龍は360度の機動力がある。

囲い込んで止めを刺すなど不可能だ。

ユストがいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

次の瞬間、緑の煌めきが龍の姿態を駆け抜け、雲が湧き天の水を魔族に向けて放った。それは氷の刃となって魔族に襲い掛かった。

「?」

魔族は二人を取り囲んだつもりになっていた。

だが、ロイスの強風が魔族を吹き飛ばさんと荒れ狂う中、魔族の後方から氷の刃が浴びせられたのだ。

「この世の空間を支配するのは龍。貴様らに勝ち目などない」

圧倒的な攻撃力に魔族が魔法を唱える前に粉々にされていく。

咄嗟に異界へ戻り、難を逃れた魔族がロイスの真後ろに出現して剣を振り下ろした。

「千年前と同じ手が通じると思うな!」

剣は異界の力を帯びていた。ロイスが剣で受け止めると魔族の力によって圧倒され地面へ吹き飛ばされていた。

赤い龍の咆哮とともにいくつかの建物が砕け散った。

龍もロイスも地面にたたきつけられる寸前で体制を立て直したのだが、龍の尾が振られ、周囲を瓦礫に変えていた。

魔族は容赦なく連打を打ち込んできた。

「魔剣というわけか。面白い」

ロイスは重力を纏う魔族の剣にニヤリと笑うと持っていた剣を別の剣に持ち替えた。

「では、龍の剣で、全力で行くぞ!」

その剣には赤い龍が刻まれていた。

ロイスが地上で魔族と戦っている間、ユストの周囲には30体の魔族が出現して魔法を放っていた。

時間差詠唱でユストの動きを止める作戦のようだ。

「嘘でしょうぉ」

焦りは一切感じられないが、ユストは盾を出現させて魔法を弾きながらも空中で動きを止めていた。

「お前たち龍は自然のものから隔絶されたら力を失う。これで終わりだ」

結界の中に閉じ込められ、攻撃を受けているというわけだ。

ユストは眉間にしわを寄せた。緑の龍はユストの僅かな感情の動きに鱗を波打たせた。攻撃が来る恐怖よりもユストの怒りの方が怖い。それが龍の本心だ。

ユストを囲む結界の中で魔族は一斉に魔法を放った。激烈な魔力は容赦なくユストと龍に直撃していた。

龍は思った。

「詰んだ」と。

この封印結界の中に自然なものはない。魔族は異界の存在で、自然から力を得て戦う龍には魔族から力は得られない。

だからこそ、ユストを止められない。

ユストの盾が砕け散り、龍の鱗が焼けただれ、ユストの若竹色の髪が燃え上がった。

「終わったな」

嘲笑と冷笑が燃え上がり灰となっていく緑の龍とユストに向けられた。


ロイスは地上で、魔剣を砕き、挑んできた魔族を粉砕してニヤついた。

「一騎打ちに来るとは魔族にしてはなかなかな奴だったな」

強い敵は大歓迎だ。

龍が上を向くので、ロイスもつられて上も見た。

上空が燃えていた。

「あー、あれはヤバいな。防御の嵐を展開しようか。相棒」

そう言って、ロイスは龍の首を軽く叩いた。

龍は頷くように首を振り、都の上に舞い上がって風を巻き起こした。上空と地上を隔絶するために。


次の瞬間、ユストと魔族30体が封印結界とともに大爆発を起こした。

「おバカなの!」

ユストの叫び声が響き渡った。

緑の閃光が南の天空を照らし、闇が吹き飛ばされていた。

辛うじて生き残った魔族が見たのは、天空に輝くエメラルドの龍が緑の水晶を手に掲げ、太陽の光を呼び集めている姿だった。

「龍、が2体?」

「いや、小娘は?」

戸惑う魔族の前にエメラルドに輝く龍が吠えた。

「龍神の怒りを受けて消えろ」

何が起きたのか。

燃えて灰になったはずが、龍が2体に増え、闇が晴れ太陽がのぞいた。

そして、魔族は灰になった。

眩しすぎる太陽光は大地にも人にも害をなす。

大気があるから緩和されるが、大気も吹き飛んでいる。

ロイスは風を呼び、地上に降り注ぐ太陽光を緩和しながら、呆れて独り言をこぼした。

「やりすぎ。だから、夫に逃げられるんだよなぁ。あいつ」


緑の龍は、ため息を吐くとエメラルドに輝く龍に尾を軽くぶつけた。

『人族まで滅びますよ』

「え?あらぁ?おっかしいなぁ?」

エメラルドの輝きが急速に消えて若竹色の髪が翻った。

ユストは誤魔化すように笑うと眼下のロイスに手を振った。

どうやら大地は無事なようだ。



テーマーンの魔法使いは大きく深呼吸をした。

空の闇が燃え上がった途端、凄まじい重圧が振ってきた。大気が怒りに燃え、風が唸り、天が割れた。

杖が軋んだが、何とか、折れずに済んだ。

今、大気は穏やかな気流に戻っていた。

ただ、外の様子は目も当てられない惨状だった。

堅牢な城へ人々を避難させておいてよかった。

テーマーンの領都の一つが半壊していた。これでも被害は最小限だったのだろう。

赤い龍と緑の龍。

それは、天と大地の怒りそのものだと、孫に伝えよう。

伝承がまた一つ増えた瞬間だった。


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