かつての<取り決め>
……。
「ところで、サーハラが倒した3体とラハブ達が戦っている相手って同レベルなのか?」
バルクが念のための確認と言わんばかりに、問いかけた。
笑い声をあげてハシーディムが答えた。
「魔族という点では同じだな。ただ、ラハブが手を焼いているっていう点で、あっちの方が上位っぽいけどね」
「魔族とは?魔人や巨人とは違うのか?魔物の一種なのか?」
アクロンは魔物に詳しくない。だから、魔族など噂にも聞いたことが無い。見た目と存在感も違うが、魔物と一括りにしてよいものなのだろうか。
「魔族は、古代人達が戦った魔王の軍団、だったかなぁ?千年前の戦いで魔王が覇王に敗れて、奴らもこの世から出ていったってことくらいしか知らないけど、軍団らしいからもっと増えるんだってさ」
どうやら古代人以外はあまり詳しく知らないらしい。ただ、強敵の部類だということだけは何となくわかった。
「まだ増えるのか」
「既に増えたみたいだけどね」
ラハブ達は、戦っている。
最初は13人だった。倒せば減る。
しかし、今、大神殿の前では20人近い魔族がラハブ達と戦っていた。
「良く生きているな、あの3人」
バルクは妙に感心してしまった。自分はサーハラが来なかったら無事では済まなかっただろう。
流石、門番。傷一つ負っていないようだ。
サーハラはそんな彼らを見ながら指先で流れるような銀糸の髪を梳いた。
「倒すの、遅すぎじゃないかな。まぁ私に及ばないのは、私の美貌と私の刀が優れ過ぎているから仕方ないか」
サーハラが嘲笑すると、いきなりハーリールが転移してきて文句を言った。
「ちょっと、美貌は関係ないし、武器自慢は、魔王を倒してからやってよね!周囲、敵だらけなんですけど!」
ハーリールは魔族の魔力を跳ね返す結界魔法を既に幾重にも放っていた。
だからこそ、カーファルとラハブは魔族の魔法を躱せている。
ハーリールの魔力にも限界がある。
さっさと参戦してもらいたい。
遊んでいる4人に苛つくというものだ。
「はいはい。行くぞ!」
ハシーディムはそう言って駆け出した。
アクロンとバルクは顔を見合わせた。仕方ない。魔法戦は苦手だが、やるしかない。
「また無計画かぁ」
アクロンはそう言いつつも剣を握りなおした。
「魔族の中には剣で切れない奴もいるから注意しろ!」
参戦したアクロン達にラハブの怒鳴り声が響いた。それ、困るなぁ。剣を武器とするアクロンは思わず苦笑した。
城の前で、魔人を相手にしているべきだった。
サーハラはアクロンの表情に気づくと嘲った。
「魔族を1体も倒せなかったら罰ゲームだね」
面白がるようにそう言ったサーハラは、アクロンの前でこれ見よがしに魔族に切り掛かった。その威力はラハブの一閃を上回っていた。
「やるじゃないか、サーハラ」
ラハブが感心し、ニヤついて、アクロンにもやってみろよと言わんばかりの視線を投げた。
妖刀と同じ威力を求められても困る。
アクロンは大きくため息をつくと、自分に向かってくる魔族に向けて風の剣を放った。魔族は軽々と攻撃を躱してニヤついた。
「そよ風など効かぬわ」
魔族が嘲るようにアクロンを見た瞬間、その魔族は無数の刃によって切り刻まれていた。
「躱したはず…」
死を自覚できない中、魔族の形は崩れて散っていった。
「そよ風じゃないんだ。俺のは、嵐刃という」
サーハラに対抗するアクロンの剣技にハシーディムが口笛を吹いた。魔族の内側に無数の刃を叩きこんだということか。なかなかやるじゃないか。
門番に選出されるだけのことはある。
「小賢しさは、千年前の古代人と大差ないということか」
魔族の一人が舌打ちした。人間と魔族が同じような感情表現をすることにバルクは妙に感心した。見た目も人間に近いし、こいつらはいったい何なのだろうか。
「魔族っていうのは、どこから湧いて出るものなんだ?」
バルクは誰にともなく問いかけた。
「異界だ。この世でない空間。覇者の園のような別空間と考えると分かりやすいだろう」
ラハブがすかさず答えた。
「見た目は似てるから、元は一緒とか?」
バルクの発言に魔族がバルクに激烈な魔法攻撃と物理攻撃を行った。
「矮小な虫けらどもと一緒にするな!滅びよ!」
慌てて躱すバルクもその苛烈さにニヤリと獰猛な笑みを浮かべて切り返した。
「いい攻撃だ。こっちも行くぞ!」
基本、闘剣士は強い者に挑み倒すのが至上の喜び。剣閃は魔族に引けを取ることがない。
覇王門を潜った者を侮ってもらっては困る。
1対1で、魔法を弾く魔装備があるなら、負けない自信がある。バルクの剣は重く魔族の装備も砕け散った。
アクロンはバルクの言葉に魔族が腹を立てたことを考えながら応戦し、古代人のラハブに問いかけた。
「魔族というのは、千年前に古代人が戦った後、この世を去ったのですよね?」
ラハブは大先輩だから丁寧に問いかける。
「そうだ。だが、大祭司アベンが魔王を復活させた。だからこいつらもやって来た」
ラハブは凄まじい剣檄を繰り広げながらもアクロンの問いにはちゃんと答えて返した。
「つまり、魔王を復活させない限りは、この世に来ることは出来なかったと?」
「そういうことだ。空間が閉じているからな」
「園は覇王門で出入りが出来ますが、魔王にはそれが出来ないということですか」
アクロンが「出来ない」と何度も口にするので気分を害した魔族5体がアクロンに一斉に切りかかった。
ヤバい。
アクロンは応戦ではなく、身を翻して素早く逃走した。
サーハラの後ろへ。
サーハラは一瞬、冷笑を浮かべると襲い掛かって来た魔族2体を魔道具を発動させて弾き飛ばすと、3体目を一文字に切り、次に袈裟懸けの一閃を放った。
「1体くらい、自分で殺れよ。逃げ足の速いアクロン君」
サーハラはそう言うなり、勢いよく襲い掛かって来る5体目をアクロンに向けて誘導した。
「性格悪ぃな、相変わらず!」
「助けてあげた恩人を少しは崇めてくれないと、二度と助けてあげないよ」
嘲るサーハラを余所にアクロンは迫る魔族の剣を真正面から受けずに流してさらに後方へ下がった。
すると、魔族はアクロンに話しかけてきた。
「我らは「出来ない」のではなく、<取り決め>が行われたのだ。無知な者よ。正しい知識もないのに口を開くな」
何やら、魔族から怒られたようだ。
ついアクロンは魔族に質問した。なんとなく、覇者達より正解を持っていそうだ。
「<取り決め>というのは、千年前の覇王との戦いが関係しているのか?」
「そうだ。あの時、魔王が覇王に敗れたので、覇王軍の出した条件を我らが飲む羽目になったのだ」
ん?
…飲む羽目になった?魔王への敬意が感じられない。何かおかしくないか?
アクロンは魔族の言い回しに首を傾げた。
魔族の剣は目に見えない速度でアクロンに斬撃を繰り出しているのだが、アクロンはそれを躱しながら湧いてくる疑問を口にした。
「あの、あんたたち魔族は魔王の配下ではないのか?」
魔族の怒りが倍増し、その覇気がアクロンを圧倒した。
「違う!我らは魔神の眷属だ!魔王は魔神の軍属の一つを統べるだけの存在だ」
なるほど。魔王には上の存在がいるらしい。
アクロンは押されながら、さらに疑問をぶつけた。
「え?よくわからないんだが、じゃあ、何で、あんたたちはここに居る?魔王の上に魔神がいるのは分かった。だが、魔王が魔神の軍の一つを統べる以上、軍隊がいるんだよな?」
どうして、魔王が復活したのに、魔王軍(?)が攻めてこないで、その上の魔神の眷属が登場しているんだろう?
「さっきまでいた。巨人たちが魔王軍の一部だ」
「あ、ハシーディムとサーハラが倒した奴ら」
「そうだ。千年前の古代人が生きていた場合、彼奴等では何ともならん。だから我らが手を貸している」
えっと。
「魔王はどちらに?」
出て来いよ。と言わんばかりにアクロンが問いかけると魔族は嘲るようにアクロンに2本目の剣を振り下ろした。どこに持っていたのか二刀流だったらしい。
躱すだけならアクロンも身のこなしに自信がある。
頂点は魔神。その下に魔族という眷属。おそらく、魔族の同列に「魔王」という称号を持つ者がいて、魔王は軍を率いていると。その軍属は巨人。その下に魔物達。という感じか?
アクロンは絶妙なバランスで攻撃を躱しながら、魔族について理解しようとした。
「アクロン!喋ってないで倒せ!情報収集しても意味ないぞ!魔王を倒せば、こいつらは出ていく!そういう取り決めだ」
ラハブの怒鳴り声にアクロンは<取り決め>が気になり始めたが、攻撃が激しさを増していて喋る余裕がなくなって来た。
何故か、代わりにバルクがラハブに問いかけてくれた。
「魔神っていうのは攻めて来ないのか?」
興味本位丸出しのバルクにラハブは呆れ果てた。
「神というのは基本、傍観する存在だと覚えておけ!」
ラハブの荒っぽい説明に納得できるような、出来ないような複雑な気分になる。
だが、支配領域というものが神ごとに決められているとしたら、神自身はその領域から出ないのかもしれない。
だからこそ、眷属を使って支配領域を広げているのだろう。
それはつまり、神(?)は、侵略者で、千年前の古代人はその侵略者の配下を撃退し、不可侵条約を結んだということだろうか。
千年前の戦いで語り継がれているのは覇王が魔王に勝ったということだけだ。取り決めとか、魔族がいたとか、魔王が倒されると魔族が去っていくとか伝承されていない。謎が多過ぎる。
しかもこいつらは黒い液体から出た魔物とは明らかに違う。
空間の裂け目から現れた。
アクロンがやっとのことで魔族を仕留めるとサーハラがアクロンの頭を軽く小突いた。
「相変わらず、お優しい剣捌きだね。剣に迷いがあると命を落とすよ」
「煩い」
揶揄うサーハラを追い払いアクロンは戦場を一瞬で再把握した。
王城前のケトラ達は十分に応戦出来ているようだ。
こちらの目の前には、魔族が30人。
切った数より増える。
魔神の眷属はどれだけいるのだろうか。
千年前の古代人との取り決めが今も有効なのか、魔王を倒せばいいらしいが、肝心の魔王が姿を現さない。
「<取り決め>の内容を教えてください」
アクロンはラハブに訴えた。
「魔王を倒せば、出ていくというルールだ。勝った者がこの地に留まる権利を持つ。千年前は魔族や魔王だけでなく、100を超える種族がこの地の権利を狙って争っていた」
魔王と覇王の戦いは最後の決戦で、そのことばかりが大袈裟に伝承されたようだ。
「え?もしかして、千年前に覇王が負けていたら人間がこの世から出ていくことになったんですか?」
「馬鹿め。人間はこの世を出る能力など持っていない。覇王が負けていたら、人間は喰われて滅びていた」
伝説では、古代人たちは一番の強さを示して覇王となり、魔王を倒し、永遠を手に覇者の園に眠ったことになっている。真実は人間という種族が、多くの他種族から生き残るための戦いを制したということか。
「では、その中に妖魔もいたのですか?」
妖魔の刀という単語が引っ掛かり、アクロンが問いかけると、ラハブは一瞬、動きを止めた。その隙に魔族の一撃がラハブを穿った。
「ラハブ!?」
ラハブは自身の体を貫く魔族の剣を左手で握ると目の前の魔族の首を剣で弾き飛ばした。
「阿呆めが!霹靂のラハブを舐めるな!」
止めを刺そうと3体の魔族が剣を振り下ろしたが、ラハブの間合に入ったが最後、雷撃剣が魔族を瞬殺した。
カーファルが駆け付けた時、ラハブは自分に刺さる剣を抜き取り、大地に放り投げていた。
「大丈夫か?」
「くそ、痛いな。痛みも消す装備は無いのか」
「痛みを感じないと致命傷になる」
ラハブは右手に持つ剣についた魔族の血を払いながら、身体の無事を確認した。
カーファルはラハブの無事を確認するとすぐさま別の魔族に挑んでいった。
ラハブも不死性の魔装備を身に着けているようだ。
「不死性って反則だよな」
「ああ。ま、魔族も不死性っぽいけどな」
魔族は切られても異界へ回収されると復活してきているようだ。だから、数が減らない。仲間を連れて戻るため増えている。
これは、こちらが圧倒的に不利だ。復活させない方法はないものか。
ラハブがふいにアクロンを振り返った。
「妖魔は魔族ではないぞ。別物だ。あいつらも厄介だったが、呼ばない限り二度とこちら側には来ることが出来ない。千年前の遺跡には痕跡があるかもしれないが、触れない方がよいぞ」
ラハブを用心させるとは、妖魔、侮れない存在のようだ。
そんな妖魔と係りのある刀を使いこなすサーハラは尋常ではないのだろう。覇者の中でもヤバすぎる奴だ。
「要するに、魔王を倒さないと、不死性同士で、永遠に決着がつかないってことか?」
バルクは、雑魚魔物よりも魔王を倒せと言われた本当の意味を理解した。
魔王を倒さない限り、エンドレスなのだ。
魔王を倒す。
それがこの戦いの終わりであり、魔物を一掃することになる。そういう、取り決め。
「そういう情報は、先に教えてほしいよな」
アクロンはうんざりした。宴会の前に情報共有だろ!あの隠れ家で話す機会はどれだけでもあったはずだ。それなのに酒三昧。本当に、園の住民は!!戦場に臨むなら作戦と敵の情報は必須のはずだ!まったく!
今でも質問しなければ、誰も教えてくれなかった。質問しない方が悪。それってどうなんだ?周知義務とか園のルールに入れてほしい。今回ばかりはバルクもそう思った。
「倒せばいいだけだ」
カーファルは無情にもそう告げた。知っていようといなかろうとやるべきことは一つ。敵は倒す。
無敗のカーファルらしい言葉だ。
倒せばいいだけ?
簡単に言うな。
…傭兵黒竜。
アクロンは、つい黒竜などアザリアに倒されてしまえと思ってしまった。
いや、待てよ?
「こいつらを倒さないと魔王は大神殿から出てこないかもしれないんだよなぁ?」
呻くアクロンに対し、ハーリールは苦笑し、ラハブは大笑いした。
「そうだったな。倒すぞ!」
だから、不死性のある奴らだ。無理だろう。
だから、作戦を立てろよ。
だから、嫌いなんだ。園の脳筋!
気が付けば、嘲笑を浮かべる魔族50人に囲まれていた。
「ヤバいんですけど」
ハーリールがいくら古代魔法の使い手と言えど、50人の魔族が放つ魔法を一人で防ぎきるのは無理だ。
不死性の魔装備があったとしても、高威力の魔法攻撃を一斉に受ければ一瞬で灰になるだろう。
蘇ることなど不可能だ。
「終わったな」
魔族が凶悪な笑みを浮かべて魔力操作を始めた。
流石にカーファルも慎重に剣を構えた。
突破口を作る。それも悟らせずに一瞬で。
しかし、そんなことが出来るほど園の住人にチームワークはない。
ただ、百戦錬磨といわれる古代人のラハブを信じるしかない。
ラハブは不敵に笑みを浮かべている。勝算があるのだろうか。
「滅びろ」
ご丁寧にも魔術を放つ前に魔族はそう告げた。
ラハブは動かなかった。だから、誰も動けなかった。
50体の魔族が一斉に放つ攻撃魔法は王都全土を焦土と化すに十分な威力を持っていた…はずだった。
誰もが驚愕した。
ラハブもハーリールも何も対抗できなかった。
ただ、一筋の白銀の光が走った。
魔族の一角が白銀の光に貫かれて塵と化し、凝縮され放たれたはずの激烈な魔力は分散され異空間へ弾き飛ばされていた。
白銀の光は、遥か彼方、南側の黒い飛沫が作る結界の外から放たれて、異界へ至っていた。
王都の結界が破られるなどあり得ない。
魔族達は愕然としながらも、光が来た方角に向けて攻撃魔法を放った。それは、連携も乱れ、威力も不十分な攻撃となった。
アクロン達は、白銀の閃光と同時に素早くその場から逃げ果せていた。
魔族の一人が呻いた。
「馬鹿な」
「馬鹿はそっちだろ?詰めが甘いんだよ」
愕然とする魔族達の前に赤毛の狩人が白銀に輝く杖を担いで立っていた。しかも、宙に浮く魔族の前に同じように浮いている。
驚く魔族をよそに、ハシーディムはほっと息を吐いた。
「リベルデン。遅いよ」
「よく王都に入れたな」
ハシーディムとカーファルの言葉に、リベルデンはへらへらと笑って答えた。
「俺を誰だと思ってる?亡霊だ。入るのは楽勝。遅れたのは、途中、山脈に寄って激励してきたからな」
「山脈にも魔物が?」
「セモールの北側は多いな。多分、今頃、大陸全土に溢れているな。まぁ雑魚ばっかりだけど」
「ラハブ、一つ確認するけど、リベルデンが来るの、分かってた?」
「いや?」
「どうして、動かなかったの?」
「気合でなんとかなるだろう?」
「なるわけないじゃん!」
コソコソとハーリールとラハブが喋るのを耳にしたバルクは苦笑し、アクロンは溜息を吐いた。ラハブは適当過ぎる。強すぎるためかもしれない。いつだって古代人の軍師はハギオイだった。ハギオイ亡き今、かなり危ういかもしれない。
「で、何で折角、魔王が目覚めたのに、魔王と戦ってないんだ?」
リベルデンの素朴な疑問にハシーディムが大神殿を指さして訴えた。
「結界が破れない」
「はぁ?」
リベルデンは、呆れ果てて魔術師ハーリールを見た。信じられない。
「お前、守護者直伝の弟子だよな?」
「弟子であって本人じゃないから」
開き直ってハーリールは胸を張って言い切った。
騒ぐ覇者たちの姿を睨んでいた魔族の一人が憎々しげにリベルデンを指さした。
「貴様、その赤髪。覚えているぞ」
リベルデンは片手を挙げてにっこり笑った。
「悪い。俺は覚えていない」
「…人族のくせに何故、生きている。千年だ」
「あれ?<取り決め>で空間支配の魔術を魔王が公開したのを知らないのか?あの時生き残った古代人には覇王と共に眠るか、この世の輪廻転生の輪の中で生きるかの選択肢があった。俺もラハブも前者だ。覇王の眠る空間の門番をしている。今は【血の洗礼】で閉じているが、貴様ら魔族が呼び出しに答えてこちら側に来られたということは、こっちから園の住人以外の人族が、園の連中を呼べば、出口門くらいは開くのかも?」
「開けるな!」
即、反対したのはラハブだった。
ラハブは何としても自分の手でアベンを倒したかった。
魔族は優しい笑みを浮かべた。
「魔王は<取り決め>の存在だ。だからこそ呼び出しに応じる。そして、魔王は神殿内から動かない。今度は我らが覇王を倒す番だ。助けを求め、覇王を呼べ。門を開けろ。」
「えー。それって卑怯じゃん」
ハーリールが文句を言った。
魔王は厳重な結界の中から出ない。覇王が門を開けて出てきたら魔族が襲い掛かって千年の意趣返しというわけだ。
そこで、サーハラが首を傾げた。
「おかしいですね。覇王が出てこないように【血の洗礼】を起こさせたのはアベンですよね?」
「魔王復活の前に覇者が動くのを防ぎたかったんでしょ」
「いや、それも変だ。門番の俺達は魔王が復活しないと戦いに参戦しない。つまり、魔王の復活を邪魔する要素は俺達じゃない。むしろ、テモテとかだろう」
「アベンは<取り決め>とか知らないと思うわよ?」
何と言うべきか。
皆、目を見合わせた。
アクロンが咳払いして問いを投げかけた。
「魔王を倒すと魔族は元の異界へ戻るというのが<取り決め>なのですよね?」
先輩方には丁寧に、だ。
「そして、覇王が倒されると魔族はこの世を制覇するということでしょうか」
「まぁそうだな。覇王がこの世の覇権を持っている。逆に言うと、覇王を倒さない限り、この世を制したとは言えないんじゃないか?」
「つまり、覇王を倒されない限り魔王にこの世を制する権利はない?」
「権利はなくとも呼ばれてきた以上、人間を食い尽くす時間ぐらいはあると思うぞ」
「いや、呼ばれた以上、振り出しに戻ったということだ。覇王か魔王、どちらが勝つかで今後が決まる。千年前と条件は同じになる。呼び出しは、<取り決め>のリセットだ。魔王を倒して再度の<取り決め>が必要だ」
リベルデンは<取り決め>についてラハブよりは記憶していた。
「満足か?アクロン」
情報共有できていたのでは?と言いたげなバルクに対し、アクロンは眉をひそめた。
取り決め。
その詳細はまだあるに違いない。それを知る必要をアクロンは感じたが、この場に正確な回答の出来そうな存在はいなさそうだった。
「とりあえず、覇王門が封印されている今の状態で、園にいる住人を呼び出すには、園の住人以外が、<呼び出し>を行わないといけないってことはわかりました。誰かに依頼してから戦いに臨めばよかったってことじゃないですか!」
「だから、開けるな!獲物が減るだろう」
ラハブのお怒りよりも、合理的な勝利への道がアクロンには大事だった。まぁ今更だが。…呼び出す方法は何かあるはずだ。アベンはそれを知っている。
もしかするとアベンは古代魔法を研究する中で、<取り決め>を「知った」のかもしれない。
だからこそ、門を封印したかった。決して覇王が目覚めないように。
魔王をこの世に呼び出すことで取り決めをリセットする。
覇王でないもの(バアル・ゼポンの人間)が魔王を倒す。そうすれば、この世の覇権と新たな<取り決め>を手にできる。
もし、勝利すれば、魔族が去った世界を治めることができる。
それを試練、選民、という言葉で表現したのだとしたら?
恐ろしい賭けだ。
人族滅亡も起こりうる。
信仰とは狂気だ。
大祭司は神の声を聞くという。
本当に<神>の神託があったのだろうか。
「<神>は存在するのか?」
思わず、アクロンは声に出して呟いてしまった。
ラハブが片眉を上げた。
リベルデンが面白がるように笑った。
「千年生きている。神に会ったことは無いね。だが、異界には異界を支配する神がいる。だから、ここに居てもおかしくはない。ただし、この世の法則を司る者を神というなら、神はいない。何しろこの世の法則は千年前に守護者によって破られた。以来、新たな法則は生まれていない」
「それはつまり守護者が神に勝ったということか?」
バルクの問いにリベルデンの表情は一変して獰猛なものになった。
「その問いは、いただけない。千年前に異界の者を一掃したのは覇王だ」
覇王は絶対な存在だ。
守護者は覇王の従者の一人だ。神ではない。
サーハラはリベルデンの言葉を聞きながら、ラハブが守護者のことを神のように表現したことを思い出した。神とは何か。
神などという存在は抽象的すぎる。
バアル・ゼポンの神は名前を持たない。時代によって変わる。神は人の都合で生まれるものだともいえる。
「お喋りは終わりだ。千年前の<取り決め>も、魔王を呼び出した人族がいる以上、消えた。すべては白紙に戻ったのだ。覇王が現れないなら我らが貴様らを滅ぼし、この地を制するだけ」
魔族はそう言い、一斉に重力魔法を紡ぎ始めた。
「まずいわよ」
ハーリールが対抗魔法を構築し始め、リベルデンが杖を大地に突き立てて結界を展開した。空間を歪める凄まじい重力の放出に覇者達が緊張する中、魔族とラハブ達の間に突然、赤い閃光が走った。
「今度は赤?」
戸惑う声をかき消すように、魔族は先ほどと同じ轍を踏むまいと、躊躇うことなく全力で魔法を放った。
王都が圧し潰される威力は十分にあった。
しかし、
魔族の放つ重力魔法が、たった一つの盾によって防がれた。
「傭兵黒竜は私の獲物だ!手を出すな!」
魔力と盾がぶつかり、瞬間、目もくらむ深紅の閃光が王都を照らした。その中心には白髪を翻し魔眼のアザリアが存在していた。
閃光が収まると魔族の魔法を正面でまともに受けた盾が粉々に砕けて散っていった。
それでも、アザリアは、抜身の剣で魔族を睨みつけていた。その背にはドラゴンの翼が生え、空に浮かんでいる。
魔族は覇者には聞こえない声でささやきあった。
「あれは、<目覚めの契約>だ。我らとて、契約がある以上、手が出せん」
「もう少しで一網打尽にできたものを」
「契約の執行後は、自由にできる。直ぐに片が付く」
「<目覚め契約>はどの世の理でも執行される」
アザリアの姿に、アクロンは茫然としていた。
魔人?
いや、傭兵黒竜を仇としている点では自我があるということだ。光の柱の前で見た魔人とは違うのだろう。
「アザリア!」
アクロンは思わず叫んでいた。
アザリアはその声に全く反応せず、手を出すなと言わんばかりに魔族を睨みつけていた。
あれが?魔眼のアザリア?サーハラは片眉を上げて、刀を煌めかせた。
「切っていいか?呪いなんてこの刀には通じない」
「ダメだ!老ハギオイは、理由があってアザリアにこの地を示したんだ」
アクロンは慌ててサーハラを制した。
「ハーリール、あいつがエクレシアの血の結晶を首にかけているんだな?」
ラハブが眉をしかめてアザリアを観察した。魔族の魔法を防いだ時に呪いは発動していない。ハーリールも眉間にしわを寄せた。呪いの発動条件はなんだろう?
「多重呪詛の結晶のペンダントよ。油断しないで」
アザリアは、魔族が攻撃の手を止めると、燃えるような赤い瞳をまっすぐにカーファルへ向けた。
傭兵黒竜が誰か判別できるらしい。ハーリールは杖を構えつつ、カーファルへ視線を走らせた。
「どうするつもりよ?」
「もちろん、返してもらう」
何を?
ペンダントの中にはエクレシアの血も魂も封印されているに違いない。それを返してもらうのだ。
カーファルが剣の切先をアザリアに向けた。
カーファルはトレスの残党でもあるアザリアに淡々と告げた。
「私が、傭兵黒竜だ。一騎討ちといこう」
「臨むところだ!」
アザリアは、カーファルと向き合った。
ハーリールはあくまでも呪いを警戒して防御魔法を強化しながら、カーファルに忠告した。
「呪われて首をはねられるわよ!」
「馬鹿を言うな。エクレシアが私の首を狙うはずはない」
カーファルは静かに目の前の魔眼のアザリアを観察した。
カーファルとエクレシアの信頼関係は高い。だから、血の結晶に宿るエクレシアの力も信じることができる。
アクロンは、魔族もラハブも二人から距離をとる様に生唾を飲んだ。真正面からカーファルに挑んで勝てる者などいない。
この展開はあまりにもアザリアに不利だ。
嘘だろ。
老ハギオイはこんな展開を望んだのだろうか。




