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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
救済編(プロット)
98/112

ヘルエスタ王国物語(98)




「ああ、ボクはなんて不幸なんでしょう!」

 三人は巨大な扉を抜けて王の間に入った。

 そこでクレアは、誰もいない玉座に向かって手を伸ばし、片膝をついて自身の不幸を呪っている様子のおかしい男性を見つけた。おそらく彼こそがレイナの話に出てきたシェリン・バーガンディ本人なのだろう。

 人が入ってきたのを感じ取ったシェリンは、冷静になるために咳払いをひとつした。

 さっきまでの奇行は今のでチャラになったらしい。

「このシェリン、レイナ様の帰りを心待ちにしておりました」

 紳士にお辞儀し、シェリンは顔を上げる。

「そちらのお嬢さんは?」

 質問にはレイナが答えて、クレアに手を出さないようシェリンに釘を刺した。

「あらためて紹介するわね。こっちの丸眼鏡をかけているのがシェリン。元探偵よ。探偵業が全然上手くいってなかったみたいだから私が引き抜いたの」

「ご紹介、痛み入ります。レイナ様」

 クレアもシェリンに習って、頭を下げて挨拶した。

「さて、早速で悪いんだけど。貴方たち二人に仕事を取ってきたわ。危険な仕事になるから、参加するかどうかは話を聞いたあとで決めなさい」

 ライラとシェリンの二人は互いに顔を見合わせた。どうやらレイナの発した『危険』という言葉が気になっているらしい。

「どのような仕事なのですか?」

「ライラの喜ぶ仕事よ」

 質問に答えるでもなく、レイナは曖昧に返して、話を続ける。

「これから二人にお願いする仕事は、旧ヘルエスタ王国の調査、発掘よ」

 驚いた顔をしたシェリンが、

「それは───」

「それは本当ですか、レイナ様!?」

 シェリンの声を遮って、王の間に響くほどの大声でライラは質問した。鼻息を荒くしてレイナに掴みかかる。

 クレアは呆気に取られた。

 あとで聞いた話だが、彼女は元々、歴史学者として働いていたそうだ。

 歴史や文明をこよなく愛する彼女だからこそ、今回の仕事は是が非でも掴み取りたい案件なのだろう。

「いつからですか!? 滞在期間は!?」

「ライラ、落ち着いて。まずは私の話をよく聞く。最初に言ったでしょ?」

「そ、そうでした。……申し訳ありません」

 二度、三度と深呼吸を繰り返し、ライラは落ち着きを取り戻す。

「滞在期間は一ヶ月を予定してる。まあ、問題が起こったらその時点で撤退も視野に入れてほしいけど……」

 ライラの様子を見るに、撤退という選択は出来なさそうだった。

「レイナ様、質問させてください!」

「どうぞ」

「発掘した遺物に関してはどのように保管する予定なのでしょうか」

「ライラがちょっと前に博物館の図面を考えてくれたでしょ?」

 はい、とライラは頷いた。

「博物館が出来るまでは、王城の保管庫に置いておくしかないけど。完成したあとは博物館に展示するつもりよ。警備の方はライラが担当するでしょ?」

「私以外にやらせません!」



 シェリンが手を上げた。

「ライラさんが行くのは分かりました。ですが、ワタシが呼ばれた理由はなんでしょう。ワタシは彼女ほど歴史に詳しいわけでもありませんし、余計なことを言って彼女の邪魔をしてしまうかも」

「シェリンにはライラとは別の仕事を任せたいの」

「……なるほど、別行動ですか」

 口に手を当て黙考するシェリンは、謎を解く探偵のようだった。

 彼は祈るように手を合わせているライラを見た。

 それからレイナの発言を繋ぎ合わせて、シェリンはひとつの答えを導き出す。

「まさか、エデン共和国の調査ですか?」

「その通り。察しがいいわね」

「彼女が旧ヘルエスタ王国を調べるのでしたら、ワタシに出番はありませんから。ほとんど消去法みたいなものですよ」

 シェリンはまた考えて、

「しかし、レイナ様。エデン共和国は名前だけの幻の国ですよ? 本当に実在していたかどうかも怪しい」

「その謎を解くのが貴方の役目でしょ?」

「役目とは……これまた手厳しい……」

 シェリンは困ったように笑ったが、その顔はどこか嬉しそうだった。

「それと聖樹について」

 レイナの声色が冷たいものに変わる。

 先ほどまで浮かれていたライラとシェリンの表情から笑顔が消えた。クレアも部屋の空気が強張るのを感じて、自然と口を結ぶ。

 本題はこれからという訳だ。

「ある程度調査が進んだ段階で、二人には聖樹の周りを調べてほしいの。絶対に近づいちゃダメよ。死にたかったら近づいてもいいけど、情報は必ず持ち帰ってくること。死ぬならこの国で死になさい」

 調査を命じられた二人はレイナの言葉の意味をすぐに理解した。

 しかし、クレアは違う。

 意味が、分からなかった。

「どうして聖樹を警戒する必要があるんですか?」

 ずっと話に出てきた旧ヘルエスタ王国とはおそらく、クレアの知っているエルフの王国で間違いないだろう。今は亡きウィスティリアの故郷であり、自分の知らぬ間に滅んでしまった国だ。

 だからこそ、クレアは聞いた。

「わたしの記憶だと彼らの王城は、聖樹の近くにありました。歴史を調査するというならまず、王城を調べるのが一番手っ取り早いのでは?」

 何気ない質問だったと思う。

 ライラは唖然とした様子で、

「失礼ですが、クレア様は……その、エルフの国に行ったことがあるのですか?」

「それは……」

 てっきり質問の答えが聞けると思っていたクレアは焦った。どう説明するべきか自分でも分からなかったからだ。

 ありのままを話しても、好奇心に満ちたライラに質問責めされるのが落ちだろう。

 クレアは必死に言い訳を考えたが、答えは見つからなかった。

 あたふた、と慌てるクレアを見兼ねて、レイナがその背中を押した。

「この子はね、七百年前にエルフの国に招かれたことがあるの。だから、私たちの知らないこともたくさん知ってるわ」

「れ、レイナさん、大袈裟すぎますよ」

「でも、嘘は言ってないでしょ?」

「それはそうですけど……」

 しかし、招かれたというのは語弊がある。あの時はウル・モアを封印するために急いでヘルエスタ王国に向かった。

 ゆっくりできた時間があるとすれば、もう名前も思い出せない妖精さんに、美味しい紅茶をご馳走してもらったくらいだ。

 クレアは目の前にいる二人を見やった。

 なるほど、とシェリンが頷く。

「つまり、彼女がワタシたち調査隊の道案内をしてくれる、というわけですね」

「全然そんなことないけど?」

 呆気に取られるシェリンに、レイナは言った。

「実はクレアのお母様から、彼女を危ない目に合わせるなって、キツく言われてるのよね。もしも危ない場所に連れて行くなら、私も同行しなくちゃいけない」

 新しい推理材料を与えられたシェリンは、そっとライラの方に視線を向ける。

「レイナ様が同行するという事は、必然的にレイナ様の仕事周りを処理できる人をヘルエスタ王国に残していかないといけない」

「絶対にイヤです」

 確固たる意志で、ライラはこの提案を断った。

 クレアはほっと胸を撫でおろす。最初から同行するつもりはなかったとはいえ、ハッキリとライラの口からその言葉を聞くまで、クレアは安心できなかった。

 これでようやく気になっていた事を質問できる。

「それで、どうしてレイナさんは聖樹を警戒してるんですか?」

「勘よ」

 あっさりと、そう言われた。

 答えを待っていたライラとシェリンも、レイナの気のない返事に倒れそうになる。

「今回はあくまで事前調査って感じで二人には納得してもらう。それが約束できないならこの話はなかったことにして……私の溜まってる仕事を手伝って」

 レイナは渾身のウィンクで二人を誘う。

 だが二人は、レイナの魅力に負けることなく、その誘いを断った。



 王の間での会議が終わったあと、クレアは王城を案内されていた。

 レイナに連れられて向かった先は調理場や浴場、そして彼女自ら世話をする自慢の大温室だった。

「セバス、どこにいるの?」

 レイナが呼びかけると、草木の隙間から一匹の龍が顔を出した。

 空中であくびをしながら、ぷかぷかと浮かんでいる龍は前世を含めた、クレアの記憶のどこにも存在しない。

 今日初めて、クレアはその龍を見つけた。

「彼女はクレアっていうの。警戒しなくていいわ。私の友達だから」

 レイナが龍の身体を撫でると、龍は気持ち良さそうに喉を鳴らした。

「可愛いでしょ?」

「か、可愛いです……」

 嘘は言っていない。

 恐怖八割、可愛さ一割、カッコよさ一割という風に細分化してみれば、本当にちょっとだけ目の前の龍をクレアは可愛いと思っている。

 しかし、どうしても恐怖が勝ってしまうのは仕方がないことだろう。

 レイナという主人が側にいたとしても、首輪の付いていない龍と目が合ってしまえば誰だって怖い。

 そんなクレアの緊張を察してか、龍も迂闊には近づいてこなかった。

「お昼寝の邪魔をしてごめんなさいね。すぐに出ていくから」

 龍は一度頷き、次の寝床を探しに温室のどこかへ飛んでいった。

「行きましょうか」

「はい」

 そして、

「ここがヘルエスタ王国の騎士団がいつも稽古をしている修練場よ。今は遠征に行ってるから、汗臭くないわね」

 レイナは笑って、壁に立て掛けられている木剣を手に取った。

「どうしたんですか?」

「んー、王の間での話し合いが思ってたより早く終わったから、尊様が来るまでちょっと鈍った体を動かしておこうと思って。クレアはもう少し後ろに下がっておかないと、ケガしちゃうわよ」

「それは───」

 質問する暇もなかった。

 土煙が舞った。クレアが視認できたのはひとつの影がレイナに向かって飛んで来たところまでだ。何が飛んで来たのかまでは、早すぎて見えなかった。

「レイナさん!?」

 煙が晴れると、彼女は何事もなかったようにその場に立っていた。

 手には先ほど別れたはずのナ・セラが目を回している。

「セラ、よく頑張ったわね。休んでいいわよ」

「……あえぇ……ありがとう、ございまふぅ……」

 労いの言葉をかけると、レイナはクレアの立っている場所にセラを投げた。

 クレアの足元に転がったセラには、かすり傷こそ多いものの、これといって命に関わるような出血は見られない。ただ気を失っているだけだ。

「随分な挨拶ですね、尊様」

 レイナの視線を追って、クレアは城壁を見上げた。そこには自信の身の丈ほどの瓢箪を持って酒を煽る、頭に二本の角を生やした鬼が立っていた。

「かっ、かっ、かっ」

 と、鬼が笑う。

「レイナー! 遊びに来てやったぞぉー! あびゃ!?」

 邪気のない猫撫で声で言って、尊は足を滑らせそのまま地面に落下した。しかしすぐに起き上がり、遅れて落ちてきた瓢箪を抱き締めるように捕まえる。

 クレアはそんな、幸せそうに酒を飲む鬼を見つめた。

 足を広げて座る少女の見た目は、人間の子供とそう変わらない。むしろ、イメージより幼いぐらいだった。

「今日は機嫌が良さそうですね」

 レイナの声に、尊は力強く頷く。

「うむ! なんたって今日は良い酒をせしめてきたからのう! どうじゃ、お主も一杯やらぬか?」

 天真爛漫に笑う尊に、レイナは愛想笑いで答える。

「嬉しいお誘いだけど、泥棒のお酒は飲めませんね」

「譲ってもらっただけじゃよ。わらわは悪くないッ!」

 そう言って駄々をこねると、尊はまた酒をひと口飲んだ。酒気の混ざった空気がクレアのいる場所まで流れてくる。

 そして尊は優しく、丁寧に、酒が一滴も零れないよう丁寧に瓢箪を置いた。

 立ち上がった鬼の顔にはこれまで見たこともないような凶悪な笑みが浮かんでいる。

「ルールはいつも通りですか?」

「うむ。お主がこの瓢箪を取ったら勝ち。わらわがお主を殺したら、わらわの勝ち!」

 異様に冷たい風がクレアの頬に触れた。

 それが合図だ、とでもいうように───離れて向かい合っていた二人は、次の一歩で修練場の中心に移動した。

 途端に。

 レイナの持っていた木剣は、尊の一撃を受けて粉々に砕け散る。

 攻撃を受け流したつもりでいたレイナだったが、どうやら上手く捌き切れていなかったらしい。いつもより不規則に動く尊の動きに対応しながら、レイナは修練場の壁まで下がると、新しい木剣を足で拾った。

 再び尊の攻撃を受け流す。

 今度は折れなかった。

 尊はその事実に驚嘆すると同時に、眩しい笑顔でレイナに襲い掛かった。

 しかし、幾度と打ち込んでもレイナの木剣は砕けなかった。

「やっぱり、お主との遊びは楽しい。楽しいのう! あは、あはははは!!!!」

「城は壊さないでくださいね。修理が大変なんですから」

「それは心得ておる。じゃが、無理な話じゃ!」

「全く……」

 クレアは二人が世界に残す僅かな残像を目で追いかける。だが、残像から聞こえてくるのは尊の楽しそうな笑い声だけ。

 次の瞬間には、二人は別の場所に移動している。

 決着は、夕方。

 尊の置いた瓢箪にレイナが触れて、遊びは終わった。




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