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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
救済編(プロット)
99/112

ヘルエスタ王国物語(99)




 ───王城の一室。

 クレアは与えられた部屋の机に座って、リヴァネルへの手紙を書いていた。

 尊とレイナが城内で暴れて、早くも一ヶ月が経とうとしている。

壊れた城壁の修理には、ルカ・カネシロの率いるカネシロファミリーが担当し、三日で元の姿に戻してくれた。

 その合間に起こった問題といえば、西側の街でなにやら良くないものが流行っているという噂話が立ったくらいだろう。

 今はその話の出どころを追ってヘルエスタ王国の警備隊リーダーである、伊波ライという人物が捜査を進めているらしい。

 そして肝心の旧ヘルエスタ王国調査隊について。

 調査隊のメンバーは、ライラ・アルストロエメリアが厳選した発掘チーム。

 エデン共和国の歴史を推理するためのシェリン・バーガンディ。

 本人はとても不安そうだったが、荷物持ちという名目で、ナ・セラが強制的に同行させられた。

 彼らが出発して二週間ほど。

 そろそろ旧ヘルエスタ王国に着いて、調査を始めている頃だろう。

「あとは、わたしの健康面だけど……」

 クレアは椅子から立ち上がり、ベッドの横に置かれた全身鏡の前に移動した。

 体調に問題はない。

 精神面も比較的安定している。

 リヴァネルに作ってもらった体に関していえば、リヴァネルと一緒に過ごしていた頃よりも、より長く動けるようになった。

 しかし、疑問に思う事もあった。

 クレアは鏡に映る、自分の体を見つめた。

 鏡に映っているクレアの体は平均的な女の子の体形をしている。だが、それはどこか異物的で、最後はどうしても自分の体じゃない、という不安に戻ってきてしまう。

 お腹も減るのに、肌には熱も通っているのに。

「……───」

 それは日が経つにつれ、クレアを煽ってきた。

 ウンコやおしっこをしなくもいい体は確かに便利だが、心の底では本当に自分が人間なのか疑ってしまう。

 自分を見つめ直す原因のひとつとして───数日前にレイナと一緒にお菓子作りをしていたときの話だ───クレアはあやまって、包丁で指を切ってしまった。

 赤い血は出たし、痛みもあった。

 しかし、傷はすぐに塞がった。

 まるで服のファスナーを閉めるみたいに一瞬だった。

 そしてよりいっそうクレアは、自分が人間のフリをしている別のナニかという奇妙な感覚に襲われるようになった。

 手紙の置いてある机に戻り、続きを書く。

 結局、リヴァネルには伝えないことにした。

 これはいつもの考え過ぎで、不安に理由を付けたいだけの妄想だ。

 意味のない話で、彼女の邪魔をする訳にはいかない。

「異常なし、と」

 手紙を二つに折って封筒に入れる。

 溶けたロウソクを手紙に垂らして、その上からヘルエスタ王国を象徴とする藤の花のスタンプを押した。

 窓を開けると、熱のこもっていた部屋の空気が少しだけ軽くなった。

 クレアは手紙を空に投げる。

 手紙は白い鳥に変わって、リヴァネルのいる場所まで飛んでいった。



 さらに一ヶ月が経った頃、突然部屋に入ってきたレイナは挨拶もなしにこう言った。

「調査隊が帰ってきたわ。クレア、着いて来て」

 レイナは返事を待たず、そのまま部屋を出ていってしまう。クレアは慌ててその後を追った。てっきり王の間に向かうものだと思っていたクレアだが、レイナの足取りは王城の医療施設に向いている。

 どうして王の間に行かないのか聞きたかった。が、レイナの纏う空気が緊張しているのを感じて、切り出すことができなかった。

 だからクレアは、何も聞かないことにした。

「入るわね」

 ノックをして、医療施設のドアを開ける。

 普段とは打って変わって、医療チームはバタバタと動き回っていた。緊急を要する事態だと一目で伝わってくる。

 すぐに医療チームのリーダー、スカーレ・ヨナグニが二人の前にやってきた。

 褐色の肌に白衣と、いつもなら余裕があって大人の魅力に溢れた女性なのだが、今はその白衣を血で濡らしている。

「レイナ様、こちらです」

 案内された部屋には、シェリン・バーガンディが横たわっていた。

 全身を管で繋がれ、薬品と血液を身体に送り込み、なんとか命を繋いでいる状態だ。

「話せるの?」

「時間の問題です」

「……そう」

 スカーレの返事を聞いて、クレアもシェリンの状態を察した。レイナはシェリンの顔のある場所まで近づき、優しい声音で囁く。

「シェリン、聞こえる?」

「レイ、ナ……様……申し訳、ありません……約束を……守れません、でした」

 一拍置いて、レイナは微笑んだ。

「いいのよ。気にしないで」

「ライラさん、は……どうなりましたか……」

 レイナは横目でスカーレに確認する。

 スカーレは首を振った。

「大丈夫、彼女は生きてるわ。貴方が守ったおかげでね」

「良かった……」

 途切れ、途切れに、シェリンは続ける。

「報告書は……まとめて、あります。ライラさんの……鞄に、入って……」

「分かった。あとで目を通しましょう」

「それ、と……レイナ様……」

「どうしたの?」

「ワタシたち……は、聖樹に近づきません、でした……近づかなかったんです……」

 それがシェリン・バーガンディの最後の言葉になった。

「おやすみ、シェリン」

 レイナは息を吐くと、スカーレにライラのいるベッドまで案内させた。

 向かった先は医務室の一番奥にあるベッドだった。白いカーテンで仕切られており、こちらからでは中の様子は分からない。

 クレアがカーテンに近づくと、甘い花のにおいがクレアの思い出をくすぐった。

 知っているのに忘れてしまった懐かしい味。昔、これと同じ香りのする紅茶を誰かに教えてもらったような、夢を見ている気がする。

「見られたものじゃありませんよ」

 スカーレはそう前置きをして、レイナに確認を求めた。

 レイナはクレアの方に視線を向ける。

「無理しなくてもいいのよ」

「いえ、大丈夫です」

「……───」

 レイナがカーテンを開く。

 よりいっそう、花の香りが強くなった。

「───ッ!?」

 そしてクレアの瞳には、全身を花と植物に覆われた、干からびた顔のライラ・アルストロエメリアが映った。

 無意識に、一歩下がる。

「なん……ですか、これ。ライラさんは、一体どうなってるんですか……」

「死んでいますよ。間違いなく」

 スカーレは平然とそう言って、テーブルに置かれた紙をレイナに渡した。

「魔法を使って調べたものです。あと、私の個人的な予想も書いておきました」

「ありがとう」

 どうして二人が冷静でいられるのか、クレアには分からなかった。ライラさんの死が悲しくないの? と彼女たちを責めようとも思った。しかし二人は、ライラが死んだことよりも、ライラが残したモノに目を向けている。

 彼女の死を無駄にしないために。

 その事を分かっていても、クレアの口は勝手に動いた。

「お二人は……悲しくないんですか……」

 考える間があり、

「悲しんでる時間がないの」レイナは言った。「クレアもシェリンの状態を見たでしょ」

「……はい」

「あのケガで旧ヘルエスタ王国からここまで帰って来られると思う?」

 質問の意味が分からず、クレアは声を喉に詰まらせながら聞き返した。

「どういう、意味ですか……」

「シェリンの傷はね、新しかったの」

 それを聞いて、クレアは自分がいかに甘い考えをしていたのか思い知らされた。

 レイナは感情に動かされるよりも先に、この国を思って、次の一手を探している。

 確かに、シェリンはあの傷でこの国まで歩いてきたのだろうか?

 あれだけ出血していれば、どこかで出血死しているのが普通なのではないか?

 そうやって選択肢を消していき、一番に可能性として浮かび上がったのは、

「つまり、シェリンさんとライラさんをこんな目に合わせた奴は、ヘルエスタ王国の近くにいる……という事ですか」

「あるいは『入っている』か。どっちも可能性はありそうだけど、今はなんとも言えないわね」

 レイナは再び、ライラの診断書に目を通す。

「この花は……旧ヘルエスタ王国の花だと、そう言いたいわけね」

「はい。この周辺には群生していない花です。ですから、旧ヘルエスタ王国の花とみるのが妥当でしょう」

「なるほどねぇ……」

 レイナは言って、

「でも、二人は聖樹には近づかなかった」

 口に手を当て、誰に聞かせるでもなくレイナはそう呟いた。

「ライラの鞄はどこ?」

「持ってきます」

 スカーレはライラの鞄を持ってすぐに戻ってきた。レイナは鞄に入っている報告書を取り出す。報告書の半分はシェリンの血で赤く染まっていた。

 赤黒く濡れた報告書を読み進めるレイナのかたわらで、

「あれ? そういえばセラさんはどこに……」

 調査隊のメンバーでクレアが知っているのは、シェリンとライラ。そして強制的に同行させられたナ・セラの三名。これまで二人の話題は上がったものの、この国に来て一番仲良くなったセラの話が持ち上がらない。

 その事に違和感があった。

 クレアの何気ない質問に、報告書をめくっていたレイナの手が止まる。

「帰ってきたのは、シェリンとライラだけよ。他のメンバーは誰も帰ってきていないわ」

「……───」

 言葉は消え、沈黙が落ちる。

 現実は、クレアの想像を裏切ってはくれなかった。

「……入り口で待ってますね」

「ええ」

 平静を装っているレイナだったが、その言葉の裏からは苦悩が滲みでいている。

 クレアがカーテンをくぐろうとしたとき、

「そうだ、クレア」

 レイナに呼び止められた。

「どうしましたか?」

「ライラの体から咲いている花を、見たことある?」

「……花、ですか」

 クレアは、じっと、ライラの体に咲いた花を見つめた。

 そのどれにも見覚はなかった。

 でも、花の香りだけは、やっぱり、知っているような気がした。



 それからの数日間はシェリンが持ち帰った遺物について驚くべき発見があった。

 彼が持ち帰った箱の中には、万能の神秘薬とも評される赤い液体───エリクサーが入っていた。その内の四本は中身が空っぽだった。が、調べるにつれ、その神秘薬を服用していたのがシェリンだという事が分かった。

 日記には、彼は死にかける度にエリクサーを飲み、ヘルエスタ王国を目指して歩いたと書かれている。

 肝心の敵の正体については、何も書かれていなかった。

 ただ植物が襲ってきた、とだけ。

 シェリンが発見した遺物の中には、エリクサーに加えて『杖と壺と本』があった。この三品の持ち主は、レオス・ヴィンセントであり、これらの遺物はすべて旧ヘルエスタ王国で発見された。

 エデン共和国はこの場所にあった、とシェリンはそう書き残している。

 彼はちゃんと自分の役割を果たしていた。

「……───」

 必然的に、レイナはいなくなった三人の穴を埋めるべく、ヘルエスタ王国で起こる日常的な問題の解決に時間を割かざるを得なくなった。

 現状で目立った問題は───西の街で流行りはじめた薬物と、調査隊を壊滅させた謎の存在について。

 しかし、いくら情報を募っても、結局は予想の予想をさせられるだけで、問題の解決には至っていない。

 王城にいてもやる事のないクレアは、レイナに手紙を残して東の街に向かった。

 東の街は他の場所と比べても発展している。

 家が多いという意味ではなく、日々の労働に疲れた人々の息抜きに使われる街、というのがクレアの印象だ。遊びで力比べをする人たちもいれば、昼間から酒を飲んで、路上で酔い潰れている人たちもいる。

 心配もある一方で、そんな喧騒が今のクレアには心地よかった。

 そうやって賑わう街並みを眺めていると、前から歩いてくるフードを被った女性とクレアはすれ違った。

「───ッ!?」

 その時、ライラの体に咲いていた花と同じにおいがした。

 振り返る。

 顔が、目の前にあった。

 相手の女性はフードの中にある顔を近づけて、こちらを覗き込んでくる。

 美しく整った顔立ち、宝石のように輝く瞳。例え長い耳が見えなくても、その美しさはエルフ特有のものだった。

 そして唇が重なるくらいまで近づいてきた顔に、クレアは見覚えがあった。

「……えるさん」

 それは略称だ。

 彼女の本当の名前は、スノー・ホワイト・パラダイス・エルサント・フロウ・ワスレナ・ピュア・プリンセス・リーブル・ラブ・ハイデルン・ドコドコ・ヤッタゼ・ヴァルキュリア・パッション・アールヴ・ノエル・チャコボシ・エルアリア・フロージア・メイドイン・ブルーム・エル。

 かつて、ヘルエスタ王国の王族に仕えていた、正真正銘のエルフ。

 クレアの顔を確認したえるは、美しく、その表情を歪ませる。

 彼女もまた、クレアを覚えていた。

 そして毒を吐くように息をついて、えるは両手でクレアの頬に触れる。

「見ぃーつけ、たぁー」

「……───」

 花の香りがした。

 ウィスティリア・ヘルエスタと同じ、とても懐かしい、花の香りが───。




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